1年のうちにどうしても過ごしたい1日

ちびまるフォイ

充実させたい日と、無気力に過ごしたい日

『家族を失って悲しむ人が迎える明日と、

 反省のない悪人が当たり前にたどり着く明日が同じであってはならない』


寝れば明日が平等に訪れる世界がなくなった。

この世界では誰もが毎日善行をして幸福を貯めて、未来の1日を買う。


買わなければ、明日も明後日も来ない。


「42番! 手が止まってるぞ!!」


看守に注意されて刑務作業へ集中力を取り戻す。

その日の仕事が終わって独房に戻るころには疲れ切っていた。


「はぁ……今日でストックも終わりか……」


交通事故を起こす前に予約していた日付も底を尽きる。

事故の前は今日も当たり前な日々になると信じていたのに。


幸福を貯めて買った今日が、こんな独房生活一色になるなんて。


「……ま、むしろ良かったかもしれないな。

 明日から抜け殻になったほうが辛い監獄生活を味わわなくて済む」


「ハハハ、お前、それ本気か?」


明日への不安を愚痴っていると、隣の41番が笑った。


「そりゃ、明日や明後日を買わなきゃ、あっという間に日は過ぎる。

 でもそれって全然幸福じゃないぜ」


「どうしてだよ」


「朝起きて、顔が別人になって、体はボロボロで、でも記憶がない。

 周りは誰も知らない人で、どこにいるのかもわからない。

 まるで浦島太郎のような状態さ。孤独感しか残らないぜ」


「やけに詳しいな」


「経験者だからな。世界から切り離された孤独感で自殺した囚人も多い」


「マジか……」


「ここで心をおかしくしないコツは、

 適度に未来の日付を買って、世界に置いてけぼりにされないことだ」


「つってもなぁ……」


囚人たちに課せられる刑務作業や社会奉仕活動で幸福は貯まる。

それでも一般人が同じことをやったときと、囚人とで貯まる量は天地の差がある。


善人が行う善行は高く評価され、悪人が行う善行は低めに評価される。


囚人ともなればその差はさらに開く。


「……でも、俺貯めてみるよ」


「そうしておきな」


俺は毎日の幸福の貯まり具合を細かくメモするようになった。


「1日がだいたい100幸福貯まるから、

 それで1日購入するとこうなるから……この日とこの日を買っておこう」


定期的になんでもない日を購入し、その日の幸福の貯まり具合をメモ。


その日以外の記憶はないが時間だけは過ぎているので、

幸福がどれだけ貯まっているかの状況確認も含まれている。


「なぁ、41番、ありがとうな」


「どうした突然。気持ち悪いな」


「毎日幸福がどれだけ貯まるか考えるようになってから、

 なんだか毎日ちゃんと生きている気がするようになったよ。

 もし、あのまま毎日をスキップして出所してたらと思うとゾッとする」


「幸福だけ貯まっていても、迎えたくない明日なんていらないものな。

 でも、42番よォ。そんなに熱心に貯めて、購入したい日があるのか?」


「8月17日が欲しいんだ」


「……なんかあったっけ? 面会日とかか?」


「いや、俺の誕生日」


ぷっ、と隣の独房で噴き出す声が聞こえた。


「あはははは!! いい大人が誕生日って!

 せこせこ幸福貯めてるからなんだと思ったけど、誕生日かよ!」


「ほっとけよ! 他に欲しい日がなかったんだよ!

 家族も友達も恋人も、俺が捕まったとたんに離れちまったし

 せめて自分の誕生日くらい自分でちょっとお祝いしたいんだよ」


「あーー笑った。ま、価値観はひとそれぞれだよな。頑張れや、42番」


「41番は欲しい日とかないのか?

 俺が購入するときはいつもいるような気がしてるけど。

 そんなに逮捕前に善行を積んでたりしたのか?」


「ははは。お前と一緒にすんな。どれだけ囚人やってると思う?

