3 ファンシーピンク・ダイヤモンドと恋愛カレンダー

 私は先輩が好き。

 同じ部活の先輩に恋をしている。それを自覚したときから、周りの風景さえ違って見える気がする。

 お母さんの作ってくれた弁当をカバンに入れて、私は学校へ急ぐ。走るのは苦手だ。通学のバス停までで、かなり息が切れた。

 まずい。先輩が、いた。

「すごい汗だな。これで拭けよ」

 と先輩はカバンから取り出したタオルを渡してくれた。石鹸の香り──いや、柔軟剤かな? いい匂いが鼻をくすぐる。

「あ、ありがとうございます」

「同じ部活なんだから、もっとくだけた感じでもいいと思うんだがな」

「そんな、とんでもない……です。学年も違うし」

 そうか、と先輩はタオルを受け取った。

「あ、汗の匂いが……」

 私ははたと気がついて、恥ずかしくなった。

「何言ってんだ。俺も汗拭くんだから、匂いなんて一緒だよ」

 そう言って先輩は笑った。


 数学の時間でたくさんの数字を見ているうちに、先日買った恋愛カレンダーのことを思い出す。

 日めくりの小さなカレンダーだけど、ピンクの蛍光ペンで意中の相手としたいことを書き込むと、それが現実に起こる──そんな噂がある。

 本当はファンシーピンク・ダイアモンドのついたペンで、ということなんだけど。

 高校生にそんなものが買えるわけもない。ぶっちゃけ都市伝説だから、いつの間にか蛍光ピンクならいいって話になっちゃってる。

 今日の日付に書き込んだのは──”先輩に褒められる”。

 現実になれば、いいな。


 放課後、部活が始まった。

 私はどきどきしながら、稽古レッスンの時間を待つ。

 筋肉質の先輩は、私の渾身のアタックを全力で受け止めてくれた。きらりと白い歯を光らせて。

「おお、健二郎、稽古の成果が出てきたじゃないか。いい当たりだ」


 やった。本当に、先輩に褒められちゃった。信じられない。

 先輩は既に、〇〇部屋から誘いを受けている。そんな先輩にやっと認められたのだ。

 もっと──肌に触れたい。

「先輩! 当たり稽古、もう一番お願いします!」

「おう、その意気だ。来い!」


 相撲部に入ってよかった。私は運命の神様に感謝して、土俵に上がった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精蒐集家(ショートショート集) 連野純也 @renno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