第392話 幕間 陰謀は三か月後

「どういう事ですかな?」

 周囲を衛兵に囲まれながら、プルウィクス将軍ファルサは目の前の相手に尋ねた。

「何故、私が国家反逆罪に問われなければならないのです?」

 じろり、と彼は周囲を見渡す。それだけで、剣を突き付けて圧倒的有利な状況であるはずの衛兵は嫌な汗をかいた。目の前にいるのは『剣鬼』。強さでプルウィクスでは並ぶものなく、リムスでも五指に入る実力者だからだ。その気になれば、この場にいる全員を殺すことも分けなくやってのけるだろう。

「自分の胸に聞いてみたらどうだ」

 そのことに気づいているのかいないのか、プルウィクス第二王子クオードは尊大な態度を崩さずに言い放った。そのやり取りに衛兵は内心悲鳴を上げる。頼むから、目の前の怪物の機嫌を損ねずに上手く従わせてくれ、と。

 いざとなったら、衛兵たちは命をかけて王族を守る使命と覚悟がある。でもできれば、無駄死にはしたくないというのが本音だ。王族だから誰でも無条件に敬意を示し言う事を聞く、だなどと勘違いしているような王子の軽はずみな行為で死にたくない。せめて、国を守ったとか、愛する者を守ったとか、そういう名誉ある死を迎えたい、と。

「恐れながら王子。私はプルウィクスに忠誠を誓った身。国家に反旗を翻すつもりなど毛頭ありません」

「しらじらしいことこの上ないですねぇ、将軍」

 クオードの後ろから、ひょっこりと顔を出した男を見て、わずかだが、ファルサに動揺が走った。動じることのない鉄の男がわずかでも動じた、その事実をもって、クオードは自分にもたらされた情報に確信を得た。

「貴方が私欲に走り、クオード様をはじめとした王族の皆さまに対して謀反を企てたのはあきらかです」

 相変わらずのフルフェイスが笑う。

「サルース、お前」

 王子の後ろから現れたのは、自分の腹心であるはずの部下、サルースだった。

「睨まれても困ります。今回の事は、完全にご自身の身から出た錆ですよ。まさか、あれほど毛嫌いしていたヒュッドラルギュルムやアーダマスと繋がっているとはね」

「私が? まさか、。冗談にもほどがある。一体何を証拠に」

「見苦しいですよ。これは同盟国『ケーラ』からの情報提供です」

「ケーラだと?」

 封鎖国家ケーラは、十三国同盟の同盟国の一つだ。アーダマス、ヒュッドラルギュルム、ラーワーに囲まれた国は、三つの大国に囲まれた盆地にある。その周囲を高い山と深い森と広い川に囲まれ、ほぼ陸の孤島の様な立地が封鎖国家と呼ばれる所以だ。外界との接点が少なく、それゆえに独自の文化、風習を持つ。魔道具のシェアがリムス一を誇るプルウィクスでも把握していない特殊な魔道具も存在するほどだ。

「かの国は、古来より生き残るために三つの大国に間者を放ち、常に情報を収集している。噂では国家の中枢にすら人を送り込んでいるといいます。そのケーラからの情報なのですから、疑いようはないでしょう」

「残念だよ。ファルサ」

 サルースの後押しを受けて、勝ち誇ったようにクオードは言った。

「王子。本気で私が謀反を企てるとお思いですか。これまで命をかけて国のために働き、この身を捧げてきた私を信じていただけないのですか」

「往生際が悪いぞ! せめて将軍らしく、最後は潔くお縄につくがいい!」

 連れていけ、とクオードが衛兵に命令を下す。命令を実行しようと踏み出すも、ファルサの視線を受けて衛兵が固まる。

「妙な気は、起こさない方が良いですよ」

 サルースが言った。

「貴方がその気になれば、この場にいる全員を殺し、逃げることも可能でしょう。ですが、貴方のご家族は同じ真似ができるでしょうか? どうか、私に奥様を、恩人を傷つけさせないでもらえませんか」