 こちとら看守さまさまとズブズブの関係なのよ」


「ず、ずりぃ!」


「看守さまから未来のチケットを欠かさずもらってるんだよ。

 それもちょうど8月17日までな。

 あー毎日を迎えられるのって幸せだわーー」


「同じ囚人でこの差はなんなんだ……ぐぬぬ」


「あくせく幸福を貯めなよ、42番。あはははは!」


さっきの感謝の言葉を返してほしくなった。

自分に優しくしてくれる人間にろくな奴はいない。


それから数日後、今日に復帰して幸福を確認した。


「よし、たまってる! 1日分購入するだけの幸福が貯まったぞ!」


事前の計画通り幸福が貯まった。これで8月17日を購入できる。


「看守さん! この幸福で、8月17日を予約させてください!」


「8月17日? ああ、それなら買えないよ」


「……は!?」


「その日はなにかと入用で、人手がいるんだ。

 みんな8月17日を購入するもんだから、すでに定員オーバーなんだよ」


「う、うそだ……こんなに必死に貯めたのに……」


「もうちょっと早く購入しておけば間に合ったかもなぁ」


これまでコツコツ貯めていたすべてが無駄になった。

どうしてもっと早く気がつかなかったのかと自分を責めて落ち込んだ。


もし、クリスマスの1日を買うとか考えていれば

早々に1日の定員オーバーに気付けただろうに。


「……はぁ」


「42番、どうしたよ」


「実は8月17日はもう売り切れだった……。

 もっと早くに購入していれば……もっと毎日幸福の努力をしていれば……」


「そんなに落ち込むことないだろ。

 所詮、誕生日つっても、刑務所からちっちゃなケーキもらえるだけだろ」


「規模じゃないんだ。努力した先にその日を手に入れたかったんだ」


最初こそ誕生日のお祝い目当てで始めたものの、

いつしか自分の努力の先でゴールテープを切る瞬間が楽しみになっていた。


「しょうがないな。ほら、これやるよ」


鉄格子の隙間から、8月17日の受付券が滑りこんだ。


「これは……?」


「8月17日だ。欲しかったんだろ」


「いいのか? 看守からもらってる最後の日なんだろ?」


「気にすんな。どうせまたストックもらえる」


「この成金めぇ……」


「それに、お前、来年は出所なんだろ?

 刑務所で過ごす最後の誕生日くらい盛大に過ごせや。

 最後の日の過ごし方は大事だしな」


「いちいち上から目線なんだよなぁ」


イラッとはしたものの、手に入らなかった8月17日を手に入れた。

その日までに、どういったお祝いにするのかを楽しみにずっと考えた。


8月17日の誕生日当日。


「ハッピーバースデー!!」


「「「 うるせぇぞ42番!! 」」」


他の囚人たちから壁ドンならぬ鉄格子ドンを受けながらも盛大に誕生日を祝った。

いつもはめざとい看守もその日は不在で、41番も8月17日を渡したことで抜け殻で静かだった。


やりたい放題に過ごして満足した8月17日の夜。

布団に入ると、今日1日の事が思い出されて幸せな気持ちになった。


「41番、今日を譲ってくれて本当にありがとな」


今日を買ってない41番が返事をするわけもないが、壁ごしに感謝を告げた。

聞かれてたら聞かれてたで冷やかされそうで嫌だけど。


 ・

 ・

 ・


「42番、出所おめでとう」


「お世話になりました」


8月17日からは特に1日を購入することもなく過ぎた。

意識のない日々で過ごしたぶんの幸福が貯まっている。


「さて、何日を買っておこうかな」


これからは一般人に戻れるので、小さな善行でも1日買えるだけの幸福がつく。

そうだ、と心の中のいたずら心が芽生えた。


「看守さん、俺が買った1日を囚人に渡すことってできますか?」


「ああ、できるぞ。でもいいのか?

 自分の大切な幸福を囚人の迎える1日のために使うなんて」


「いいんです。勝ち誇ってやりたい奴がいるんですよ」


自分の幸福を使って次の8月17日を買い、受付券の後ろにペンを走らせた。


『いつかのお返しだ。出所したから

 1日ごとき譲っても痛くもかゆくもないから譲ってやる』


書いててニヤニヤが止まらない。


「これを41番に渡してください。俺の隣の房の奴です。

 いつも勝ち誇っていた憎たらしい奴です」


「……え? 42番、お前聞いてないのか?」


看守は驚いた顔をしていた。





「8月17日が41番の死刑執行日だったろ。

 あいつ、死刑までの最後の1ヶ月分トを看守から渡したのに

 最終日だけなくしやがって、最後の言葉も残さなかったんだ。

 ホント、最後までおかしなやつだったよ」

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