09.行き過ぎた力、あるいは教育。

 大会前日の深夜、トーネイの隠れ家。今日はアマネとスズハ、黒騎士とエルファバの四人に加えて、ランダルシアが来ていた。


 エルファバとセレニアは隣同士で座っている。同年代の女子ということもあり、口下手なエルファバも彼女に対しては饒舌に成れた。


「くろきしがキョーイクした子っていうのはこのムスメか?」


『手塩に掛けて!』


「おー」


 そしてセレニアのもう隣に座るのはランダルシア。燃えるような赤髪と同色の瞳がキラキラと輝き、セレニアを見つめる。


「え、えっと……ランダルシアさん、ですか?」


「そうだ! おぬしのなまえはなんというんだ?」


「セレニア、です。よ、よよ、よろしくお願いしますっ……」


「そんなきんちょーしなくてもいいぞー」


 手で触れられる距離に十傑狩人がいる事を鑑みれば緊張も仕方ない。むしろセレニアは黒騎士やアマネ、スズハで耐性が付いた分マシな方である。


「……んー。スズハとにてるな」


「髪と目が同じ色ですもんねぇ、もしかしたら生まれも同じかも?」


「セレニア、くろきしとクンレンなんてツいてるなぁ! つよくなっただろぅ?」


「お、おかげさまで……感謝してもしきれないくらいです」


「あぁでもワルーいことにつかっちゃダメだからな!」


「しません! アマネさんと約束しましたから!」


「そーそー、破ったら黒騎士が羊皮紙を破り捨てるよ」


「それはセカイのおわりじゃないか?」


『会話出来なくなるのでしません』



 この約束は、逆らえば殺されることが怖くて守っている。もちろんそういう面もあるが、もう一つは「尽くしてくれた人達を裏切る事になるから」という、人情の面があった。



「大会はあしただったか? がんばれよ、セレニア!」


「……はいっ、がんばります!」


 

  

 今この店に居る中で、三人程度がセレニアを微笑ましく思い、心の底から応援していた。



 スズハと黒騎士だけが、どこか不穏な予感を感じ取っていたのである。スズハは自身の経験がある故に、黒騎士は……手塩に掛けて育てた故に。


 どうかこの胸騒ぎが勘違いであるようにと、明日の大会に向かって人知れず願った。


◇    ◇    ◇


 大会当日、第一訓練場で。


 訓練場は「一般にも開放されている」「観客席がある」という違いがある。一般の客が大勢見に来るこの「闘魔大会」では、どこの学校でも大量の訓練場を用意する必要があった。



 仰々しく巨大な木製の扉が赤いマントをなびかせる騎士二人によって開けられ、既に満員の観客が息を呑む。


 カツン、カツン、カツン。荘厳な足音が人々の口を縛り、恐ろしいほど静まり返っている。



 そうして扉の奥の暗闇から出てきたのは、『銀皇』バルケンス・エヴロイデアであった。



 訓練場の砂地の真ん中に立ち観客席を一瞥した彼は、隣の護衛騎士に合図を送った。





「これより、バルケンス帝領ギーグ都王立学園、狩人科魔闘大会の開会式を始める!」



  


 瞬間、それまで我慢していたものを爆発させるように訓練場が湧き上がった。数千は優に超える観客全てが雄叫びを上げ、全力で開催を祝ったのだ。訓練場そのものが震える、バルケンスは民衆を真剣な眼差しで見つめ、沸き立つ歓声を一身に受ける。



 今ここに、学園の名誉をかけた白熱の戦いの火蓋が切って落とされた。



◇    ◇    ◇


 

 闘魔大会は勝ち抜き式で行われ、振り分けはランダムである。


 彼女、セレニアの初戦は……二年生のA、食堂でFの生徒を貶した三人組の一人だった。この場に居るということは、彼はAの代表なワケだ。


 入場口を出て、青空の下の砂地に足を付ける。一年生のF全員と、他の学年のFが少し、そして黒騎士とスズハとエルファバが見ていた。他の学年のFは恐らく……自身のクラスの代表の結末を分かっている故に、ちょっとした興味で見に来ているのだろう。


 やはりFとAの戦い、勝敗が分かっている試合を見て何の意味があろうか。観客が少ないのも納得せざるを得ない。


「ルールを確認しま──」


「いらねぇよんなもん! どうせすぐ終わるんだからさっさと始めようぜ!」

 

 砂で出来た丸い戦場の端、そこに佇む審判の騎士の言葉は断たれる。今までのセレニアならきっと恐怖に怯えながら震えて剣を構えていたであろう。


 騎士が双方の生徒に『結界』を張った。


「……よーい……」


 下劣な笑みを浮かべながら剣を肩に担ぐAの男子と──


 

 憂いを帯びた、あるいは無表情とも取れる顔で剣の柄に手をかけるFの女子。



 



「始めッ!」






 

 幼馴染との戦闘まで、決して魔術を使ってはいけない。それは普通の生徒からすれば途轍もなく大きなハンデだ。……普通の生徒からすれば、だが。


「うぅらぁっ!」


 風の属性を纏った『槍』と共に『加速』を自身の体に掛けて突っ込んできたAの男子。かなり離れているはずの二人の距離を凄まじく速い速度で詰めてくる。

 


 ──そういえば、テトラに言われたっけ。差別されてきた怒りをぶつけろって。



 そんな他愛のない事を思い出しながら、『槍』をかわし、剣を弾いて鮮やかにキャチする。

 

