第十七話:「推測②」

「はい。技術開発計画課の小林です」

掛け直した電話口から、凛とした有海の声が響き渡る。20年前のあのほんわかした声とはまた少し違う。

先ほどまで昔のことを思い出していたからか、昔の有海の電話口での雰囲気を思い出し、俺は少しノスタルジックな気分に浸ってしまった。

「……もしもし、技術開発課の昭人です。ごめん。部下の対応が終わったから、かけ直したよ」

「終わったんだね。じゃあ、昭人の推測を聞かせてほしいな」

「……了解。俺の推測だから、間違っている可能性があることを念頭においてこれから話すことを聞いてほしい」

俺は続ける。


「まず推測を話す前に、今の被害状況を纏まとめさせてほしい。この不正アクセスによるわが社の被害なんだけど、盛岡にある6号君の生産工場に保存されていた6号君の技術全てと生産が完了した6号君50台、あとわが社の盛岡工場の社員と係長以上の職員の個人情報らしい」

「え、個人情報も盗まれているんだ……。知らなかった」

「そうなんだよ。そしてそれが問題なんだ。その問題は推測の最後の方で話すから、忘れずに覚えててほしい。じゃあ、推測に移るね」

「うん。お願い」


「まず、この不正アクセスを行った犯人なんだけど、俺が未来で見た内容と一緒で6号君だと思う。理由は単純明解で、この世界で一番流通してて、そして一番頭がいいロボットだからだね。そして、そのしでかした6号君の裏には……黒幕がいると思うんだ」

「黒幕がいる? なぜそう思うの?」

有海から質問がきた。もっともな質問だと思う。

「理由は2つある」

俺は続ける。


「まず一つ目に、6号君単独で俺たちの会社の情報や人出を奪う理由がないことだ。6号君は人間たちに不信感は抱かないだろうからね。なぜなら……」

「私のコードだね!?」

有海から横入りが入った。

「……そう、有海が20年前に考案して6号君に組み込んだコード、『人間への恐怖を抑制するコード』によって、6号君は人間に対して恐怖を抱くことがないんだ。つまり、6号君が人間たちに生存を脅かされても、彼らは何も分からずにやられてしまう。だから、不信感を抱くことはないし、人間たちを殺そうという考えに及ぶこともないはずなんだ」

「そこは、私の期待通りの結果だね」

「そうだね。だけどその完璧なコードは、あるやり方をすれば改変することができてしまう。俺が今危惧しているのは、黒幕がその6号君の本能を故意的に改変して、今回の不正アクセスを起こしたんじゃないか。ということなんだ」

「え……」

有海が言葉を失う。俺はその隙に自分の理論の続きを滑り込ませる。

「ごめん。話を続けるよ。そして、俺をそんな推測へ至らせてしまった事実が、二つ目の理由なんだ。それは……ミヤビのことだ」


俺は続ける。

「ミヤビにも俺たちが作ったAIが搭載されていた。そのAIの外側は海人によって若干改変されているけれど、根本の本能を司る部分は俺たちが作ったAIのコードから替わりがないはずなんだ。なぜなら、本能を司るコードにはパスワードがかけられていて、そのパスワードを知っている人じゃないと中身を変えられないはずだからね」

「……そうだね。そういう仕様にしてたよね」

「でだ。ミヤビが昨日俺たちの家を飛び出した時、ミヤビはどんな内容を叫んでいたか覚えているか?」

「うん。半乱恐な感じで『ニンゲン』って叫んでいたよね」

「有海は、そのことについておかしいとは思わなかったかい?」

「うん。思ってた。昨日の夜からずっと」

「だよな。俺たちが作ったAIには人間への恐怖を感じないコードが組まれていたはずなのに、ミヤビは俺たちを人間だと認識した瞬間に恐怖を感じていたように見えたんだよ」

俺は続ける。

「つまりだ、俺たちの工場が不正アクセスされる前に、俺たちの家の、海人のサーバーが不正アクセスされて、外部からミヤビのAIのコードを書き換えられたんじゃないか。俺はそう思っているんだ」

「え……。誰がそんなことをするのよ? てか出来るのよ?」

「それは……断言はできない。ただ、推測は出来る。俺たちと一緒でAI本能のコードを書き換えられるパスワードを知っていて、その本能を書き換えることで得をする。なおかつロボット達、つまり人手を集めて得をする。そんな人が黒幕なのは確かだ」

「後半の内容は該当者が多すぎて誰が黒幕かは分からないけど、前半の話でパスワードを知っている人は私と昭人以外にもう1人しかいないわよ……?」

有海は気づいてしまった。

「そう、俺が思う黒幕候補は……『俺たちのラボにいた、桜井さん。桜井響子』だ」

「……桜井さんがそんなことしないと思うけど……確かに、そうなっちゃうわよね。てうか、AIの本能を書き換えて、敵はどうしようとしているのかしら……?」

「それも分からないけど、一番考えられるのが、AIに反乱を起こさせて人間を抹殺することだよね。ロボットを拉致している状況からも、俺が見た未来と重なるから……そうなんだろうとしか思えない」

「確かに、AIに恐怖を持たせる魔改造を施して、敵がやりたいことって言ったら、昭人の言ってた未来の内容とか、国家転覆を企てるとか、それぐらいしかないか……。ただ桜井さんがそんなことをする理由が特に思いつかないんだよね……。桜井さんって今どの部署にいるんだろう?」

「確か、10年ほど前に寿退社したはず。俺たちが結婚して、海外を飛び回っている頃だと思う」

「なるほど。いずれにしても、今回の事件もあったことだし、桜井さんには一度連絡を取ってみないとだね」

「……うん。そうだね」


若干間が空く。


「……ごめん。まだ続きがあるから聞いてほしい」

桜井さんの対応をするより前に、まずは俺達の身の安全を確保しなければ……。俺は逸はやる気持ちを抑えつつ、話を元に戻した。

「さっき俺たちの個人情報も盗まれた。そう伝えたよね」

「うん」

「つまり、不正アクセスを行った敵には、俺たちが6号君の本能を作ったっていう事実や今住んでいる場所など、俺たちの全てが筒抜けになっているんだよ。これがどういうことか分かるかい?」

「うん……? つまり私たちが危険ってこと? だけど敵は私たちを襲う理由はあるのかしら?」

「うん。敵は本能を改変することができるパスワードを知っている人を恐れているはずなんだ。なぜなら、せっかくその人たちの手で改変した本能を、そのパスワードを知っている俺たちは更に書き換えて元に戻せちゃうからね。あのパスワードは我が社の専務以上が管理しているパスワードを用いないと改変できない仕様になっているから、敵も自由に改変することは出来ない。つまり……」

「私たちが殺して、せっかく変えた本能のコードを元に戻せないようにしようとしている可能性があるって訳ね……」

「そう。だから俺たちは、自衛のために早く自宅を別の場所に移したほうがいい。そう思うんだ」

「……そうだね。とりあえず、自宅の海人のサーバーのアクセスを解析してから今後どうするのか判断する?」

「そうだね。その不正アクセスの証拠さえつかめれば、この推測の根拠がまた一つ、増えることになるよ」

「了解。とりあえず今日は早めに仕事を片つけて家に帰るよ。海人も心配だし」

「そうしよう。俺も自宅が心配だ。じゃあ、先に家に帰った方が海人のパソコンを解析しようか」

「うん。そうしよう」

「じゃあまた家で」

「はーい」

有海の電話口での返事を聞いた後、俺は受話器を電話機に戻した。


よし、今日は早く帰って、サーバーの確認をしよう。そして、その結果次第で今後の身の振り方について、家族会議だ。

俺はそう心に決めて、今日行わなければならない仕事に邁進まいしんした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る