四年目の倦怠期

仲咲香里

四年目の倦怠期

「ねぇ、私たち、少し距離を置いた方がいいと思うの」


 辟易しながら呟く私の言葉を、あなたは聞いているのかいないのか、今日もマイペースに私を振り回してくれる。


 あなたとの付き合いも今年で四年目。

 私より、ずっとずっと年下のあなたと初めて出会った時は、初対面なのに、自然と涙が溢れたりもした。

 これから先、長い人生を一緒に歩んでいきたいって、心に誓ったりもした。


 だから、こんな台詞、人生で初めて言ったのがあなただなんて、自分でも正直驚いているけれど、これでも精一杯、年下のあなたを対等に扱った結果なのよ。



 だって、子ども扱いは嫌がるでしょう?



 私とは対照的に、あなたの愛情表現はどんどんエスカレートして、朝起きてから夜眠るまで、全然離してくれなくて、時々うんざりすることもある。


 いったいその有り余るエネルギーは、どこから来るんだろう。



「たまには、お互い一人の時間を過ごしましょう?」



 そうは言ってみても、不機嫌な私を見て、あなたは益々喜んだりもする。

 あなたのことは愛しているけれど、さすがにほぼ二十四時間、三百六十五日、この状態が丸三年も続けば、時には一人になりたくなる私の気持ちも、分かって欲しい。



 でも、こんな私のことを、人生で一番愛してくれる相手があなただなんて、ちょっと複雑な気もするわ。



 見返りなんて期待しても無駄だし、これがそのお返しかと思うと、今日も私の苛々が頂点に達する。



 ああ、また。

 だから、何度言えば分かってくれるのっ?



 あーっ、本っ当に、イライラするっ!



「……だから、もう寝る時間だって何度も言ってるでしょ! いつまでも遊んでないで、早くおもちゃ片付けなさい!」


「ママ、こわいー」


「ママだって怒りたくて怒ってるんじゃないのよ!」


 つい声を荒げてしまう私に、あなたはお得意の潤んだ目をして私を見上げる。


「ママは、ぼくのことキライなの?」


「えっ? き、嫌いじゃないわよ」


「じゃあ、スキ?」


「も、もちろん、好きよ?」


「ぼくもダイスキ!」


 言うなりあなたは、満面の笑みで私に飛びつく。

 大きくなったあなたのこと、支え切れずに倒れ込む私のことなんて、今日もお構いなしなのね。


 なのに私は、またこの笑顔に騙されて。

 無条件に許してしまって。

 結局ほとんど私が片付けちゃって。

 私はなんて、意思が弱いんだろう。

 時々、あなたのことを、確信犯じゃないかとさえ思う。


 今年、三歳になったあなたの過剰な愛情表現は、いったいいつまで続くのかな?


 いつか終わりが来るのは分かっているけれど、もうしばらくは、この天使の寝顔を独り占めさせててね。

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四年目の倦怠期 仲咲香里 @naka_saki

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