地球から38万キロの場所

白猫 恵/ 灯

第1話 

――昔から月を見るのが好きだった。

夜空に地球から38万キロも離れた場所で大きく光り輝く、丸い球の形をした物体。


それが月。



【トルド1 2042年】


 

トルド1は大失敗だった。

アメリカヒューストンで打ち上げられたトルド1は5人の宇宙飛行士を乗せて、大空へ飛び立つ。


筈だった。


最初の数十秒は安定しながら飛び立ち、高度4キロまでロケットはバランスを保ちながら飛んでいた。管制センターでは喜びの声が多々上がっていたんだ。けど、一瞬にしてその歓声の声は消える事となる。


突如、機体の上部から灰色の煙が上がり、そして瞬く間に火が付いた。

そして、機体は激しい爆音と共に爆発した。


――その瞬間、5人の尊い命が大空に散った。

彼らは遺言すら言わずに空へ散ったんだ。

世界中の人々が涙を流して悲しんだ。

そして世界中の人々はこれでこの計画は失敗、そう思っていた。


だが。


――あの悲惨の事故から5年の月日が流れたある日の早朝。

NASAは、トルド2計画を世界に公表した。


その計画はトルド1と同様、月へ人を送り込み居住区を完成させると言う物。

決して簡単な計画では無かった、けど。成功する見込みはあった。

あの事故から5年、宇宙産業は今までない進歩を遂げ。ついには、打ち上げたロケットが自から地球へ戻ってくる程の技術とまでなっていた。


――トルド2計画が発表されて五日後の事。

計画成功の鍵となる6人の宇宙飛行士(クルー)がNASAの会見で公開された。


6人の宇宙飛行士の名前――


中には小さな身体をした小柄な女性の名。

そう、それが私。大空 宙おおぞら そらだ。




最悪の日。

あの日を私達はそう呼んでいる。地球から38万キロの場所で不運な事故にあった人間。

それが、私達だ。


人生で最高の職に付いたと思っていた。

だが、そんな思いも束の間。一瞬にして最悪の職になってしまった。



ああ。地球の家族はどう思っているんだろう。

いや、そもそもまだ私がここでくたばってる事事態知らないかなぁ。

それとも、知っていて皆な私の無事を祈っているのかなぁ。

エドワードさんは元気かなぁ。二日酔いでうなされてたりして。


――綺麗。

真っ暗闇の宇宙空間にただ一つ異彩を放つ惑星が今にも途絶えそうな視界に飛び込んできた。

青い海。綿菓子の様な雲。そして、壮大な土地に広がる緑色の植物達。大きな渦をまくハリケーン。



このすべてが、今の私には宝に見える……。





酸素濃度低下を警告するブザーの音で目覚めた――。

とにかく頭痛が酷くて吐き気もする。


えーと、まず現在私達が置かれている状況を把握しよう。

まず、私達6名は突如降ってきた小隕石が数メートル手前に落下して、当分の間助けも来ない月の地表に投げ捨てられている。

プラス、宇宙服の酸素濃度が10%を切りそうだと言う事。

そして宇宙服に装備されているOS(酸素供給装置)がブーブーと警報を鳴らしてその切望的状況を物語っていた。

負傷者を現在地からハブ(月での居住地)へ連れて行くには、人力では不可能。

自らで歩くか、死ぬか。それしか残されていない。幸い、ハブは目視で確認出来る程の距離だと思う、多分……。

月では、気圧が無い為。遠い物体も目視では近くにあると感じてしまう事がある。

だから、ハブが近くにあるのか自信が無い。


だけど、このまま地面に寝転がっても只々酸素が薄れて最後は窒息死してしまうだけ。

結局は歩かなきゃ行けないんだ。


――私は、重い自分の左手を動かして右腕にある通信機をONにする。


「あーあー。聞こえる?」


出来るだけ、皆の緊張を解く為、日常会話の様に軽く呼び掛けた。


「こちら、シーナ聞こえるわ」


いつも通りの冷淡で華麗な声が耳を通して皆なの脳に響く。


「あ、あ……。左腕をやっちゃったが一応生きてる」


そう答えたのは、ドナーだ。

低くて男らしい声。だけど心なしかいつもより弱々しく感じた。


