子供な僕らの青春を

青春オタク野郎

子供な僕らの青春を

 大人というのは一体いつになったらなれるのだろうか。

 20歳を超えてお酒やタバコを許されたら?

 親の元を離れ、自立した生活を送れるようになったら?

 大人という定義はとても曖昧あいまいだ。

 何をもって人は大人になれたと言えるのだろうか。

 わからない…けど僕は望む、早く大人になりたいと。

 大人になって僕は………


「……なせ……おい!柳瀬やなせ!!!」


 突然の大きな声と僕の名字が呼ばれたことに一瞬たじろぐ。


「お前な〜面談中に上の空になるな!先生は真剣に話してるんだぞ!」

「あーすみませんでした棚田たなだ先生。明後日のお昼に食べようか考えてました。僕の進路の話ですよね」


 38歳だというのに日頃の苦労のせいか頭の天辺がカッパのお皿状態の強面こわもて教師(独身)の棚田先生に僕は答える。


「嘘つくならもう少しマシな嘘つけよな…そして進路希望調査は真面目に書け!」


 侵害しんがいだ…僕はいたって真面目だ。


「大人という進路も立派な進路だと思うのですが?」

「そんなの誰でもいつの間にかなってるもんだ!無理して背伸びしなくていい!彼女つくるとか、宇宙飛行士になるとか!もっと青春しろ!」

「彼女つくると大人ってそんな大差ない気がするんですが?」

「うるさい!つまり青春しろってことだ!お前も宵月よいづきを見習ってだな〜」

「わけわからん…それに彼女は関係ないでしょ…」


 宵月柚昼よいづきゆひるは僕と同学年でクラスはG組だ。宵のように幻想的で美しい黒髪が腰の位置までストレートに伸びていて、瞳は柚子色、笑顔がとても明るい名前通りの女の子だ。その容姿ようしに加え勉強はトップクラス、先生達からの評価も高い。


 それに彼女は…


「とりあえず柳瀬、3つの進路全部に大人とかふざけたこと書いてないで、もっと夢のあることを書け。来週の金曜まで待ってやるから」


 面談が終わり、僕は2年H組の教室を出ると


「おっすおっすす〜どうだった二者面談はりく!」

「いつも通りのわけわからん挨拶だな…簡潔にいうとめんどくさかった」

「陸は真面目なくせに変なところがあるからな〜まあ俺もこれから色々言われるんだろうな〜」


 アホな挨拶をしてきたのは幼馴染の檜山春夜ひやましゅんや。身長182センチと高身長でガタイも良く、髪型もベリーショートでイケメンなため、見た目は運動部だが帰宅部でオカルト好きの変な奴である。


「春夜は進路希望にネッシーの飼育員とかアホなこと書くのが悪いんだよ。真面目に書いたほうがいいぞ。確実に怒られる」

「俺はいたって真面目だ!棚田先生を説得して見せる!じゃあな!」


 春夜と別れた僕は、寄り道をする事なく自宅に戻る。

 自室のベッドに寝ころがり、考える。

 大人はいつの間にかなっているものだと棚田先生は言った。

 本当にそうなのだろうか?

 例えば、成人式を迎えた人が大人だというのなら式で騒ぎ、わめき、壇上だんじょうに上がる人達も大人なのか?

