弟十八話:「根拠」

 あの後、仕事を終えた俺は自宅へと帰った。今回の不正アクセスの対処に関してはそもそも担当部署が俺の部署ではなかったこともあり、俺の今日の仕事は若干忙しかった程度だった。

 それは仙台の本社に勤めている有海も一緒だろう……。そう思い俺は帰宅した。


「お疲れ様。この帰宅の早さから察するに、今回の事件には振り回されなかったみたいだね」

リビングで俺を出迎えてくれた有海は俺にそう話しかける。

「そうだね。まあ、それはお互い様だろう」

そう言いながら俺はジャケットを脱ぎタクミに預ける。タクミは俺のジャケットを受け取るとアイロン機能を用いてジャケットのシワを取り除いた後、部屋のハンガーへとかけてくれた。

「お父さん、お疲れ様ー!!」

見た目まじめに見える海人が、はちきれんばかりの笑顔を振りまきながら俺に挨拶をする。

俺はそんな海人を見て、思わず顔が緩む。

 目に入るしゃきっとしたジャケットに俺は満足しながら、有海に電話口の件について確認をした。

「今日話した内容。何か進んでたりはするかい?」

「うん! お母さんに言われて僕がやったよ!!」

ニコニコ顔の海人が俺にそう伝える。信じられないといった気持ちで俺は有海を見ると、有海も困惑した表情でこう俺に話しかけた。

「海人に状況を伝えて、サーバーとパソコンを貸してほしいって伝えたら、自分でやるって聞かなくて……。その後10分後に状況を確認しに言ったんだけど、その時には今までのアクセス解析が完了していたわ。まさか海人出来るとは思っていなかったから、私びっくりしたよ」

「ほう……?」

俺は海人を見返す。そこにいる海人は、期待したような目で俺を見つめていた。

「流石俺の息子だ」

俺はそう海人を褒めると、海人は笑顔を輝かせながらこう俺に言った。

「でしょでしょ! 流石僕!!」

「……」

うむ……。あまり褒めすぎるのもあれか。こいつすぐ図に乗るからな……。

そんなことを俺は思ったが、上機嫌な海人は俺が追撃する隙もなく口笛を吹きながらガレージの方へ向かってしまった。


「あいつ……。成長が早いよな」

息子の成長の早さに驚きながら、俺は有海へそう呟いた。

「うん。高校時代の私よりすごいかも……」

有海もそう呟いていた。有海がそう言うなら、相当すごいことなんだろう。





 少したち、俺たちはガレージの中にある海人のパソコンの画面を眺めていた。そこには、海人が解析した結果が映し出されていた。

「えっとね。僕のサーバーにアクセスした端末のIPアドレスなんだけど、確かに不審な物が1つあった」

パソコンの画面を見ながら、海人が俺達にそう説明する。

「ふむ……。それはどのIPアドレスなんだ?」

「うん。これだね。これだけIPアドレスが他と違うよ」

海人が出力された数字の羅列から、ある一行を指し示す。

「なるほど。3日前に不正アクセスを受けてたのか。このIPアドレスが不正に侵入してきたタイミングで、サーバー内のデータが不正に改変されていたりはしなかったかい?」

「うん。その時刻付近でのデータ更新履歴を確認したら、お父さんが言った通り不正アクセスを受けたタイミングでAI根本のデータが書き換えられていたよ。何というか、一部を更新されたっていうより、丸まる別のデータに置き換えらえてるみたい」


「データが丸ごと……?」


俺は思案する。不正アクセスをしてデータを更新をする場合、データを丸ごと更新するか、元あるデータをエディタ等を用いてその場で更新する二つの方法がある。今回は前者らしい。

「用意したデータをそのまま置換したのかな。確かにその方が事前試験ができるから信頼性も高いし、データ更新は早いよね」

「ふむ……」

その事実に、俺は若干の引っかかりを覚えた。

「つまり、相手はうちのサーバーの更新権限も奪ったってこと?」

俺が少し考え込んでいる間に、有海が海人にそう確認する。

「……うん。そういうことになるよ。うちの強固なセキュリティをかいくぐるのは至難の技だと思うんだけどね」

「なるほどね……。その事実から考えられることは、相手は相手側でプログラムの実機試験を行なっている可能性が高いということね」

「そうだね。エディタを使って直接書き換えるのは、動作保証ができないから普通はやらないよね」

有海と海人の会話を聞き、思わず俺は唸る。相手は強固なセキュリティで守られた6号くん内部に入り込む技術と、暗号化されたAIのプログラムを解析する技術を既に持っていると言えるからだ。

「……あれ、ミヤビに登録した大本のデータはこのサーバーに登録されているよな」

俺は海人に確認する。

「うん。登録されているよ」

期待通りの海人の返答から俺の胸は高まる。それなら手掛かりが手に入るはず……。

「相手が置換したデータの中身をみさせてほしい。中に6号君の製番が登録されているはずなんだ」

 敵が既製品の6号君のAIのコードを取り出し書き換え、そのデータを海人のサーバーの中のAIプログラムと置換したとすれば、相手側に解析された6号君の製番が海人のサーバー内にデータにそのまま残っているだろうと俺は推測した。

