美しき残酷な世界
池田蕉陽
青空
生まれた時から私は目が見えなかった。
ずっと暗闇の世界に閉じ込められいた。
つまり私は自分の顔も知らないし両親の顔も、人がどんなものなのか、そしてこの世界がどんな色でできているのか分からなかった。
そもそも色というのがよくわからなかった。
みんな青は綺麗、緑は落ち着く、と教えてくれるのだが、私の知る色は黒のみだった。
母はよく、青空の美しさについて教えてくれた
「希にはいつかあの青空を見てほしいものだわ」
母は青空が好きだった。
母は青空を嫌なことがあっても、眺めるだけで吹き飛ばしてくれる魔法だと言っていた。
私にとって空の概念は、上にあるということでしかない。
母がそんなに言う空を私は見てみたいと思った。
そして、こうして学校の屋上に来てみた。
空は見えなくても青空からなにか感じることはできないかと思ってきてみたのだが。
「やっぱりわかんないや」
その時、前の方でドサッと音が聞こえた。
誰かが屋上の鉄の柵を勢いよく握ったような音だった。
「えっ?」
急な物音には慣れていたつもりだが、屋上には人がいないと思っていたので少しびっくりしてしまった。
「い、いつの間にあんたそんなところに」
男性の声だった。少し前の方から聞こえてくる。
「あ、すみません人がいると分からなかったもので、ついさっき来たところです」
私は声のする方に向かって喋った。
「分からなかったって...あんたもしかして目が見えないのか?なんか俺とも目が合ってない気がするし」
私は頷いた。
「あの、お名前は?」
私は男性にきいた。
「吉田だ」
吉田さんは低い声で言った。
「吉田さんは屋上でなにを?」
「あ、いや...ちょっと空を眺めてたんだ」
吉田さんは何故か戸惑った喋り方だった。
吉田さんも私と同じ空を眺めに来たという訳だ。いや、私の場合は感じるだった。
「吉田さんも?私も少し空からなにか感じられたらなって」
もちろんなにも感じられなかったけど。
「どうですか空、綺麗ですか?」
吉田さんは数秒黙った後口を開いた。
「...綺麗なのかもしれないけど...今の俺にはそうは見えない」
どういうこと?曇ってるの?だったらなぜそんな言い回しをしたんだろう。
「なんなら今見るか?」
「え?」
急にそんな変なことを言われたもんだから間抜けな声がでてしまった。
今見る?
私はまるで理解ができなかった。
「あんたの目、治してやろうか?」
え、治す?
吉田さんはいったいさっきからなにを言っているのだろう。この目を、しかも今治せるわけがないのに。
「じょ、冗談のつもりですか?」
「冗談じゃない、俺はあんたの目を治せる力がある、正確には違うんだけど」
力?
吉田さんは中二病なのだろうか。そんな魔法みたいな力がこの世に存在するはずもない。今まで暗闇しか見てきていないが、そんな力がないくらい私にもわかる。
「そ、そうですか」
私は何と返していいのか分からなかったので、曖昧に答えた。
「信じてなさそうだけど、まあいいや、治してやるよ」
っ!?
そういった途端、多分吉田さんの手?が私の目のあたりに突然触れたので驚き、瞼を閉じた。
瞼を閉じても閉じなくても暗闇は変わらないが、驚かされて瞼が閉じるのは普通の人とは変わらなかった。
まさか本当に治せるの?いや、そんなはずはない。絶対に吉田さんは私をからかっているんだ。だって、だって魔法なんかあるはずがない。
多分10秒くらいたっただろうか。
吉田さんの手?が離れていくのがわかった。
「目、開けてみ」
吉田さんにそう言われ、私は心に植え付いた無駄な希望を残したまま、ゆっくりと瞼を開けていった。
え?え?
少し瞼を開けただけで、なにが起きているのかわかった。
ずっと暗闇だった世界が、だんだん幕を開けていったのだ。
そして暗闇の幕が上まで上げると、そこには新たな世界が待っていた。
私は喉が潰れたかのように、声がでなかった。
ようやく声が出たのは数秒後だった。
「え...嘘...なんで...」
目に涙が溜まって、初めて見る世界が少しボヤけた。
横には初めて見る人間の姿、人の顔、男の人、吉田さんという人、制服、そして屋上という場所とこの世界。
そこにはありとあらゆる、耳とは比べ物にならないほどの情報量が舞い降りた。
「っで空はどうだ?あんたの目にはどういう空が映ってる?」
吉田さんが口?というものを動かしながらそう言って、私は視線を鉄の柵の奥にある青空?を眺めた。
これが...青色...
初めて様々な色を認識した、そしてずっと見たかった青空、それは無限に広がっていた。
「き、綺麗...」
感激だった。涙が止まらなかった。
母がずっと言い続けてきた青空の美しがようやく私にもわかった。
「そうか、なら良かった」
「でも、なんで?」
さっきまで新たな世界に感激されすぎて、今起きている不思議な出来事を忘れていた。
吉田さんは本当に魔法使いだった。感謝してもしきれなかった。
「だから言っただろ、俺の力だよ、人生最後の人助けだ」
人生最後?もう魔法は使わないってことだろうか。
「最後って...もうその力は使えないの?」
吉田さんは首を横に振った。
「俺はもうじき死ぬ」
「え...」
息が詰まった感覚に陥った。吉田さんが変な表情になる。もしかしてこれが悲しそうな顔?なのだろうか。
「俺のこの力は、病気や怪我を治す力なんじゃない、もっと悪魔的だ。代償として、俺がその病気や怪我を背負うんだ」
「え、嘘...じゃあ今吉田さんは...」
今気づいた、吉田さんがしっかりと私の目を見据えていないことに。
心の中で罪悪感が芽生えた。
「すげぇな...本当になにも見えないじゃん、これがずっとって、相当怖かったんだろうな」
吉田さんは悲しく微笑んで、鉄の柵に手を置き青空を眺めた。いや、彼の目には私のせいでなにも映っていないのだけれど。
「でもなんで死ぬって...」
吉田さんがいう力がそうなのであれば、私の盲目を受け継いだだけで死ぬのはおかしかった。
「俺はこの力を妹にも使った、妹は心臓病だった、もう医者からは治らないと宣告された。俺は妹の代わりにそれを受け継いたんだけど、一週間後妹は車に引かれて死んでしまった」
残酷すぎた。そんなことが起きてもいいはずがなかった。
神様は吉田さんを恨んでもいたんだろうか。
妹を助けた一週間後に死んでしまうなんて...
吉田さんが死ぬというのは妹から受け継いだ心臓病があるからだろう。
私は吉田さんにかける言葉が見つからなかった。
「さすがに絶望したよ、この世界に...この力に...」
吉田さんは黒の空を眺め続けた。
彼の頬には涙が流れていた。
吉田さんがまだ暗闇の檻に閉じ込められる前、彼にはこの青空がどう映っていたのだろうか。
私は人生2度目の青空を眺めた。
そこにはまた違った青空が広がっていた。
美しき残酷な世界 池田蕉陽 @haruya5370
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