 そんな者が大人なら僕はなりたくないとさえ思う。

 だから、僕は自分が思う大人を強くイメージした。

 その時、急な眠気におそわれた僕は深い海に落ちていくように眠りについた。


 目を覚ますと少し体に気だるさがあったが特に問題はなく、僕の通う春咲はるさき学園高等学校に向かった。

 だが、通学途中に僕は少し違和感を覚える。


「なんか、やけに今日は子供が多くないか?」


 実はこの春咲学園は小学校から高校までエスカレーターで入学できる非常に大きな学園である。そのため子供が多いことは日常的なのだが……おかしなくらい今日は多い。


 だが、そうじゃない。

 子供が多いこともだが、僕が感じた1番の違和感いわかんはそれではない。


 1番の違和感の正体は…


 姿1


 学園に近づくにつれて、違和感は確信に変わる。

 小学校低学年くらいの子供達が学園内に吸い込まれるように入っていく。


「なんだこれは…今日は平日の木曜日…何か行事があるわけでもない」


 混乱しつつも僕は教室へと向かうしかなかった。


 子供達はそれが当たり前とでもいうかのように教室へ向かう。

 そして、何のためらいもなく、まるで自分の席かのように席に着き、談笑だんしょうする。


「おいおい、本当に今日は何がどうなってるんだ…」


 混乱した僕が教室の入り口で立ち尽くしていると


「おっすおっすす〜陸!」


 聞き覚えのあるアホさ全開の挨拶あいさつが聞こえ安心した。

 こんな挨拶をする奴は僕の知っている中では一人しかいない。


 だけど、なんかいつもより声が妙に高い気がする。

 その、疑問を確認すべく振り向くが……


「誰もいない?」

「何言ってんだ陸!?頭おかしくなったのか?」

「んぇ?」


 思わず素っ頓狂すっとんきょうな声を出してしまった。

 そんなことより何故か下方から声が聞こえるので見てみると、身長130センチほ

 どの少年がこちらを見上げていた。


「き、君は春夜の弟さんかな?」

「なに、バカなこと言ってんだ!?正真正銘しょうしんしょうめい、檜山春夜だろうが!どうしたんだよ陸……」

「いやいや、意味わからないから…何言って……」

 

 そう言いかけて、僕はあることに気がついた。この教室にいる子供達にはどこか既視感きしかんがあった。昔のことなどあまり覚えていなかったが記憶を探ると目の前の少年は春夜の小学生の頃の容姿と瓜二つうりふただ。


「みんなが小学生になったのか…?意味がわからない……」


 いや、違う。

 春夜の反応や周りの様子からするといつもと何ら変わりがないように見える。

 つまり、みんなが小学生に見えているのは僕だけということか……

 頭の整理が追い付く暇もなく、ホームルームに備え僕は自分の席に座るしかなかった。

 ガラガラガラガラ

 教室のドアをスライドする音が聞こえる。

 しかし、そこに入ってきたのは…女の子いや男の子か?


「おはよう!お前ら青春してるか!?」

「は?」

「あ?何だ柳瀬、先生に向かって、は?とは!?」

「ハゲてなぃぃいいい!?」

「おいこら!?誰がハゲだ!育毛とか頭皮マッサージとか、これでも頑張ってんだ

 ぞ!柳瀬このあと説教な!?」

 

 驚くなというほうが無理だ。

 綺麗でき通った大きな瞳、肌はツルツル、でも頭皮はツルツルではなくフ

 サフサで女の子と間違えるレベルで可愛い男の子が教壇に立っていた。


「棚田先生まで子どもに見えるのか…意味がわからなすぎる…」


 ホームルーム後、混乱したままショタ棚田から説教を受けた。

 混乱したまま昼休みになり、僕は彷徨さまようように学内を徘徊はいかいしていた。


 子供しかいない高校


 


「何でこんなことに…っうわぁ!」


 そんなことを考えていたせいで注意力が欠けていた。二階から一階への階段を下り、右にある購買に行こうとした角で人にぶつかった。


「す、すみません!大丈夫ですか?えっ…」

「こちらこそ、ごめんなさい。あっ!柳瀬君」


 僕がぶつかったのは宵月柚昼だった。


 驚いた

 本当に驚いた

 だって


柚昼ゆひる


「え?や、柳瀬君、何それどういう意味?」

「あっいや、ごめん!何でもないから!ほんとにごめん!」

 

 羞恥と気まずさで僕は宵月柚昼に背を向け走り出そうとする。


 だが…


「待って!柳瀬君、どうしたの変だよ!?学校で私のこと下の名前で…」

「え?」


 まさか僕は学園で宵月柚昼のことをで呼んだのか?

 普段あれだけ気をつけていたのに…というのか?


「ちょっと話を聞かせてもらおうか!りっくん、どうしたの?」


 柚昼は下の名前で僕を呼んだときは誤魔化しがきかない。僕は彼女のことをよく知っているし、彼女も僕のことをよく知っている。いわゆる幼馴染というやつで家も隣だ。

 そんな宵月に僕は今日起きた謎の現象を話した。

 ドン引きされることを覚悟の上でだ。すると彼女は


「信じられない。本当にあるんだ思春期症候群ししゅんきしょうこうぐんって」

「え?思春期症候群?」


 どこかで聞いたようなワードに思わず聞き返してしまう。


「柳瀬君も聞いたことあるんじゃない?檜山君が前に言ってたやつだよ」


 春夜が?

 たしかに春夜はオカルト好きだ。こういう話を知っていてもおかしくない。

 僕は記憶のピースをかき集め思い出す。


「たしか、不安定な精神状態で起こる不可思議ふかしぎな現象のことだっけ?でも、そんなの都市伝説みたいなものだろ…」

「でも、実際に柳瀬君には思春期症候群のような不可思議な現象が起きてる。でも、なんでみんな子供になって私だけそのままなんだろう?」

 

 たしかに、何故、宵月だけ高校生のままなのだろうか?