「……なるほどね。うん。このフォルダの中だから見てみて」

俺の発言から確認したい内容を理解した海人は、俺にパソコンをあけわたす。

「どれどれ……?」

俺はフォルダの中のデータを専用ソフトで逆コンパイルし、プログラムをテキスト形式へと変換する。

「……あれ? ……製造番号なんてどこにも記載されてないぞ? しかもこのプログラムは……。見覚えがない」

俺は言葉を詰まらせる。そこに表示されたデータは、俺達が作ったプログラムとは思えない程全く別のデータであったからだ。


 俺は有海を見つめた。それに気づいた有海は、俺の横からパソコンの画面をのぞき込む。

「……うん。確かに私たちはAIのコードをこんな回りくどい書き方してないよね。だけど……。昔の私だったら書きそうなコードだな……」

「え……?」

俺は驚きつつも有海を見据える。

「ほら、ここの書き方。私がこの会社に入社した時に使いそうな書き方だよね。つまり、悪く言っちゃえば古めかしい書き方だね」

「古めかしい? 成る程……」

この矛盾に俺は思案してしまう。相手は6号君やこの家やわが社の工場のセキュリティをかいくぐれる程の技術力を持ち合わせていながら、プログラムの技術に関してはそこまで新しい技術を持ち合わせていないと言えるからだ。

「つまり、相手はプログラムの技術は古い技術、セキュリティに関しては最新の高い技術をもっているのか……」

そう俺は呟く。それに反応するようにこう有海が答えた。

「なんか不思議だね……。セキュリティだけ勉強したのかな……?」

「なのかね……? それだけセキュリティを勉強すれば必然的にプログラムも勉強するとおもうんだけどな……?」

俺は首を捻った。なんとも心に引っかかりが残る分析結果となってしまった。





「よし、桜井さんに電話をかけるぞ?」

海人のサーバーのログ解析を終わらせた俺達は、一度リビングへと移動していた。

俺は黒幕候補の桜井さんの近況を確認するため、有海と海人が横にいる中、桜井さんへ電話をかけようとしていた。

「桜井さんへ電話をかけてほしい」

俺は緊張した面持ちで、左腕についている腕時計式の携帯電話へ語りかける。

『承知いたしました。桜井響子へ 電話をかけます』

電子的な返答が俺の腕時計から響き、その後電話の発信音が鳴り響く。

「……もしもし? 久しぶりじゃない! 小林くんと横井リーダ―!」

声が聞こえた直後、腕時計式の携帯電話から光が照射され、桜井さんを映し出した。

映し出されたその顔は、旧友に会えた喜びからか、かなりのニコニコ顔だ。

「久しぶりですね。桜井さん」

「桜井さん久しぶり。元気してる?」

横から割り込んできた有海が桜井さんへ語りかける。

「はい! 見てのとおりピンピンしております!」

桜井さんの気の抜けた発言に、俺達の緊張が少しほぐれる感じがした。

「……て、今回はどうしたの? なんか神妙そうだけど……」

俺達の雰囲気を感じ取り、電話越しの桜井さんも少し緊張してしまったようだ。

「あ、いや。この件知ってるかなって思って電話したんですけどね」

俺は続ける。

「河合エレクトロニクスの工場が不正アクセスを受けて、情報漏洩をしたらしいんです。それで、6号君の開発者の情報がぬすまれちゃったんですよ」

「え? 私退社してから引っ越してはいないから……。私の今住んでいる住所も盗まれちゃったってこと?」

「うん、そうなります。6号君の開発者はもしかすると優先的に狙われる可能性がありますので、桜井さんも引っ越しとかを検討したほうが良いかもしれません」

「え? なんで優先的に狙われるの?」

桜井さんの反応を見て、俺と有海は目を見合わせる。そして俺達は頷き、今度は有海が話を進める。

「私たちがAIの根本を改変するパスワードを知っているからよ。桜井さんはまだ覚えてる?」

「はい。忘れもしません。覚えています。なるほど、不正アクセスを行った犯人はこれをねらっているのですか……」

「うん。推測だけどね。用心しておくに越したこてはないわ」

「分かりました。夫に相談してみます。引っ越しは夫の仕事的に厳しいかもしれませんが……。善処します」

「うん。よろしくね」

「じゃあ桜井さん、何か気になることがあったら俺達に連絡してください」

「小林君、横井リーダー、わかりました。何かあったら連絡するね」

俺は電話を切った。

「うん……? 不正アクセスを今初めて知ったっていう感じだったわよね……」

「そうだね……? 桜井さんうそをつくのが下手だから、すぐぼろ出すきがしたんだけど……」

「桜井さんが黒幕じゃないとすると、だれが黒幕なんだろうね?」

「わかんない……。一体だれなんだろう」

俺達は首を捻る。また謎が深まってしまった気がした。

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2045年問題 村田こうへい @murata-kohei

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