エンディング

「女子中学生に鞭で殴られたいんだが、何日分だ?」

 紳士はそう尋ねた。あたしはため息をついて答える。

「三週間」

「安いな!」

「じゃあ失礼しま……」

「待った!女子高生なら……」

「三週間」

 あたしは事務所に戻る。これで今日のお仕事はもう終わり……じゃないや、今日は金曜だった。

「部長! これ、あたしの今週分です」

 部長の机にどさっと紙の束を置く。

「おお! いいねえ、どんどん増えてるじゃないか」

 意気揚々と部長はあたしの契約書を数え始めた。へっ、調子がいいったら。

「お疲れ様で……うっ……!」

 事務所に入ってきたのはフラミュだった。あたしを見るなり顔を青くした。

「おかえり〜フラミュちゃん。……どしたの?」

「い、いえ……」

 あたしはにやりとして自分の荷物を手に取る。

「じゃああたしお先に上がりま〜す。お疲れ様でしたー」

「おつかれ〜」

「フラミュも、お疲れ様!」

「ひっ!」

 通り過ぎざまにポン、とフラミュの肩を叩いてやった。それだけでフラミュは猫のように体をのけぞらせた。

 青ざめてるフラミュと不思議そうな顔をしてる部長を置いて、あたしは事務所を後にした。

 ……まあ、フラミュの奴が大人しくなったのは良かったけど、あたしもまだまだだな。契約の数で言えばまだあいつの方が全然多いし。つってもそんなあくせくやるつもりもありませんけどね。そもそもそんな真面目キャラじゃないし。

 あたしは目の上に巻いていた布を取る。最近気温が高くなってきたから蒸れてしかたない。これを外した時が一番仕事終わったーって気分になる。

 シースルーコートを羽織って翼を広げ夜の街を飛ぶ。目隠しをしないで会える唯一の人間、の家まで一直線に。


 その部屋の窓は空いていた。中に入ると、まだどこか幼さの残る少年がベッドの上で寝息を立てている。

 あたしは彼の夢の中に入る。

 一面、黄色い花が咲き乱れるお花畑だった。その中心、ミステリーサークルのように丸く刈り取られた空間には大きな一台のグランドピアノが置いてある。それは、美しい旋律を奏でている。弾いているのはもちろん景くんだ。

「よお、景くん」

「あっ! さん!今日はもう仕事終わり?」

「うん。やーっと終わったよ。聞いてよ! あの変態紳士の奴がさ……」

 あたしは仕事の愚痴を始めた。景くんは面白そうに耳を傾ける。

 そのあと、あたしは景くんの学校での話を聞く。これがあたしたちの習慣になっていた。

「……でね、その軽音部の友達の紹介で、今度ライブハウスで演奏することになったんだ」

「マジ? すごいじゃん! こっそり見に行ってやろうかな」

「ええー恥ずかしいなあ」

「なに弾くの?」

「好きな歌手の新曲」

「へーちょっと一発弾いてみてよ」

「えー。まだ練習中なんだけど……」

「いいからいいからほら」

 景くんはぶつぶつ言いながらもピアノと向かい合う。

 鍵盤に、景くんの指が触れる。明朗なメロディーが流れ出す。この美しい景色に、これ以上ないほどマッチしていた。

 あたしは目を閉じて、その調べに身をまかせる。


 いつまでもこの音を、聞いていたいと思った。

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睡魔には潔く負けを認めよう 霧沢夜深 @yohuka1999

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