サイコーに丁度いいBGM

井守千尋

幸介の休日・前

「……ハッピーエンドがスタートライン、指輪がつなぐスイートライン……」

甲高いボーカルの叫びで瞬時に覚醒した。幸介お気に入りの甘い弾丸、スイートバレットのアップテンポなナンバー。そのサビでぴったり起床する。とてもいい予感はしていたのだ。ここまで完璧な目覚めも28年の人生で初めてなのかもしれない。

時計を見れば、朝5時50分。いつもとほんの少しだけ違う休日の早朝だ。ベッドから起きると、窓のカーテンを大きく開け放つ。10月の土曜日、待ってましたとばかりに朝日が部屋に降り注いだ。タイミングを同じくして、目覚ましにかけていた音楽の大サビにさしかかる。

「最短経路であなたのハート、バレットラインで撃ち焦がす!」


リビングに行くと、ちょうど侑里が出かけるところだった。

「一人で起きるなんて偉いわね」

「褒めておくれ」

シンプルなブラウスにフレアスカートで、レジャーにでもでかけそうな雰囲気の同棲相手。よしよし、と頭を撫でてくれた。この時間から出かけるとは、女は大変だなと思う瞬間だ。侑里が出かけると、テーブルについてテレビをつける。6時のニュースで、今日は10月10日、統計学上、一年で最も晴れる確率の高い日だと言っていた。もともとの体育の日であり、今年もその例に漏れず雲ひとつない晴天だ。冷蔵庫には昨夜作っておいたサンドイッチがあり、侑里の淹れたコーヒーと合わせて簡単な朝食にする。いただきます、と手を合わせると、天気予報のメロディが耳に心地よい。

「新曲かな? 聞いたことないぞ」

「今日から新しい曲になりました。担当するのは……」

ピアノを中心とした疾走感のあるバンドだった。聞いただけでお気に入りになる。早速配信サービスを確認すると、アルバムが数枚揃っていた。あと半年早く出会っていたら、もしかすると幸介の人生のテーマ曲になったかもしれない、なんて思った。オリジナルアルバムをBGMに、素敵な休日がスタートする。


シャワーをして、着替えをして。今日は飲むことが決まっているから、タクシーを呼んだ。3分で着けるところにいるととてもラッキーな返事が来る。準備は万端でタクシーに乗り込むと、ちょうどラジオからは聞いたことのあるクラシックが流れ始めた。ボレロ。同じ旋律が繰り返し繰り返しで音が厚くなっていく名曲だ。幸介は行き先を告げると、今日まで続いてきたこの幸運、思春期症候群について想いをはぜる。


幸介が高校三年生だった夏。突然タイミングが良くなった。あの過去のジブリが見たいと思った金曜日には放送されたり、テストのヤマが当たったり、たいていの飲食店では行列のはざまで到着できて、煩わしい行為をほとんどする必要がなくなっていた。そんなに幸運が続いていたのであれば周りからも疎まれそうだが、運がいいのか行いがいいのか、幸介をそう思う相手はいなかったように思える。巷では思春期症候群の都市伝説がまことしやかに囁かれており、まさか自分もそうなんじゃないか……、なんて考え出した。強い願いやトラウマによって引き起こされる思春期症候群。原因はあるのか、と、考えて見るとどうにもひとつある。中学三年生の時、難病で亡くなった幼馴染の今際に幸介は間に合わなかった。しかも、タクシーが捕まらない、信号にことごとく引っかかる、病院受付での引き継ぎが行われていなかったことによるタイムロス。タイミングが悪いというそれだけの理由で、間に合わなかったのだ。

幼馴染の最後に間に合うことができるのであれば、日々のタイミングの良さなど要らないとは何度も考えたが、思春期症候群なんて都市伝説であり、本当に運がいいだけなのかもしれない。


あれから十年以上が過ぎて、まだタイミングの良さは続いているが、そろそろ終わりになるだろうなと思案していた。ボレロは最高潮に差し掛かると、怒涛の音の連なりののちに突然終了する。

「3710円です」

やはりタイミングよく目的地に到着したようだ。

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