 それは黒騎士と初めて戦った時、自分の置かれている状況をごまかす事なく伝えてきた技。……いかに自分が非力で、無駄な努力をしてきたのかを伝えてきた技術。




 ──二刀流は初めてだなぁ。




「……っし、騎士さん! 俺次行くから!」


「せーんぱいっ」


「──は」


 自分の剣が盗られている事に気付く暇もなく、彼は遥か上空に打ち上げられる。


 そして打ち上げられた事実に気付く前に、地に打ち付けられた。


 結界は割れた、跡形もなく、呆気も無く、いとも簡単に。


 

 結界の性質を覚えているだろうか。「痛みは防げても、衝撃は防げない」。15歳の生徒が遠心力を付けて本気で10回斬ると壊れるものを、彼女はたった二撃で破りその上で余りある破壊力を彼の体に万遍なく伝えた。



 男は力に自信があった。『槍』と一度の突撃で試合が終わったと確信している所が、それをまた裏付ける。



「ガッ、ハァッ……!!」


「情けないですねー、あなたがあんなにバカにしてたFに負けちゃうなんて。



 分かってます? ここにあるの、あなたの剣ですよ?


 

 ……剣を取られるようじゃ、勝負以前の問題ですよねぇ」


「ア、アァ、ァァ、ァ……」


「あは、オチちゃった。情けなぁーい……」


 吐いた血が砂を赤く染めていく。


 力が自慢なAの代表が最後に見た光景は、悪魔のような笑みを浮かべ、罵倒してくる少女の姿だった。何一つ状況を理解できないまま、Aの代表は気絶していた。


「騎士さーん、終わりましたよー」


「……はっ!? しょ、勝者! 一のF、セレニア・エリーカ!」


 一学年のF、すなわちセレニアの同級生は立ち上がりおおはしゃぎしていた。歓声をあげながらの拍手喝采で、中にはハイタッチをする者もいる。


 対して、他の観客。余興のつもりで見に来ていた他の学年のFの生徒はどうだろう。ぽかんと口を開けている。


 男子生徒が突撃してからの動作が全く見えなかったのだ。


 突然男子生徒が飛んだかと思えば既に地面に叩きつけられていて、その側に少女がいる。理解しようとすればする程苦しむが、結局行き着いた結論は「二年生のAが負けて、一年生のFが勝った」というものだった。


「おい救護班! この者をすぐに保健室に!」


 審判の騎士ですらよく分かっていないのだから、観客が苦しむのも無理は無かろう。


 

 セレニアは次のラウンド、三年生のAとの戦闘へと駒を進めた。


◇    ◇    ◇


 さて同じ頃、第一訓練場。

 

 ここでも試合が行われていたが、観客席は満席、あらゆる一般客や生徒、先生が見に来ており、第三訓練場が地方ならここは全国と言ったところだ。

 

 長い銀髪をかき上げ、剣を鞘に戻す。彼女のオッドアイの双眸は見る者を神秘性で魅了し、彼女の剣技は鮮やかさで魅了し、彼女の魔術はその威力を以て魅了した。


「……参りました」


「ありがとうございました、とっても楽しかったです」


「えぇ、僕も」


 彼女と対戦した三年生のBの男子は膝をつきながらも笑顔を浮かべた。達成感、満足感、負けたというのに心地のいい感覚が彼の心を満たしていた。


 そして二人は、握手を交わす。


「勝者! 一のA、アルシオーネ・ドレスコルド!」


 瞬間、大歓声が轟く。


「……歩けますか?」


「大丈夫。試合終わった後まで迷惑掛けるなんてイヤだしね」


「分かりました」


 大歓声の中で静かに言葉を交わした二人は、それ以上を語る事無く入場口へと戻っていった。


 入場口の奥、待機部屋の中でアルシオーネは壁に貼り付けられたトーナメント表を見つめる。


「アルシオーネ」


「先生!」


 待機部屋の扉が開き、老年ながらも鋭い目つきを残す男が入ってくる。彼は一のAの担任だ。


「一のFが二のAに完封勝利という情報が入った」


「……えっ? 一のFの代表って」


「セレニア・エリーカだ。二のAはリボルヴァー・ダグス」


「セレニア、ちゃん……」

 

 目を丸くした。かつての自分の親友の名がここで挙がってきた故に。


「開始から僅か数秒でセレニアが叩きのめしたそうだ。こういう事が起きるから教師は辞められん」


「そ、そんな、ありえない……」


「あぁ、ありえん。だがリボルヴァーは骨を折り、気絶し、今保健室で寝ている。これが全てを物語ってるだろう?」


「……」


「バートン先生も彼女に保健室送りにされたらしい。なんでも『術加量』や『彩輝』を使ってたそうだ、おかしな話だな、バートン先生曰く『血反吐ちへど吐きながら訓練してたに違いない』だと」


 『術加量』は、今アルシオーネが最も習得したがっている慈術だった。エルファバ程ではないとは言え彼女も魔術には才能がある身。それを習得すれば自身のさらなるレベルアップに繋がる、そう、繋がるのだ。


 ……もし担任の言う事が真実なのだとしたら、彼女は既にアルシオーネを上回っている事になる。あの時突き飛ばした幼馴染が、その後一切関わらなくなったかつての親友が……セレニアが、アルシオーネを超えている。


「用心しておけよ、何が起きるか分からんぞ」


「……はい、分かりました」


 担任の言葉は、アルシオーネの顔に暗い影を落とした。


 

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黒騎士さんとわたし。 道端の乞食 @GelGel2828

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