復讐の火々が灯した過去は、今に至る道を照らして
第393話 嵐の予感
「アーダマスとヒュッドラルギュルムが、手を組んだ?」
龍神教司教マルティヌスが引き起こした通称『アドナ事件』以降、リムス中でなんとなく不穏な空気が漂い始めていたある日。いつも冷静なイーナが、少し緊張した面持ちで切り出した。
「はい。今回のアドナのような強大な魔道具から自らの領土を防衛するため、四つの大国はまずお互いの国に対して一時的な不戦条約を結びました。この条約は、古代の魔道具による脅威が取り除かれるまで半永久的に継続されるようです。そして」
「十三国同盟がその脅威だと、連中は認定したのね」
イーナが頷く。
「それは、もはや大国による十三国同盟への、事実上の宣戦布告では・・・」
ムトが恐る恐る口にした。これまで四大国が十三国同盟に対して戦いを仕掛けなかったのは、十三国同盟が自国の戦力を上回るから、ではなく、戦っている間に残りの三国が背後を狙っているからだ。だが、その危惧が無くなった今、大国は遠慮なく十三国同盟に仕掛けるだろう。
「でもよ、大国に対抗するための同盟なんだろ?」
ロガンが怪訝そうな顔で言った。
「そりゃあヒュッドラルギュルムとアーダマスが手を組んだら、十三国を上回る戦力になる。けど、そう簡単に負けちまうほど戦力差が開くわけじゃねえだろ? そこまで絶望的な状況にはならねえんじゃねえの?」
二大国のタッグであっても、それらの国を包囲するように十三国は分布している。戦い方次第では互角以上に戦えるだろう。
「戦力差に関してはその通り。だけど、四大国同士の不戦条約が戦力差を簡単に覆して、十三国同盟に対して不利に働くの」
ロガンに説明するというよりも、自分の考えをまとめる為に口に出す。
「十三国同盟が気にしなければいけないのは、目の前の二大国だけではなく、二大国と戦っている時に背後から他の二国に攻め込まれないか、という点よ」
大国は、これまで気にしなければならなかった、背後からの侵攻を気にする必要がなくなる。どころか自分たちの背後にある敵は残りの大国によって睨まれ、動けなくなる。
「あ、そういうことか。二大国対十三国じゃなくて、こいつは四大国による早い者勝ち十三国取り合いの様相になるのか」
大国同士でぶつかるのは、十三国を完全に併呑、消滅させてしまってからでいい。それがスタートの合図になる。マルティヌスの行動は、十三国同盟を詰ませてしまった。
「それで、イーナ。二大国は他に何て発表したかわかる?」
「アドナ事件の責はコンヒュムにあるとし、賠償と武装解除を求めるとのことです。賠償の内容は国土の三分の二と金貨一億枚」
どよめきが広がる。金貨一億枚は、コンヒュムの国家予算に相当する。他の小国なら二、三年分だろうか。ただでさえ、テオロクルムやカステルムにコンヒュムは補償を支払っているのだ。支払えるわけがない。よしんば支払えたとして、国土の三分の二を寄越せなどのめる要求じゃない。全面降伏と同義だ。コンヒュムがヒュッドラルギュルムとアーダマスの領土となる。
これは、十三国同盟にとっても大きな痛手になる。コンヒュムは地理的に他の十二国の中央に位置し、また十三国が共同統治するテンプルムに隣接する。ここを取られれば同盟は大きく東西に二分化され、行動にかなりの制限が生まれ弱体化は免れない。弱体化すれば、後に待っているのは十三国の消滅だ。
ただ、と私の脳裏にあの銀の腕がちらつく。
アドナの事がなくても、遅かれ早かれこの状況には必ず至る。そして、虐げられし者たちと名乗った、十三国同盟のブレインたちは、この状況を予期していたはずだ。ならばこの状況のための用意もしていたはず。そうでなくても、アドナの件から一か月以上経過している。テオロクルムの予言もある。何の手も打たずに手をこまねいていたわけではないだろう。例えば、不戦条約や同盟を組ませないように動く、とか。
それがないというのは、防げなかったと見るか、もしくは。
「ボブさん。テオロクルムのプロペー王から、何か話とか聞いてないですか?」
アドナ事件のせいで半壊したテオロクルムの復興のため、アスカロンは長期滞在していた。人の弱みに付け込む形になるが、傭兵団は戦い以外では大工仕事や農作業も請け負うからだ。
ボブは同盟国から運び込まれる資材の管理や発注作業を手伝うために城に常駐していた。彼の商人としての堅実な能力と私たちが各国で集めていた商品価格の資料『チラシ』は、プロペーからも高く評価されていた。
