第9話 炎の意志
デパートは既に閉店時間を過ぎていたが、家事による影響か、入口のガラスは割れていたため、千佳を背中に負った結衣でも侵入は容易だった。
入る直前、別に入らなくてもいいのでは、と結衣は考えもしたが、入口に着くや否や開いていた道は再び炎に飲まれて消えてしまったため、仕方なく中へ入ることになった。
中に入ってから分かったが、入口のガラスだけでなく、他のガラスも同様に割れていて、周囲には焦げ臭い匂いが漂っている。
「ちーちゃん……起きて」
「……ふにゃ……?」
結衣は、デパート一階の広場まで行くと、背中に負っていた千佳をゆっくりと地面に降ろして横にした後、軽く肩を揺らしながら起こす。
「ん……結衣ちゃん……?ここ……どこ?お兄ちゃんは?」
目を覚ました千佳は、目を擦りながら辺りを見回し、ふにゃふにゃと寝惚けたような声で結衣に質問する。
辛うじて目の前にいるのが結衣であると理解したが、外の炎以外に光源がなく、ほぼ真っ暗闇だったため、状況把握ができずに多少困惑していた。
それでなくても、寝た場所と起きた場所が違うだけでも困惑するには十分な事だが。
「えっとね、ここはデパートなんだけど……多分、説明するより見た方が早いから……、こっち来て」
そういうと、結衣はまだ少し寝ぼけている千佳を手を持って起こすと、その手を握ったまま階段から二階へと登る。
その足でそのままトイレへと向かう。そこならば、換気の窓から外を見渡せるだろう、と考えたからだ。
「――え?」
結衣に促され外を見た千佳が、その光景に息を呑む。
物心ついた頃から住んでいた町が、自分が寝ている間に全く違う、地獄とも呼べる風景になっていたのだから仕方がない。しかし、千佳が見ていたのは炎に飲まれた町の風景ではなく、その炎の中で一点だけある炎のない空間だった。
「なんでお兄ちゃんがあんなところにいるの……?」
その空間に裕也ともう一人の男性がいることが千佳たちのいる場所からでも見てとれた。
状況を全く理解していない千佳には、その光景が異様に見えて仕方がなかった。まるで、自分の兄が周囲から飛んでくる火球に遊ばれるように逃げ続け、それをもう一人の男性が観客みたいに楽しんでるように見えたからだ。
しかし、それを見始めて十数秒後、ほんの一瞬、その男性と目が合う。
「……え?」
「ん?どうしたの、ちーちゃ――っ⁉︎」
千佳の呆けた声色が気になり、結衣も窓から外を覗いた瞬間、一気に周囲の温度が上がる。
直後、窓の外から激しい閃光が放たれる。
それは、火球が窓にぶつかったものだった。それが分かるや否や結衣は無言で千佳の手を引き、トイレを後にする。
(ど……どういうこと?十分経つまでは始まらないはずじゃ……ユウくんもまだ大丈夫だったのに……)
背後の窓から、炎が入り込んでくるのが熱気から感じ取れる。それが分かっても振り向いて確認することはせず、全力で走る。
階段にたどり着いたところで、熱がさっきよりも近いところに来ていることに気付く。
「なんで?まだ鬼ごっこが始まる時間じゃないでしょ……」
そんな結衣の感情とは裏腹に、その言葉への返答と言わんばかりに階段の照明の端にチラリと紅い光が映る。
『ルールその五だけど……これが一番重要。僕を退屈させてくれるなよ』
「まさか……私とちーちゃんが外を覗いていたのを、ゲームに集中していないって捉えたの……?」
馬鹿馬鹿しい話だが、結衣の考え得る最も可能性の高いものだった。
「と……とりあえず、上まで逃げれば、なんとか逃げれるはず。そこからは……多分どうにかなるよね……」
後ろにいる千佳を促して、二人で屋上へと逃げる。それから屋上に着くまでには、一分もかからなかった。
「はぁ……はぁ……。とりあえず、しばらくは安全なはず……」
「ねえ、結衣ちゃん。それで、どういう状況なの……?火事だってことは分かったけど、なんでお兄ちゃんが……?」
千佳の頭は『?』で埋め尽くされていた。しかし、生憎結衣はそれを解消する術を持ち合わせていない。結衣すら、状況を完全には把握しきれていないのだから。
「――うん、結衣ちゃんも分かってないのね」
「ごめんね……。そろそろ、行こうか」
階段から、壁から。至る所から炎が湧き出てくる。
「行こうって……、どこに?」
「とにかく、ここから遠い場所に……。炎のない場所に」
「お兄ちゃんは?お兄ちゃんはどうするの?」
「多分、ユウくんなら大丈夫。ユウくんは、凄いんだから」
そう言う結衣の目は、しっかりと意志を持っていた。裕也なら大丈夫だ、という確かな意志を。
残照ザクレプション sin @sin130813
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。残照ザクレプションの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます