生垣

ととむん・まむぬーん

生垣

 自分、霊感とかそういうの全然なくって、金縛りなんてのも経験ないんっすよ。

 ラップ音?

 ああ、部屋ん中で音がするヤツっすよね。そんなもん、自分が住んでるところって築年数がもうアレじゃないっすか、だから天気がよくても雨が降っても暑かろうが寒かろうが、しょっちゅうパキパキ鳴ってますよ。そんなことより上だか隣だかからいきなり天井や壁がドンッの方が驚かされますよ。自分、これでもおとなしく生活してるつもりなんっすけどねぇ……えっ、そんなことよりあの話って、辰也たつやんとこの?

 ああ、あの話っすか。いいっすよ、そんな期待されるようなオチも何もないんっすけどね。まあ、怖いって言えば怖いっすかねぇ……でもあのときの自分、必死でしたからねぇ、逆に後から思い出すとゾッとするって話なんっすけどね。



 あれは自分が中坊の頃っす。あのころは辰也んとこが自分らの溜まり場みたいになってたんすよ。でもってその日もいつものようにそこでみんなでたむろってたんすよ、ゲームとかSNSとか、ひとつ部屋ん中でみんなバラバラなことしてたんっすけどね。でもとにかく、いっしょにいると安心するってか、そんな感じで自然に集まり出したんすよ。

 いい感じでまったりしてたらば、自分の母親からSMS入って、すぐ帰ってこいって。ウザいからシカトしてたら連チャンで来て、最後は電話っすよ。でも理由言わないんっすよね、すぐ帰ってこいっていうだけで。自分、ちょいムカついたんっすけどまあ、親だし、しょうがないんでソッコーで帰ることにしたんすよ。


 辰也んとこから自分の実家ってチャリで十五、六分ってところなんす。途中に青梅街道おうめかいどうのでっかい交差点があって、その信号がとにかく長くてウザいんですわ。そうっす、あのいつも渋滞してる。あれ、ウザいっすよね。

 で、その途中、辰也ん家からすぐのところに生垣があるんっすよ。両サイドが生垣のとこっす。生垣の向こうは屋敷森ってんですかね、ああいうのって。とにかくヤブ蚊が多いんですわ、あそこ。だから喰われないようソッコーで抜けるんですよ、いつも。で、その日もいい感じで走ってたんす。

 ダッシュで二、三〇秒ってところっすかね、いつもなら。でもそんときはずっと生垣なんすよ。走っても走ってもずっと生垣っす。

 いやいやそんなに長い直線じゃないっすよあそこは。なのにずっと生垣。自分、なるべく考えないようにしてたんっすよ、なんか怖くなって。

 そのうち右側に生垣の切れ目があって、そうですそうです道はまっすぐ続いてるんです、けどね、いきなり横道っすよ。そりゃね、当然そこ曲がるっしょ、ゲームなんかでもそうでしょ。

 もちろん自分、曲がりましたよ。エンドレスなあの道よりはいいんじゃね、って感じで。

 で、入ってみたら屋敷森どころか雑木林っすよ、踏み分け道で。足元は悪くなかったんすけど、とにかく暗かったっすね、鬱蒼うっそうって言うんすか、ああいうのって。

 ところがっすよ、その踏み分け道も延々とまっすぐですわ。自分、ちょっと迷い出ましたよ、やっぱ引き返そうかって。

 でもダサいっすよね、それって。だからちょっとだけ、来た道を振り返ってみたんすわ。いえいえ、まだ曲がってそんなに経ってないんっすよ、でもね、見えないんっす、さっき曲がって来た生垣が。今度は林ん中で行くも戻るもエンドレスっすよ。自分、根性決めましたね、こりゃダッシュで抜けるしかない、って。


 もうね暗いっすからライトつけましたよ。マジで危険でしたよ、暗くって。どのくらい走ったっけか、目の前にほこらっぽいのが見えたんっすよ。道はそこで突き当たりになってて右に折れてて、とりあえずそいつの前で止まったんすよ。

 で、その祠なんっすけどね、なんかいやーな感じで。ぼっろぼろで朽ち果ててるってんですか、ああいうの。そんでもって屋根の上に藁だか草でできた飾りがあって、よく見るとそれ、髑髏どくろなんすよ、藁だか草でできた髑髏。

 で、足元見るとおんなじのがごろんごろんしてるんすわ。もうね、ビビッたっすよ。心臓バクバクもんっすよ、いや、マジで。

 自分、そのまま右に延びる道を進みましたけど、あんなもん踏んづけたら祟られそうじゃないっすか、踏まないように注意してるとなかなか進めないんすよ。ほら夢とかであるじゃないっすか、追っかけられて逃げるんだけどっての、あれみたいで、あんときはマジでヤバかったっすわ。


 そうこうしてるうちにまた右に折れてるんっすけど、今度は曲がってすぐに池があるんすよ、小さいんだけど、なんか緑色で小汚い水なんすよね。

 道はそこでいったん途切れるんっすけど、すぐ左脇に延びる道が続いてるんす。自分、池にハマらないように気ぃつけて左の道に入ったんっすよ。


 池?

 ああ、なんか立て看があって「遺留品が未回収」とか何とか書いてあったけど、シカトっすよそんなもん。自分、それ以上関わりたくなかったんで。

 で、そのまま進んだんすよ。したらば、やっと、やっとですよ。林の向こうに景色が見えて。

 場所?

 あそこですよ、あのでっかい交差点。そうっす、そうっす、あの交差点んとこって森も林もないのに、ヘンっすよね。でもあんときはそんなことよりもなんか嬉しかったんすよね。

 でもね、交差点は見えるんだけど今度はなかなか抜けられないんっすよ。

 そっか、この道を進んでるうちはダメなんじゃね、って考えて、無理やり林ん中を突っ切ってみたらあっさりでしたよ。ええ、いつもの交差点っすよ、そこの歩道に居たんすよ、自分。

 でもって振り返ってみたらば、林どころか木も生えてないんすよ、住宅とかマンションとかで。ほんと、何だったんっすかね、あれ。

 でね、その交差点で、なんすけどね、あたりはもうすっかり夜で。辰也んとこ出てからいろいろあったけど、そんなもんせいぜい一時間かそこらっすよ。なのに夜。

 家に帰ったら母親にどやされるなぁ、なんて覚悟決めてたんすけど、「SMS? 電話? してないわよ、そんなの」って。

 ざけんな、って言って着歴見せようとしたらないんですわ、履歴が。


 って、まあそんな話っす。

 ね?

 ほんとにオチも何もないんですよ、すんません。でもあれは何だったんっすかね。やっぱ異世界とか時空の歪みとかってヤツっすかね。てか、どうせ異世界なら無敵の能力とかお姉ちゃんのハーレムとかが欲しいっすよね……でもまあ、実際にそんなとこ飛ばされたって無力なもんっすよね。



 そんなことより、あっ、そこそこ、そこんとこ曲るんっすよ。そのまままっすぐ行けば生垣が見えてきますから。




生垣

―― 完 ――

(二〇二〇年七月二十六日:再構成版)

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