「いえ、プロペー王からは特に話は。まあ国家機密みたいな取り扱いになるんでしたら、私たちに話が来ないのも頷けるのですが・・・。ただ」
「ただ?」
「いえ、この前物資を搬入してくれた業者から、ここ以外にも物資を運んでいる、みたいな話を聞きましたね」
「具体的な場所とかは話した?」
「確か、同盟が共同で統治している旧カリュプス領、テンプルムです。テンプルムの北側に築資材や武具、魔道具の媒体などを運び込んだと」
言いながら、ボブはテーブルの上に周辺地図を広げた。カリュプスの時の地図だが、ほとんど変化はない。
「彼が言うには、ここ、テンプルムとアーダマスの境目あたりだそうです」
ボブの指が置かれたのは、二つの国境にある、テンプス平原だった。北東のコンヒュムとの間にはアルファベットのCのようにゆるやかに湾曲した大河が流れ、北西から南西にかけては山と樹海が広がっている。樹海の間を縫うようにして西側のルシャナフダや私たちが今いるテオロクルムに通じる細い街道はあるが、大軍を侵攻させられるほどではない。
河と山、樹海に囲まれたテンプス平原は、上空から見れば砂時計みたいな形をしていて、砂がたまる器のところがアーダマス領とテンプルム領、くびれのところが平原中央部にあたるだろうか。
「ここに資材を運ぶってことは、だ」
ジュールが顎の無精ひげを撫でる。
「十三国同盟は、ここでヒュッドラルギュルムとアーダマスを迎え撃つ、って感じか?」
くびれには幾つかの関所がカリュプス時代から残されている。それを要塞として運用することは可能だ。しかし。
「その程度で二大国の軍勢を止められるとは、思えねえけどな」
彼の考えは、おそらく団員全員の心を代弁している。圧倒的な物量の前に、多少の工事を施そうが無意味だ。それこそカステルムの防衛兵器ラケルナ位配備しなければ突破される。でもそんな話はテオロクルムのカルタイ王からも、プロペー王からも出ていない。まだ出ていないだけかもしれないが、これは修理が間に合っていないと見るべきだろう。何処かの誰かのせいで、ラケルナは多大な被害を被ったから。
「何よ」
プラエが私の半眼の視線に目ざとく気づいた。いいえ、と首を振り、地図に視線を戻す。
「あ、そういえば」
何かを思い出したか、ボブが拍手を打った。
「仲間が妙な物を搬入した、とその業者は言っていましたね」
「妙な物? 何ですかそれ」
「いえね、その方も又聞きらしくて詳しくはわからないと言っていたんですが、馬車の荷台丸々一個分程の木箱だそうです。それだけなら別に不思議はなかったんですが、その箱に炭や木炭と石灰岩も積まれていたとか」
「なんだそりゃ。バーベキューでもすんのか?」
ロガンが軽口を叩いた。炭や木炭だけなら、火を用いた策略に関係するかもしれないが、石灰岩の意図がわからない。別々なら、別々の意図があると取れるが、一緒に運んだのなら、それらは一緒に運ばれる理由がある。箱の中身が俄然気になる。
「何か、それ魔道具くさいわね」
プラエが呟いた。彼女の言う通り、何らかの魔道具、それも、対軍使用の物と考えられる。
「ということは~」
ティゲルが気づく。
「十三国同盟軍は~、初めからこういう状況になった場合、戦うつもりだった、ってことですね~。そしておそらくは、勝てる見込みがある、と~」
そこまで見越していると考えるべきだ、が、疑問も残る。
ファルサやサルースは、交戦を避ける方向の手段を取るものだと思っていた。戦って勝つことは可能でも、自軍や自国の損害が大きい手段であるなら、彼らは回避すると。私の思い違いか、他の国からの要請に抗えなくなったか。それでも、戦力的に大きいテオロクルムのラケルナを待つはずではないのか。
なぜ今、このタイミングなのか。
考え出すときりがない。全ては私たちの手の届かない場所で決まり、なし崩しのように事態は転がり始める。私たちにできるのは、いつだって対症療法だけだ。
どこの国がどこの国に喧嘩を仕掛けようが、陰謀があろうが策謀があろうが、知ったことではない。大切なのは、これから私たちがどう動くかだ。おそらくどの国でも戦力を募集しているだろう。十三国同盟につくのか、大国につくのか、はたまたどちらにもつかず静観するのか。
「嫌な予感しかしない」
嵐が来る。気づいた時には手遅れになりそうな、逃げることもできず、備えることも出来ない、大きな嵐が、私たちに近づいている。
死んだつもりで、地獄を進め 叶 遼太郎 @20_kano_16
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