 話しているうちに昼休みが終わった。


 そして午後の授業も終え、放課後になった。

 居ても立っても居られず、僕は春夜に教室で全部話すことにした。


「まままままじか!?信じがたいが陸がこんな嘘をつくわけないもんな。そうか本当にあるのか思春期症候群っ!」

「それでさ春夜、なんで宵月だけ影響を受けていないと思う?」

「それは簡単、陸が柚昼のこと昔から好きだからだろ?」

「なななななんで知ってるんだ!?」

 

 アホと同じようなリアクションをしてしまった。

 なぜバレたのか……


「そりゃわかるよ。柚昼の男性の好きなタイプって大人な男性だろ?タイプ知ってから、陸は柚昼と話す時はなんか背伸びした感じだったし、いつも耳真っ赤だったぞ」

「まじか!?……ん?春夜今なんて言った?」

「いつも耳真っ赤?」

「違う、1番最初に言ったことだ!」

「そりゃわかるよ?だっけ?」

「あーごめん…その次だ!」

「柚昼のタイプは大人な男性?」

「 それだ!」

 

 宵月に好きな男性のタイプを質問し、聞いた事があった。

 そういえば昨日いつの間にか寝てしまっていたが、眠りにつく前に僕は宵月のタイプである大人についてイメージしたんだ。

 

 だけど、僕は大人というものが分からなかった

 宵月が思う大人がどういうものかわからなかったから

 考えた末、僕は一つの考えにたどり着いた


 それは…



 そんな、どうしようもない考えが頭に浮かんだのだ


「我ながら情けない考えだな…」

「そんなことないと俺は思うけどな?なにより、お前は勘違いしてるよ陸」

「勘違い?」

「そう、勘違いだよ。まあ柚昼に今回の原因話してみろよ。」

「はあ!?ハードル高すぎるわ!」

「まあ、いいから早くいけ柳瀬!早くしないと帰っちまうぞ!」

「あ、ありがとう春夜!」

「わかりやすすぎるよお前ら…」


 背中を馬鹿力で叩かれ、最後に春夜が笑い交じりに何かつぶやいたが、気にする暇もなく叩かれた勢いのまま僕は走り出した。

 窓からは帰る宵月の姿が見えた。

 校門に向かう生徒が帰宅ラッシュで何十人もいる中、僕は宵月に追いつき、声を上げた。


「宵月っ!」

「柳瀬君!?」


 彼女は驚き、名前を呼んだ僕の方を見る。夕日に照らされた彼女を見て、僕は羞恥心しゅうちしんなど忘れ、想いを告げていた。

「僕は、宵月のタイプみたいな大人じゃない!まだガキで今回の現象も周りが子供になれば僕が1番大人になれると想ったから起きたことで……」


「…………」

「だけど、僕は宵月が好きで、大人がどういうものなのかまだわからないけど、それ

 でも宵月が…宵月柚昼が好きだ!」

 

 姿の視線が一気に集中する。

 だがそんなこと、今はどうだっていい。

 彼女への想いの方が勝っている。


「りっくん…私のタイプが大人っぽい人っていうのは嘘なの…」

 彼女がうつむき応える。


「え?」


「私、好きな人がいるんだけど、好きなことバレて関係を壊したくなかったから、大人の人がタイプって咄嗟に嘘ついたり、その人に下の名前で呼ばれるとドキドキしちゃうから、高校からはお互い名字で呼ぶように約束しちゃったり…」

「それってまさか…」

 

 顔をあげた彼女の顔は赤みを帯びていた


「うん…私もりっくんが好き…子供みたいな嘘ついてごめんね」


 その瞬間、夕日の光が僕の目を焼きつけた。反射的に目を閉じ、ぼやけた目で世界を見ると…


 姿が僕らを見ていた。

 日常が僕の瞳に映った。


 嘘に振り回されて、子供だな僕は

 言いたいことは沢山ある

 でも今は

 素直な気持ちを君に


「柚昼、好きだ」


 数秒の間


「私もりっくんが好き」


 告白を改めてしあった不器用で子供な僕らは大勢の前で結ばれた。


 幸せをかみしめた後、周りの視線に気づいた僕らは、真っ赤になりながら二人で手を取り合い校門を駆け抜ける。



 

「なんだよ、ちゃんと青春してんじゃねぇか…」


 職員室から見える2人を見て男は微笑んだ。




 先生が言っていた通り

 大人というのはいつの間にかなれるものなのだろう

 だったら僕らは今、この瞬間、この青春を楽しもう


 かけがえのないこの時を


 君と共に


 駆け抜けよう


 子供な僕らの青春を

 

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