明日から夏休み

 終業式もホームルームも終わり、俺たちは部室に集まった。そして、夏休み中の部活のスケジュールについて話す。一週間に一度ほど、夏の部活を行うのだ。この部室に集まって……ただ、ここはエアコンがなくて暑いので、早々に近所のハンバーガー屋に場所を移すこととなる。


 大体の予定が決まったところで、白石は唐突に、来年の話をした。


「来年は新入生が入るといいね」


 そうなのだ。文芸部は今のところ、俺たち二年生の三人だけ。つまり一年が、後輩がいない。このままだと俺たちが卒業すると、文芸部は再び休眠状態となってしまう。


 今年の春の、クラブ説明会のことを思い出した。講堂に集まった一年生を前に、各代表がそれぞれ自分たちのクラブの紹介をする。俺たちは三人で行った。壇上に立って、まず俺が始まりの挨拶をし、次に白石が熱弁を振るい、梶本がおろおろと補足をし、最後に俺が終わりの挨拶をした。まずまず上手くやったように思うのだが、誰も入部希望者はいなかった。やや地味だったのかもしれない。


 他のクラブは、例えば吹奏楽はちょっとした演奏をやったり、サッカー部は見事なボールさばきを見せていた。それに比べて俺たちは……でも、文芸部でできることって何があるんだ? いきなり自作の朗読をしても一年生らは困惑するだろうし。


 集まらない、といえば、俺がやってるコンテストのほうも作品がいっこうに集まらない。友人らに声をかけてみたものの、全宇宙に通用する、なんて、ハードルが高すぎるよ、などと言って、参加する気配を見せない。そもそもそんなに興味がないみたいだ。薄情な奴らめ。


 でも、ある日、部室で白石の友達がじっと壁に貼られたチラシを見ていた。俺が近寄ると、彼女は、きらきらした目で言った。


「ねえ、この「ヒロイン」って、男性でもいいかな?」


 男性……? 男がヒロイン……? 一体何を言ってるんだ……? と俺は思った。はっと気づいたのだが、彼女は腐女子なんだ。白石の友達はみなそうだ。で、男がヒロインの意味もわかりかけたが、しかしここで拒絶するのはどうだろうと思われた。昨今の、男女平等の風潮に反しないだろうか。男がヒロインでも、女がヒーローでもそれはそれでいい。俺はそう思った。


 というよりも、全く作品が集まらないよりも、一作でも来てくれたほうがましだと思ったのだ。俺は鷹揚に、彼女に言った。


「うん、いいよ」


 きらきらした目の輝きがさらに増した。彼女は俺に近づくと、力を込めて言った。


「そうなんだ! じゃあ、私何か書くね!」


 うん、楽しみに待ってる……と俺は言った。言葉の最後に「……」が入ったのは、楽しみ半分、やや不安もあったからだ。でも、面白い作品が来るかもしれない。正直BLはいまいちよくわからない世界だけど、困ったらとりあえず、白石に批評を求めればよい。


 夏休みの予定が決まれば、特にすることはない。俺たちは部屋を出ることにした。前にも書いたようにここは暑いし。それならばクーラーの効いた食べ物屋にでも非難するに限るのだ。


 室内は綺麗に片付けられ、鉢の類は既になかった。長期休暇になるため、梶本が全て持って帰ったのだ。梶本はあの一件を語ろうとしないが、しかし、今書いている長編小説を書き直すと言い出した。


「少し、変更したいところがあるんだ」


 書き直されたのを読んでみた。ヒロインの性格が多少変化したのだ。清楚で大人しい黒髪ロングのエルフのヒロインは、清楚で大人しい……けれどもしかしワガママな一面も持つ黒髪ロングのエルフのヒロインとなった。黒髪ロングは変わらないので、俺はふと、あの日、俺の手を振り払って、姿がどうなろうと雪乃さんは雪乃さんだと言った梶本のことを思い出したりもしたが……、まあ、黒髪ロングは偉大なのだ。


 扉を開けて外に出ると、眩しい夏の景色が広がっていた。といっても、校舎の壁が目の前にそそり立っているのだが。けれども光は夏だ。輝かしい、心弾む夏の光だ。


 俺は次回作について構想を練っていた。しかしやはり何も思い浮かばない。ふと、白石が言ってた、身近なことを書けばいい、という話を思い出した。身近なこと……そういえば、身近で最近、ものすごい事件が起きたのだった。宇宙人と接近遭遇だ。これを書けばいい……とは思ったが、やめた。これは梶本の物語なのだ。俺が勝手に書くべきことではない気がする。


 とすると。何を書くべきか……。ずっと悩んでて結局何も前に進めていない。けれどもこれから夏休みなのだ。長い長い、幸せな夏休みなのだ。心配することはないと思う。その内、素晴らしいアイディアがひらめくことだろう。二学期が始まる頃には傑作が出来上がっていることだろう。ラノベ界を震撼させるような、そんな大傑作が。


 そんなことをぼんやり考えながら歩いていたせいか、俺は階段から転がり落ちそうになってしまった。

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