九十九墓村事件

戸松秋茄子

本編


「さて、皆さん。本日はお集まりいただきありがとうございます」


 桜小路さくらこうじ綾彦あやひこはそう言って部屋を見渡した。襖をぶち抜いてつなげた大広間に、九十九墓村つくもばかむらの村民たちが寿司詰めになっている。その多くが老人で、それ以外の年齢層がいないわけではないがごく少数にとどまっている。男女比はだいたい九対一といったところか。それはここに集められた村民たちにある共通点があることを示していた。


 床の間の前に立っている綾彦から一番後ろの村民までは十メートルほども距離があった。綾彦は思った――まるで校長先生になった気分だ。尤も、校長の長話と違って自分の話が彼らを退屈させることはあるまい。問題があるとしたら、耳が遠くなり始めている彼らのために大声で喋らなければならないことだけだ。


「こうしてお集まりしてもらったのは他でもありません。聡明な皆さんならもうお気づきでしょう。わたしはこの村で起きた連続殺人事件の犯人を突き止めることに成功しました」


 瞬間、部屋の中がざわめいた。詰め掛けた村民たちが次々に声を上げる。


 ――本当か。


 ――嘘にきまっとる。こんな若造に分かるものか。


 ――まあまあ、亮さん。聞いてみようじゃないか。


 ――ちょっと待ってくれ。奴さんはなんと言ったんだ? どうも最近は耳が遠くていかん。


 綾彦は村民たちの反応に満足したように、口の端を吊り上げてにっと笑った。不気味な笑みであった。「計画通り!」というキャプションが似合いそうであった。村民たちが驚くのも当然のことだろう。半世紀前、この村を震撼とさせた連続殺人――通称「九十九墓村事件」はこれまで幾多もの探偵が挑みながらついぞ解決できなかった事件なのだ。


   ※※※ ※※※


 九十九墓村事件。


 後に戦後犯罪史を代表する陰惨な事件であるが、その発端は半世紀前にまで遡る。


 九十九墓村は東北某県の山深い寒村である。四方を東北の山里らしい低い山襞に囲まれ、後に殺到する警察、報道関係者もこの僻地にたどり着くのに四苦八苦することになる。山道を抜けると、七、八〇軒ばかりの農家が身を寄せ合うようにして一塊になっており、その真ん中を細い川が流れていた。何分、辺鄙な村である。村で生まれた若者たちの多くは都会を目指し、当時、すでに人口の半分近くが老人になっていた。事情を知る者はみな廃村は時間の問題だろうと思っていた。


 最初の事件が起こったのはその年の九月のことだった。息子夫婦と暮らしていた滝川シヅが姿を消し、村民たちの捜索によって死体で発見された。北方の山の斜面に捨てられていた死体は思わず目を覆うような損壊が加えられており、熊の仕業かとも思われたが、足の悪いシヅが一人で山の斜面を登ったとは考えられず何者かに殺害されそこまで運ばれたと推測された。


 その後、相次いで変死体が見つかる。被害者はいずれも老人で、派手な損壊が加えられており、発見現場とは別の場所で殺害されていることが分かった。事件の重大性を鑑み大量の捜査員を投じた県警本部だが、外部の人間に対して固く口を閉ざす村民たちを前に捜査は難航。外部の人間と思しき人影を見たという証言が複数の村民から確認されるが、そんな人物がいたとしてもよっぽど慎重だったらしく何の痕跡も発見できなかった。村民の中に疑わしい人物が浮上しても、よくよく調べてみるとアリバイが立証され、マークを解かざるを得なかった。厳重な警備をかいくぐって行われる犯行の前に警察はなすすべもなく、事件は迷宮入りの様相を呈してきた。


 そこに登場したのが最初の探偵、明坂小五郎太であった。彼はかつて「地蔵尊殺人事件」や、「千手観音殺人事件」、「薬師如来殺人事件」を解決した優秀な探偵で、通称ホトケの明坂と呼ばれていた(なお、本人はこの通称を「縁起が悪い」と嫌っていた)。仏が関与しないという専門外の事件に苦戦する彼だったが、最初の犯行が縄と水車を使ったトリックであることを看破する。が、その彼も真犯人の特定には至らなかった。彼はこの事件にのめりこむあまりこの村に移住することになる。気がつけば、村の実力者の家に婿に入り、現在ではその跡取りとして村を治める立場にある。


