シュークリーム
隆之お兄ちゃんが休みの日、シュークリームを持って家に来た。
とは言え凪沙はやはり仕事で会えなかったのだが、怪我のお見舞いのつもりだったそうだ。そしてさらっと、今度生まれる二人目の子供が女の子であると告げて帰って行ったらしい。
凪沙が夜遅く帰宅すると、シュークリームが冷蔵庫にひとつだけ残っていた。昼に遊びに来た姉が二つ食べて帰って行ったらしい。姉も姉なりにお見舞いのつもりだったのだろう、凪沙の好きな海外ドラマのDVDボックスを置いて帰って行った。
「凪沙ちゃんが困ってたら何かしらフォローするつもりではいたけど、その前に事故が起きてそのまま解決しちゃったみたいですね」
紅茶をすすりながら隆之お兄ちゃんはそうぼやいていたらしい。窓際の写真立てと、今は供養のつもりで置いている水を入れた小さなコップを見ながら。
しかしそれでも凪沙の不思議な力が完全に収まったわけではない。
ウサギに気付いて供養してから行きずりの子供の幽霊を見る頻度は下がったし些細な悪戯もされなくなった。ここ最近、耳鳴りは滅多な事では出ない。
その代わり他人の悩みが「匂い」でわかるようになってしまった。
何故だかわからないが、ウサギの存在に気付いた事で何かチャンネルが合ってしまったのだろうか。カジさんの言葉を借りるなら「波長」という曖昧な代物だ。
家庭の悩みは草のような匂い、恋愛の悩みは甘い匂い、仕事の悩みは油のような匂い。
最近は「中島さんはやたら勘が鋭い」と言われるようになり、悩み相談を受ける事が増えてしまった。
成人式もまだの小娘なのに。
しかも解決策はどうでもよくてただ話を聞いて貰いたいだけという人が大半だ。
「味覚が良くて、耳が変な音を検知して、匂いに敏感で、人から悩みだけ一方的に話される、ってそれ完全にウサギっていうかペット扱いじゃん。凪沙、いつの間にウサギになったの?」
仕事が早上がりだった日、知恵がわざわざ店まで来てくれてそのまま駅ビルのレストランで食事をした。やはり知恵は知恵なりにお見舞いのつもりだったようだ。
ウサギ。
でも実際、凪沙にはウサギの神様………いや、亡きウサギの霊が憑いて守ってくれているのだ。熱中症をきっかけに幽霊とチャンネルが合ってしまったばっかりに、ここ数ヶ月でおかしな経験を沢山した。怪我もした。
「だけどさ、私やっとわかったんだよ。子供の幽霊ばっかり見てた理由が。多分ウサギが可愛いからだよ」
下らない理由だが、それしか考えつかない。知恵は大笑いしているが、他に理由が思い浮かばない。
「そういえば今度さあ、浅木君の店に行こうよ。メイドカフェ、今度リニューアルするんだってさ。まあ休みの予定が合えばの話だけどね」
その知恵の提案に凪沙は頷く。美味しい物を食べる事は気分転換になる。
二人で次の休みの予定について話していると、知恵の頼んだハンバーグセットが運ばれて来た。良い匂いだ。
隣の席の家族連れにお子様ランチが出された。その家族連れからは嫌な匂いは全くしない。きっと暖かい家庭なのだろう。
幸せな子供。
どうかずっとその笑顔のままでいて欲しいなと凪沙は思った。
本日のおススメはこちらです タチバナエレキ @t2bn_3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます