第7話アイディール・アパシー

 自分のラケットを持つと不思議な気分になる。あれほどやる気がなかったのに自分の感覚が研ぎ澄まされていくような気分。

 ラケットで球をコンコンと打つ。フォア面、バック面、サイド。感覚は上場。悪くない。負ける気もしない。

 「さて、やりますかね。」


 横で後輩が知らない子と遊びながら点を取ったりしている。技術的には工場が見られるけどあんまり変わってなさそう。ま、打ってみないと分かんないけどね。

 そして目の前の気合十分なお嬢さんはあの時から変わったのかしら。少し前に適当にやって適当に勝ったあの日から。


 「時間もないしやろうか。」

 「そうだね。」

 言葉少なに試合開始を告げる。大会に出てるような気合で咲奈はサーブを構える。

 私は相変わらず適当に膝を曲げてダラっとした気の抜けたような構え方をする。


 「いつでもどうぞ?」

 バック側に下回転。芸がないいつもの初手サーブをなんなくフォア側に流す。咲奈は絶好球と言わんばかりにドライブをしてくる。回転量の多い咲奈のドライブはスピードこそないがあいまいな角度でブロックするとオーバーする。腰を少し下げてねじる。ラケットの角度を低くしてボールの頂点で打つ。

 一気にはじき返されたボールはストレートを打ち抜き咲奈は反応もできなかった。

 「案外できるもんだね。」

 カウンタードライブなんて見様見真似でやってみたけど、タイミング合わさればなんとかなるもんだ。

 ハッとして咲奈がボールを拾いに行き、2回目のサーブをする。フォア前に下回転。今度はフォア前にストップ(小さくレシーブ)する。咲奈もストップでバック前に返してきたところをフリック(台上で払うような打ち方)気味に返してスコアは2-0。


 正直めんどくさくなってきた。何も変わってない。このままやってても変わらずあと15分ほどで勝ってしまう。なぜこんなサボってる私に勝てないのか全く分からない。才能?経験?違う。お前ら全員肉体的にも頭脳的にも練習が足りないだけだ。私のせいじゃない。


 こんなことならいっそ弱かったほうが私自身にも諦めがつくのに。


 スコアは8-3。


 ハァっとため息をつく。あきれるような眼をしているのが自分でもわかる。

 必死な咲奈。汗をかいて前傾姿勢を取ってる咲奈はまさしくスポーツマンの鑑だ。

 一方汗もかいてない姿勢もほぼ棒立ちに近いプレーを繰り返す私はどう見えるだろう。

 下回転をかけるようなフェイクモーションを入れた横回転サーブ。咲奈は見事に引っかかり9-3。

 「疲れたー」

 思わず声が出てしまった。負ける気のしないこの試合、何もかもがめんどくさい。このまま勝つことも、負けることも、打つことも、私自身の気持ちも。

 おそらく私はこの体育祭の卓球は優勝する。先のない試合で優勝したところで何の意味もない。

 上へ行くことを投げ捨てた卓球も穴を埋めるように行う勉強も何もかもやる気がなくなってくる。こうなると自分を責める声しか聞こえなくなる。

 所詮この程度の才能に振り回されてる私が悪いんだろう。けれど私は知ったことではない。私より下の子たちが活躍する試合を見るとお前が悪い、と言われてるような気がする。けれど私のせいじゃない。同世代の子たちが活躍しているのを見ると全てを否定される気分になる。けれど私は悪くない。


 理想に追い付かず投げ捨てた自分が悪い。その通りだ。自分の理想と今の自分のギャップを埋められなかった自分が憎い。その通りだ。


 過去を後悔して未来に絶望して現在に失望する。

 実にくだらない。


 「ゲーム11-4」

 「ありがとうございました。」


 「疲れたってかだるいわ。」

 私は今、人生のくだらなさと自分に失望している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る