幸介の休日・後

タクシーを降りると、ちょうどのタイミングでドアボーイが目の前に立っている。荷物を預け、チェックインを済ませると、思春期症候群について思いを馳せた。

決して間に合うことの無かった、ひと葉の死。あまりにも近くにいて、幸介自身の気持に気付けなかった幼馴染である。活発で明るくて、幸介の手を引っ張ってあちこちにつれていく子だった。

ひと葉が死んで、誰も悪くないとわかっているのに自身を攻め続けた幸介は、二度と後悔のある別れは嫌だと考え出す。すると、いつの間にかタイミングが良くなり始めた。自分の意識では決して計れない事象までタイミングが良すぎるので、これはもうただごとではないとカウンセリングを受けたが何も判断されない。しかし、その病院ですれ違った小中学生のらしき兄妹が思春期症候群という話をしていたので、あるいはと考えた。


就職してから、侑里に出会った。同じ会社の一つ先輩。ひと葉とは全く違うタイプで落ち着いた、筋道を立てて話す女性だった。でも、距離が近づくと年下の幸介に対しても思い切り甘えてくるギャップ。これは付き合ってからわかったこと。

きっかけは、とてもタイミングの悪い話で、出張先のホームで新幹線に乗り遅れてしまったことだった。あまりお互いを知らなかったが、一時間カフェで話しているうちに意気投合。デートの約束もこぎつけることができた。

一度目のデート、急な仕事が侑里に入って流れてしまう。二度目、約束した映画館が前日の停電により休館。食事だけにとどまった。三度目。これもまたタイミングが悪く幸介の両親が彼を訪ねて来たのだった。

侑里との出会いが、幸介の思春期症候群を狂わせる。その魅力にめいいっぱいに取り憑かれたため、付き合ってくれと告白したら断られた。

「幸介くんは、私でなくてその属性を見てない?」


侑里の機嫌がものすごく悪いタイミングで尋ねたことが仇となった。そして、幸介は考えた。タイミングの悪い相手をどうしてこんなに気になるのだろう。玲瓏とした話し方と涼やかな表情。二人とも趣味は映画鑑賞。

簡単なことだ。ひと葉を失って怖くなっていた恋を、再びしただけのことである。思春期の、最も思春期らしい答えだった。そして、徐々に思春期症候群が収まるようになる。

幸介一人だと相変わらずタイミングはいいのだが、侑里の前ではズレてしまう。当然だ。一人ではなく二人なのだから。

プロポーズは、花火の見える丘でした。

結婚してください、と指輪を出した瞬間に大輪のが夜空に咲く手筈だったのに、着慣れない浴衣と履きなれない下駄で歩みの遅くなった侑里と展望台につけばすでにスターマインが天の川のように空を染めていた。その美しさに魅力されていると、侑里から「幸介くん、結婚しよう」と言われてしまった。タイミングを狂わせるこの女性が、愛おしくて仕方がない。


「幸介さん、お時間です」

係員がやってきて、部屋をノックした。ちょうどお茶を飲み終えたところで、準備も万端。これからの数時間で、思春期症候群はすっかり身を潜めることになるだろう。幸介のタイミングではなく、二人の歩みで生きていくことになるのだから。

大きなドアの前に、白いタキシードを着た幸介がスタンバイ。いつでも、と言ったスタッフにありがとうと良い、教会の中には華やかな祝福の音楽が流れ出す。

侑里との結婚式。それは、ひと葉との思い出の決裂、思春期症候群の終わり。幸介にとって、いいタイミングだったのかもしれない。

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サイコーに丁度いいBGM 井守千尋 @igamichihiro

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