リーマン一号

白のオーラ


夕暮れ色に染まった校舎の一室。私が美術部として一人静かに絵を描くと、背後から聞き覚えのある声がした。


「何の絵描いてるの?」


声の主は勝手に人の絵を覗き込むと、


「はぁ・・・。勝手に人の絵を覗き込むなんてどうかと思うけど」


私が振り返った先には同じクラスの男子生徒。


彼もこの美術部の一員だった。


「それを言うなら勝手に人を被写体にする方がどうかと思うよ?まぁ、そんなことより、その薄汚い黄色は何?」


絵に映る男子生徒の周りには彼を取り囲むようにして、くすんだ黄色地の背景がある。


「これは・・・。オーラよ」


「・・・オーラ?」


「そう。テレビとかで聞いたことぐらいあるでしょう?人の周りには微弱なエネルギーのようなものが存在するの。信じないでしょうけど、私は人のオーラが見えるの」


「オーラが?ふーん。それで、なんで僕のオーラだけそんなに汚い色してるわけ?」


信じたわけではなさそうだが、男子生徒はことさら自分のオーラの色に納得いかないようだった。


「別にあなただけではないわ」


私はスケッチブックをめくり、他の生徒が書かれた絵をいくつか見せる。


「ああ。なるほど。皆変な色だね」


「オーラの色は千差万別よ。そして、始めは極めて原色に近いわ。だけど、人と人との関わりによって少しづつ色が溶け合って、最終的にはみんなくすんだ色になるの」


「へー。面白いね。ちょっと見ていい?」


「どうぞ」


スケッチブックを手渡すと、男子生徒は残りのページをめくり、被写体のオーラの色に「意外と赤なんだ」とか「やっぱこいつは緑か」なんて一喜一憂した後、一番最初のページを見て突然笑い出した。


「はっはははは。まさかちゃんとオチまであるなんてね」


何が言いたいのかはわかる。


最初のページの被写体は私自身で、そこにはこれまでとは異なった綺麗な青色のオーラが刻まれている。


「誇張して描いてるわけじゃないわ。私は自分のオーラを綺麗なままで保ちたいから、人との交流を控えているの」


「ん・・・?よく一人でいるのを見るけど、それが理由なの?」


「そうだけど、変かしら?」


「いや、まぁ、人の生き方にどうこう言えるような立場じゃないけど・・・。ただ、絵を描くときにチューブから出した絵の具をそのまま使ったりしないでしょ?」


「当たり前ね。それがどういう意図を示しているのかはわからないけど」


「要はさ、原色だから綺麗とかないと思うんだよね。複数の色を使って味を出すのも絵を描く上では重要でしょ?青に白を加えたり、緑を加えたり、時には赤みたいな反対色を加えるのも僕は好きだけどね」


衝撃だった。


今までいろんな人に何度か説得されたけど、嫌なものは嫌だと反発してきた。


それなのに、なんだか彼の言葉は素直に受け止められる自分が居たのだ。


「そう。そうかもしれないわね・・・」


それから私は少しだけ態度を改めて、周りの人と交流を図ろうとは思ったものの、これまでまともに人付き合いをしてこなかった私には、ハードルが高すぎたようだ。


結局、その後も放課後は美術部で絵を描く毎日で、私のオーラは綺麗な青のまま。


「やっぱり私には原色の青が似合うと思うの」


口をとがらせ、独り言を言うように言い訳すると、


「意地張んなくていいよ。うまいこと行かなかったんでしょ?」


私をけしかけた張本人はどこ吹く風で、スケッチブックに筆を加える。


別に謝罪が欲しいわけではないが、なんだか悔しくてしばらく恨めしそうな視線を彼に送っていると、件の相手は降参とばかりに両の手のひらを挙げた。


「ふぅ。まだ始めたばかりだし焦る必要はないよ。それに、僕にはもう少しだけ変わったように見えるよ」


そう言って、スケッチブックを渡してきた。


訝しんだ視線を彼に向けたまま、私がスケッチブックの中を確認すると、そこには綺麗な青いオーラを纏った私の絵。


そこに、ほんの少しだけくすんだ黄色が混じっていた。


あまりの不意打ちに吹き出す私に彼はお道化る。


「え!?そこ笑うの?結構自信あったんだけど!?」


「ううん。確かにちょっとだけグッとは来たんだけど・・・絵、下手だね(笑)」


「ほっとけ!」


二人の笑い声が狭い美術室に木霊すると、私は確かにこんな色もいいかもしれないと胸中で呟くのだった・・・

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リーマン一号 @abouther

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