書き下ろし掌編「スリーピース。」

蒼山サグ/カクヨム運営公式

第1話


僕たちの『文芸部』が『埋蔵金発掘部』に姿を変えたあの日から、今日で一年。

資料室の奥底で偶然見つかった古文書らしきものに、幼なじみのシズカが魂を奪われてから、ちょうど一年だ。


あの日、僕の居候先は第二の部室と化した。

文芸部員は僕たち三人しかいないのだから学校で活動すればいいものを、秘匿性を高めるとか意味のわからない理由で、ただでさえ狭い放課後のパーソナルスペースが横暴に削り取られてしまったのだ。


「なるほどね。オーケー、今度こそ完全に理解した」


スケッチブックに意味不明な図を書き連ねていたシズカが唐突に呟いて、足を振り上げる。

躍るスカート。僕は横に向けた視線をさっと文庫本の方に戻した。


「……ほほう?」


頬杖をついてネットサーフィンをしていたタクマが椅子を急回転させて振り返る。

危ないな、危うく踵を床に打ち据えそうになった。

文句を言ったところでいつものように僕の行儀の悪さを理路整然と指摘されるだけだろうけど。


「お話を伺いましょう、教授」


大仰という概念の限界値を試してるかのごとく大仰に、タクマは両手を広げる。

それをチラリとも見ぬまま、シズカはヘッドホンを首にかけてぼそぼそと語り始めた。


「迂闊だった。『きりんの谷の朱い川』……これは現代風に言うところのアナグラムと仮定すれば辻褄が合うわ。つまり、宝の在りかを示す五つの祠の位置関係を、もう一度初めから考え直す必要がある」


なるほど。さっぱりわからない。


「斬新な意見です」


深く頷くタクマ。よくもまあ心にもないことを。

あとそのわざとらしい敬語やめてくれ。普段どおり喋れ。


「さあ、フィールドワークの時間よ。今日こそ祠の場所を突き止める」


シズカが立ち上がった。ちなみに五つあるという祠はまだひとつも発見されていない。

一年かけて成果ゼロ。また徒労に終わるのは統計的に考えて明らかだ。


「教授、帽子被ってくださいね。今日も真夏日です」

「ムレるから嫌」

「ダメです。文学少女らしからぬ日焼けなど。部のアイデンティティがもはや完全崩壊してしまいます」


タクマも身仕度を始めたけど、僕は寝転んだまま、文庫の同じページに何度も目を走らせ続けた。


時間の無駄とわかりきっている宝探しにタクマが意気揚々と付き合う理由は知っている。


シズカのことが好きだから。


本人の口から直接聞いたわけじゃないけど、確信してる。


だって、僕もシズカのことが好きだから。


絶対に終わるはずのない宝探し。

それは、シズカと過ごす永遠の時間だ。


宝探しを諦めない限り、僕たち三人はいつまでも等間隔の三人でいられる。


「ほら、早く準備して」


シズカが僕に言う。


ゆっくりと立ち上がり、僕はペットボトルを手に取った。

キャップをひねると、炭酸が心地良い音を立てて弾ける。


その場しのぎの永遠を、僕は甘いサイダーに乗せて一気に飲み込んだ。

二年目の宝探しも、きっと暑くて不毛で。

三人で過ごす、変わり映えのしない毎日なのだろう。



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