 二人目の探偵、金田洋介が現れたのは明坂が村に逗留し始めた三日後のことだった。彼はかつて「ポルシェ殺人事件」、「フェラーリ殺人事件」、「フォルクスワーゲン殺人事件」などを解決した優秀な探偵で通称ガイシャの金田と呼ばれていた(なお、本人はこの通称を「縁起が悪い」と嫌っていた)。彼は村に乗り込んですぐ明坂と対抗する形で調査を始める。外車が関与しないという専門外の事件に苦戦する彼だったが、一連の事件が村に伝わる童謡の見立てであることを看破する。が、やはり犯人の特定には至らなかった。その後は、もともと根無し草だったことも手伝って、彼もまたそのまま村に移住。村の娘と結婚し、その息子は明坂の娘と結婚している。いまでは村の中心人物となり、農作業の指揮を取っている。


 その後、七件目の犯行をもって、事件はぴたりと止まる。しばらくはこの事件に多くの人員を割いていた警察だが、捜査の糸口が見つからず次第に撤退を余儀なくされていった。明坂と金田の後にも探偵たちが押し寄せては推理を繰り広げたものの、誰一人として真相に至ることはなかった。事件から十周年を迎える年には、村とテレビ局主催で当時名声をほしいままにしていた探偵たちによる推理合戦が行われたが、それもまた不毛に終わった。


 村を訪れた探偵の代表的な名前を上げると、吸引力が変わらないただひとつの掃除機を利用した機械トリックを見抜いたことで有名な通称ダイソン島村、おはようからおやすみまで捜査に徹することがモットーの通称ライオン浅田、セガ信者の通称セガ鬼塚などそうそうたる面子が揃っている。謎を解くため村にとどまる探偵もいれば、新たに起こった事件のためしぶしぶ村を後にする探偵もいた。いずれにせよ、事件の真相にたどり着いた探偵は一人もいなかった。


 事件から十年も経つころには「九十九墓事件」は迷宮入り事件の代名詞と化していた。ミステリ小説の題材としても好んで取り上げられ、特にとある巨匠がこの事件をモデルにした『一〇一墓事件』はその綿密な取材ぶりを評価され権威ある文学賞を受賞した(ちなみに、ミステリファンからの評価は賛否が真っ二つに分かれた。現実の事件を忠実に再現するあまり最後まで真犯人が分からない作品になっているからだ)。この作品は、豪華キャストにより映画化され、当時のある高名な映画評論家が「文庫で全四巻に及ぶ長大な原作を、大胆な解釈によってわずか九〇分間の上映時間に圧縮。ほとんど原形をとどめていないが、かろうじて残り香のようなものがなくもない奇跡的な傑作」と絶賛。日本国民の一・〇一人に一人は見たと言われる空前の大ブームを巻き起こす。日本アカデミー賞を総なめにし、ハリウッドリメイクも決まった(なお、この企画の続報を聞いたものは誰もいない)。作中で五番目の被害者が発見されたときのポーズは邦画史に残る名シーンとして未だに語り草になっており、「一〇一墓村のポーズ」は子供たちの間でも定番のギャグとして定着している。また、続編の話が囁かれ始めたころ、ホトケの明坂とガイシャの金田役の俳優が不慮の事故によって二人揃って物故したときは「一〇一墓村の呪い」と世間を騒然とさせたものだった(余談だが、明坂と金田本人はこの出来事を非常に不快に思った)。映画が公開された年の流行語大賞は作中で三番目の被害者が発した「俺、ちょっと田んぼ見てくる」であった。


 尤も、熱しやすく冷めやすいのが大衆の常である。映画の公開からしばらく経つと、さすがに全盛期のような熱気は冷め、村を訪れる探偵も徐々に少なくなっていった。数年前、リメイクとして映画化されたときにまた小さなブームがあったがその勢いもすっかり沈静化されてしまった。九十九墓村事件はいまや名前こそ知られているものの多くの人間は気にも留めない、いわば「古典」と成り果てた。いまでもたまにテレビで特集が組まれるし、図書館に赴けばこの事件を検証したノンフィクションに触れることができるものの、それらに目を通すのは一部の好事家だけにすぎないのだ。


 そんな半ば伝説的と化した事件を村に逗留してわずか三日の若造が解こうという。到底信じられるわけがない。


   ※※※ ※※※


「わたしは最初からこの事件がおかしいと思っていました」


 綾彦は探偵という仕事が自分の天職だと思っていた。思わせぶりな台詞で聴衆の心を揺さぶることのなんと楽しいことか。「続きはCMの後で」というテレビの演出を心から憎む綾彦であったが、自身は聴衆を焦らすのをこの上ない快楽としていた。身も蓋もない言い方をすれば、綾彦はドSであった。


 ――おかしい点なら山ほどあるで。


 ――前置きはいいから早く話せ。


 ――まあまあ、亮さん。落ち着こうや。


 ――おい、待ってくれ。奴さんはなんと言ったんだ? どうも最近は耳が遠くていかん。


 綾彦は思わず舌打ちする。探偵の美学が分からない連中だ。綾彦は番組がCMに切り替わった瞬間チャンネルを変えてしまう自分を棚に上げて思った。まったく、老い先短い連中は辛抱がきかないから困る。彼らもこの手のお約束を知らないわけでもないだろうに。


 勿論、そんなことは思ってもおくびにも出さない。常に冷静であることも探偵の美学のひとつなのだ。


「お静かに」


 綾彦は勤めて冷静に言った。口の端には例の不気味な笑み。捜査関係者には総じてウケが悪いが、女性ファンの間では「綾彦スマイル」と呼ばれてありがたがられている。ネットのイラスト投稿サイトでもタグとして登録され、個別記事があるほどだ(必要以上に美化された自分のイラストにブックマークをつけて回るのが綾彦の日課だった)。尤も――と綾彦は思う。必要以上に華奢に描かれた自分がガチムチの男とくんずほぐれつしている作品にもそういったタグがついているのは本当に何とかしてほしいが(綾彦は初めてその手の作品を見たとき泣いた)。


「わたしがおかしいと思った点、それはこの事件があまりにも複雑で、難解だということです」


 ――それはそうだ。


 ――何せ一〇〇人以上の探偵が挑んで解けなかったんだからな。


 ――おい、待ってくれ。奴さんはなんと……


「お静かに」綾彦は再度言った。「そう、一〇〇人以上もの探偵が挑んで解けなかった。犯行は人間業とは思えないほど迅速に行われており、死体損壊、見立ての意図も不明。さらに疑わしき村民には例外なくアリバイが立証される。外部の人間と思しき人影が目撃されるも、その正体は不明……」


 村民たちがうんうんといったように頷く。そう、彼らもこの事件の手強さはよく知っている。


「いったい誰が犯人なのか。いかなトリックを弄すればこのような犯行が可能になるのか。わたしはオムツも外れないときからずっとこの事件に魅了されてきました。オムツからブリーフ、ボクサーパンツと履き替えてからも、この事件に関する資料をかき集め、東京の書斎で思案をめぐらせました。そしてあるとき、はたと気づいたのです。天啓といっては大げさかもしれませんが。何せ、そのときはまだその仮説が正しいという確信がなかったからです。しかし、現場であるこの村で調査を重ねるうちに確信しました。自分の考えは正しいのだと。自分は半世紀以上物間謎に包まれていた事件を解決することに成功したのだと」


 部屋の中が再び沸き返る。


 ――そいつはすごい。ぜひ聞かせてくれ。


 ――焦らさないで、とっとと犯人の名前を言え。


 ――なあ、奴さんはいま……


「まあまあ、そう急かさないでください」


「では、指名しましょう。九十九墓村連続殺人の犯人。それは――」


 ここで綾彦はコホンとわざとらしい咳をした。これは彼が犯人指名の前で必ず挟む手順だった。一度、間をおくことでこれから自分の暴露する真実が関係者の間でどのように受け止められるかを想像するのだ。それは綾彦にとって探偵という仕事の中でも最も興奮――もとい心躍る瞬間のひとつだった。


「犯人は、そう」綾彦は焦らしに焦らして言う。「当時の村民全員です」


 綾彦が言うと、村民たちは水を打ったように静まり返ってしまった。


 呆然として言葉も出ないか――綾彦は内心で毒づく。昨晩、綾彦が幾度も繰り返したシミュレーションでは、ここで場が一気に沸き返るはずであった。


「村民たちが協力したとなれば殺人、および死体の遺棄と損壊も迅速にできるでしょうし、村民全員の証言が嘘となればアリバイは崩れ去ります。美意識に欠ける解決であることは認めますが真実とは往々にしてそのようなもの。われわれ探偵が美意識をもって事件に挑んだとしても犯人側にそれが備わっているとは限りませんからね」


 綾彦は、村民たちの反応を不満に思いながらも続けた。


「いやはや、わたしもやるせない気分ですよ。子供の頃から胸をときめかせてきた謎の答えがこんな芸のない代物だとはね。しかし解決はこれ以外にありえません。たとえ信じがたくとも、最後に残った可能性が真実なのです」


「ちょっと待て」


 いかめしい声だった。その威厳に圧倒されるようにして、綾彦は声を発した老人の方に目をやる。しわがれた老人は村の長老にして、かつてはホトケの明坂として知られた名探偵、明坂小五郎太であった。


「村民全員の共犯。それはここを訪れた探偵の誰もが一度は考えた可能性だ。だがそれは、誰もが最後には捨て去った可能性でもある。理由は分かってるな」


「ええ。村民がそんなことをする動機がない。そこが分からない限り、この仮説は机上の空論、空中楼閣にすぎない」


「そうだ。わたしも一度、村民全員が共犯という仮定のもと、推理を進めたことがある。動機は何なのか。村の人間関係を探るため婿にまで入り、長い時間をかけて村の人間関係を知悉するに至った。それでも見つからなかったのだよ。村民がそんなことをする理由がな。ゆえに、わたしは、われわれはその可能性を捨てた。捨てざるをえなかった。そのあたり、君はどう考えている」


 村民たちの目線が綾彦に集まる。彼がこの難問にどう答えるのか、お手並み拝見というわけだ。


「簡単なことですよ」


 綾彦はこともなげに言った。


「動機。村民たちの動機。同じ村民をむごたらしく殺し、それを村ぐるみになって隠蔽した動機。それはずばり村興しのためです」


「村興しだって」


 明坂長老が言った。


「ええそうです。この村は廃村の危機に瀕していました。ところがどうです。この事件が起こるや否や全国の注目を浴び、探偵が続々とやってきた。多くの探偵作家がこの事件を題材に作品を書いた。映画もできた。ハリウッドリメイクなんて話も来たくらいです。世界が、この村に注目したんです。そして、探偵たちを筆頭としてそのまま村に住み着いてしまった関係者も少なくない。そう、それこそが村民の狙いだったんですよ。村に人を呼び寄せる。観光客、そして居住者の両方をね」


「客寄せのために村民を殺したというのか。本末転倒もいいところだろう」


「思い出してください。被害者はいずれも老人でした。若者が死ぬのに比べれば、村が受けるダメージは些細なものでしょう。さて、こうして一か八かの村興し計画を始めた彼らですが、主たるターゲットはあくまで探偵だったのでしょう。探偵というのは執念深い人種です。一度食らいついた謎はそう簡単には手放しません。事実として、明坂さん、あなた自身もさっき事件を解決するためにこの村に住み着いたとおっしゃいました。狡猾なことに、村民たちはその習性を利用したのですよ。そしてその目論見は見事に成功しました。そう、ここにお集まりいただいた皆さんにはお分かりですね。そう、あなたがた探偵が大量に移住して来たことで、九十九墓村は廃村の危機を免れたのです」


 村民――探偵たちの間に大きなどよめきが生まれた。


「ここに移住してきた探偵はわたしの調べでも九九人を数え、いまや村民の九割九分がその移住組と親族関係にあります。この村はもはや探偵村と言ってもいいでしょう。あなたたちの移住なくして村の存続はありえなかったのです」


 村民たちは今度こそ呆然として言葉もないようだった。それに調子をよくした綾彦が続ける。


「まあ、驚くのも無理はないでしょう。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのこと。探偵を呼び寄せるための犯行という動機は過去に例があるものの、それが村興しのためと前代未聞でしょう。まんまと犯人――村民の思惑に乗せられてこの寂れた田舎にがっちり拘束された皆さんには心底同情しますよ。ともかく、これにてわたしの推理は終わりです。拝聴していただきありがとうございました」


 綾彦は優雅にお辞儀をした。それはファン(♀)の間で「アヤヒ度」と呼ばれる完璧な角度のお辞儀であった。それは何も聴衆に心から感謝しているというわけではなく、推理を終えた直後の彼は例の「綾彦スマイル」にも増して邪悪な笑みを浮かべているからであった。駆け出し時代、この笑みを見たファンを失神させて以来、綾彦は深々とお辞儀をして邪悪な笑みを隠すことにしているのである。


 綾彦もまさか、その「アヤヒ度」が命取りになるとは思っても見なかっただろう。


 「アヤヒ度」のお辞儀は先述の通り、綾彦の顔を慣習から隠すためのお辞儀である。つまり、綾彦の視界からも聴衆が消えることになる。そして、綾彦は推理を披露した愉悦を噛み締めるため長々とお辞儀をする。その間聴衆が何をしても気づけないわけだ。


 綾彦がお辞儀をすると、村民たちは明坂長老の方をいっせいに振り向いた。明坂老人はゆっくりと頷く。たったそれだけで村民たちに指示が伝わった。さすがは腐っても探偵――あるいは、狭い集落の結束力と言うべきか。とにかく、賽は投げられた。村民たちは彼らの思惑など知らずのんきに推理ショーの余韻に耽っている綾彦の周りを慎重に取り囲むと、目配せでタイミングを計りいっせいに飛び掛った。


   ※※※ ※※※


 それは綾彦には晴天の霹靂だった。何が起こっているか分からないまま、体勢を崩し畳に背中を叩きつけられる。あんまり驚いたものだから、例の邪悪な笑みが顔に張り付いたままだ。それを眼にした村民の一人――ちなみにダイソン島村であった――がえびぞりになって倒れる。後に「長い人生でもこれほど邪悪な顔は見たことがない」と証言する彼らだが、残りの村民はなんとか気を確かに持って綾彦を押さえつけることに成功した。


 綾彦には未だ何が起こっているか分からない。離せ離せともがくばかりだ。そこに、襖を開けて村の若い男衆がいっせいに入ってくると、村民たちと役割を交代して綾彦を押さえつけ始めた。綾彦はその男衆の中に、三日前から逗留させてもらっている家の息子の顔を見つける。都会に憧れを持っており、桜小路さん、桜小路さんと慕ってきて助手のような役割まで担ってくれた男だ。その男が自分の両足を押さえつけている。なんで? どうしてだ? 綾彦には分からなかった。


 それはこの半世紀の間、幾度も繰り返されてきた儀式であった。探偵たちはこうして真相にたどり着く度こうしてふんじばられ、村秘伝の薬によって眠らされ催眠状態に陥る。後は村秘伝の記憶操作術と、村秘伝の洗脳術によって綾彦の人格を彼らに都合よく改ざんするだけだ。次に目覚めるときには綾彦も村の若い働き手として鍬を持って畑に出かけていくだろう。そうして新たな労働力が確保されるのだ。


 明坂や金田をはじめとして、探偵たちはいつもやすやすと捕まった。どうしてこんなにもうまくいくのだろうと、村民たち自身がかえって不気味に思うほどだった。


 半世紀前、村民たちはこの計画を始めるにあたって探偵という人種を徹底的に分析していた。彼らにとって探偵とは不可解な生き物であった。聡明な頭脳を持つ一方で、よく分からないこだわりを持ち(それは時に美学と呼ばれる)、それがために足をすくわれ、自分たちの策略にまんまとはまる。儀式を終えた後、村民たちはいつも同じ疑問を抱かざるを得なかった――


 どうして彼らは、いつも関係者を集めて推理を披露せずにはいられないのだろう、と。

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