第8話ハッピーエバーアフターにはほど遠い

 あのあと、私は優勝した。

 なんの感慨もなく、達成感もなかった。クラスに戻り担任から成績が発表されると何人かは喜んでくれた。栞は観戦してくれたのでその場で喜びを伝えてくれた。


 「いや、すごかったね。初めてちゃんと見るとさ。」

 興奮しながら伝えてくれる栞に少し申し訳なさがあるがそれは仕方ない。


 「なんか目で追えない速さの打つときとかさ、えめっちゃ速いじゃん!みたいになるし。卓球疲れなそうとか言ってるやつに見せてあげたいよね~」

 うれしそうに私と咲奈に話す栞はどこか満足げだ。咲奈は少し落ち込んでるように見えるが私が介入する意味もないだろう。

 「さ、クラスに戻ろう?」

 私はお手洗いに行く、と言って先に行ってもらった。咲奈も気まずそうだし気を遣うのも面倒な気がする。

 鏡の前でため息をついていると咲奈が後ろに見えた。

 「悠羽…。」

 「どーしたの?」

 なるべく楽観的な声を出す。

 「やっぱりさ、戻ってこない?練習はさ、気が向いた時でいいから。」

 「それを許す顧問じゃないでしょ?いいよ、私はもう。」


 これ以上の問答は不要だと思い私はトイレから出る。

 「大学行ったらさ、卓球やる?」

 後ろから声がする。振り向くと少しだけ悲しくゆがんだ咲奈の顔が見える。

 そうか、この子は…。


 「気が向いたらね。」

 そう言って私はクラスへ戻った。それから今に至るまで会話はしていない。


 きっと咲奈は卓球をするだろう。どんな形であれ。部活なりサークルなり地域のクラブ活動なりで。

 それは強くなりたいという思いだけじゃなくて、「卓球が好き」という思いが根底にあるからだろう。自分の好きなことをずっと続けていく、それができるうちはどんな形であっても楽しんでやれる。そんな気持ちを持ってたからこそ部活で一生懸命悩んだり、辞めた私を引き込もうとしたりと活動的だったんだ。

 

 私は彼女と一緒にいてやっとそのことに気が付いた。それと同時に卓球が楽しいという気持ちはいつからか置いてきたことを思い出した。強くなりたい、勝ちたい、上に行きたい、その気持ちしか持ち合わせていない私はあの気持ちはどこへ置いてきたのか。

 

 初めて打ったあの台の上か、初めて買ってもらったラケットか、いつも練習していたあの体育館か、あの日、あの言葉をもらった練習場か、私はもうわからない。

 ただ、私は今はもう持ち合わせていないその気持ちに少しだけ嫉妬した。

 楽しめる才能がほしかったな。それは理想とかじゃなくて純粋な私の気持ちの問題な気がする。

 叶うなら、楽しめるあなたでいてほしい。勝つためにあった私のような中途半端な私にならずに。


 暗幕の体育館で白球のはじける音がする。靴が床を蹴る音がする。

 今日も私は問題集の延長線にいる理想の自分と闘っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

9-9(ナインオール) 夢見アリス @chelly_exe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