「了解。他は? アルレナ?マーク?ドナルド?聞こえる?」


再度呼び掛けるが一向に返事が無い。


「シーナ。目視で確認出来る?」

「う、うん。身体が重いけどどうにか首だけなら……」

「お願い。無理しなくてもいいわ」

「―――ッ!?」


シーナは何の言葉も発しなかったが、私とドナーはシーナの見た光景を大体想像する事は出来た。


「シーナ? どうなの?」

「――――」


シーナからの応答は無い。


「おいシーナどうなんだ? 皆生きてるよな!?」


ドナーがやや強い口調でシーナに呼び掛ける。が、相変わらずシーナからの応答は無い。

そして、張り詰めた空気がここにいる皆に広がっていく。


「シーナ!! 応答してッ!! 」

「はッ、すいません……。状況を報告します。私、ドナー、ソラを除くトルド2計画の宇宙飛行士4名は……死亡しました」

「え―――……」


予想はしていた。むしろそっちの方が確率は高いと自分自身でも理解していた、筈。

――けれど、私はシーナの発言に言葉を失った。

多分、ドナーも同じだったと思う。



「了解」


何秒か何分かはよく覚えていなかったけど。私はかなりの時間、言葉を失っていたと思う。


「と、とりあえず。動ける者だけでハブに戻りましょう。話はそれからよ」

「「了解」」


倒れている身体を無理矢理起こして立ち上がる。

立ち上がるとさっきまで気付かなかった景色が見えた。そして、再び私達が現在置かれている状況を把握した。


なんと私達クルーは先程作業していたSA1の地点から30メートル程離れた場所にいたのだ。

それが何を意味するかと言うと、私達は隕石落下により。30メートル程飛ばされたと言う事となる。何がともあれ地球の重力だったら間違いなく死んでいただろう。


――けど、ここは月で。今、私は生きている。



そう実感した。



酸素濃度低下を警告するブザーの音が消えた。

つまり、宇宙服内部の酸素濃度は人間が安定して生きていられる程安定したという事だ。

おそらく、私が排出した二酸化炭素(CO2)を酸素供給装置が分解して少しの間だがスーツ内部の酸素濃度を安定させたと言う事だろう。

流石は世界各地から集められたエンジニアさん達が開発した装置だよ。


――だが、安心してはいられない。


時間が立てばいずれ分解出来る酸素も無くなってしまう。(私も亡くなってしまう)

頑張っても酸素濃度が安定していられるのは数分。その間にハブに戻り酸素供給装置のフィルターを交換しなきゃいけない。



この数分で全てが決まる。私の生死が……。



奇跡的にも、ハブは予想より近くにあった。


私達は自力でハブに戻り、もたつきながらエアロックに入った。そして、気圧が安定すると同時に重いヘルメットを脱ぎ捨てて、そのままフラフラしながらハブに入り宇宙服を脱いだ。今すぐにもベットで横になりたかったがまだやらなきゃいけない事が残っている。

それは、ドナーが負っている怪我の手当てだ。おそらく骨折していると思うので、出来るだけ衝撃を与えないようにゆっくりと宇宙服をハサミで切っていく。


ドナーの腕は予想よりもかなり酷い状況だった。真っ赤に腫れ上がっていて内出血まで起こしている。幸いにも私達全員基本的な医療行為の訓練は受けてたし、ハブには優れた医療用品の備えがあった。だから、ぱぱっと腕を固定して何重にも包帯を巻いて治療は完了した。

それと痛み止めの薬は1ヶ月程飲む必要はあるがそれ以外に身体の異常は無かった。


そして、一息付くと私達全員に凄まじい眠気が襲ってきた。ベットルームへもたつきながら歩いていき皆、ベットに倒れ込んだ。







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地球から38万キロの場所 白猫 恵/ 灯 @Shiraishi_Akari

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