〜bonus track-夜の行方(B面)~
その後、おれ達の周りでは色々な事が起こった。
まずは件の
人生山あり谷ありとはよく言ったもんで、おれにとっての最初の谷は父親が突然家に帰ってこなくなった三歳の頃で、次の谷は例の悪夢のような中学時代だったわけだが、そのフォッサマグナのような谷の時代からすれば、正直今は絶頂すぎて山どころか大気圏突入なんじゃないかとさえ思う。いっそ怖いぐらいだ。
悩みと言えば卒業までにバンドが成功しなかった場合の就職先と、親の老後ぐらい。貯金さえしとけば何とかなる自力本願の悩みだ。
バンドに関しての悩みも、何が悩みだかわからないぐらい空っぽだ。君も一度シモキタに来てみるといい。おれ達みたいに空っぽで、将来の事もろくにわからずそもそも考えもせず、ただただ毎日夢のために必死でバイトして、必死で鳴らして、必死で歌っているだけの、飲んだくれでどうしようもないバンドマンがレコード屋や古本屋や北口の飲み屋で多数散見されるだろう。
あんなに奇妙な夜を過ごしても、おれ達自身の環境は大して変わりはしなかった。そんなもんだ。悩みなんてないけど、全てが悩み。ここで言えるような悩みも、変化も、成長だってそうそうあるもんじゃない。
例の力だって急にコントロールが利くようになったなんて嬉しい事もなく、未だにあんまり怒ると手に持ったスマホのバッテリーを軽く爆発させてしまったりする。幸いスマホ本体は壊した事はないが、今朝初めてテレキャスのネックにはんだごて痕をつけてしまった。
よくあるファンタジーやSF映画や、中学時代のおれも大好きだったライトノベルなんかなら不可解で理不尽でミラクルな出来事に遭遇してそれを乗り越えた主人公は何かしら劇的なプラスの変化や成長を遂げるもんだろうが、現実のエスパー野郎はまあ、そんなもんなんだろう。
そんなもんだけど、おれは今、この決して長くはないけれど決して短くもないと思う二十年の――あの夏の終わりに、おれは二十歳になった――人生の中で、最大の大気圏に突入している。
そんなハッピーバカなおれの、目下の新たな悩みを強いて挙げるなら、そう――――。
ライブ終わりに汗を流そうと楽屋のシャワールームにマッパで飛び込んだ時、奥ゆかしいDカップと遭遇して鼻血を吹く頻度が、全くのゼロから三ヶ月に一回ぐらいに増加してしまった事ぐらいかもしれない。
《終》
硫酸ピッチ!〜バンドマンになったエスパーなおれの初カノジョの正体が、実は〇〇〇だった話〜 五十嵐 文章 @igarashifumiaki
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