 ファルサとサルースが睨み合う事しばし。先に肩から力を抜いたのはファルサだった。

「・・・ふん。もとより、反抗するつもりなど毛頭ない。大人しく無実が証明されるのを待つさ」

「最善手です。貴方が従ってくれる限り、ご家族に手出しはさせませんのでご安心を。じゃ、牢で大人しく待っていてください。・・・衛兵」

「は、はっ」

 衛兵四人に囲まれ、ファルサが連行されていく。サルースとすれ違いざま、ファルサは一瞬彼に視線を向けた。フルフェイスの隙間は陰になってよく見えない。

「よくやったぞ、サルース。お前が将軍の謀反を見抜かなければ、これから起こる戦争はまず間違いなく破れていた」

 ファルサがいなくなった室内で、クオードは言った。サルースはすぐさま彼の前に跪く。

「将軍はコンヒュム、ピラタに古代の魔道具の情報を流して欲望を煽ることで先のアドナ事件を引き起こし、十三国の同盟に亀裂を入れました。同時に大国に危機感と攻め入る大義名分を与え、今日の『アーダマス・ヒュッドラルギュルムの同盟』という最悪の結末を生み出しました」

「この状況を実現させるために、将軍は動いていた、ということだな。しかし、なかなか危険な橋だったのではないか? アドナ事件を引き起こした龍神教の司教は、アドナという強大な魔道具を用いて覇権を握ろうとした。実際山一つ吹き飛ばしたらしいじゃないか。そのまま司教が言っていた通りにリムスを統一していたらどうするつもりだったんだ?」

「将軍はそのあたりも抜かりなく準備を進めておりました。かのアドナ、撃墜したのは傭兵団アスカロンです」

「アスカロン? その名、聞き覚えがあるぞ。確か、コルサナティオの護衛をしていた傭兵団だな。・・・まさか、そういう事なのか?」

「お察しの通りです。アスカロンは将軍が懇意にしている傭兵団。おそらくは事前に依頼を受け、司教が裏切りの気配を見せたら殺害するよう指示されていたと推測されます。かの団は空飛ぶドラゴンすら落とします。アドナも接近してしまえばただの空飛ぶ乗り物、将軍たちには充分勝算があったのでしょう」

「そこまで目論んでいたのか。味方の時は頼もしい男だったが、敵に回ればこれほど恐ろしい相手だとは。だからこそ、ここで無力化できたのは大きな戦果だ」

「はい。クオード様がプルウィクスの王に、ひいては十三国同盟の盟主となるための道筋が固まりました」

「後は、裏切り者どもをどうするか、だな」

「将軍は、この戦争が終わり、クオード様の戴冠式の時に処刑するのが良いでしょう。古き時代との決別を民衆に印象付けることができます」

「なるほど。では、コルサナティオをどうする? 愚妹は事ここに至っても、まだ和平交渉案を強く推し、他の同盟国を困らせているようだ」

「コルサナティオ王女ですが、王女はこれまで将軍からの教育を受けています。彼の言う事が全て正しいと思い込んでいる。洗脳されている、と言っても過言ではありません。王女の行動全てに、将軍の意思が絡んでいると考えて良いでしょう。同盟を揺さぶり結束を弱め、敵のための時間を稼いでいるのではと」

「王族に対して洗脳とは・・・つくづく不敬で罪深い、恐ろしい男だな」

「私たちが将軍の過ちを伝えても、その誤解は簡単には解けないでしょう。長い時間がかかる。故に、王子の権限を持って彼女を使者から解任し、プルウィクスに連れ戻して軟禁するのが良いかと進言いたします。この大事な時に下手に動き回られても困りますから」

 しばし考え、クオードは「いや」とサルースの提案を却下した。

「奴には、このまま前線で踊ってもらおう」

「それは、何故でございましょうか? クオード様の邪魔になりませんか?」

「だからだ。愚妹は、悲しいことにプルウィクスでの人気が高い。下手に捕らえれば、民衆の反感を買う可能性がある」

「まあ、そうですね。兄であるリッティラ様の不正を暴くなど、大活躍でしたからねぇ」

「だが、さしもの奴でも、戦端が開かれるのは止められまい。目の前に剣を突き付けられて、それでも平和を口にできるならある意味大したものだがな。であるなら、コルサナティオをプルウィクスの総大将とする。もちろん、実質の指揮は俺だ。そして、奴は戦争の最中、敵兵の放った矢が不幸にも当たり、死んでしまう」

 クオードの目が妖しく輝く。

 総大将が敵兵の矢が届く所にいるはずがない。そこまで接近されれば、この戦いの趨勢はほぼ確定し、その前に降伏していてもおかしくない。

「愛するコルサナティオの死は、我が軍、ひいては同盟軍にとっての起爆剤となるだろう。平和を愛した女の願いを踏みにじった大国を殲滅せんと、同盟軍は一丸となって奮起するはずだ。そうだ、戦いののち、コルサナティオには平和を祈った聖女として奉ろう。俺は墓前で涙を流して勝利を報告する。どうだ?」

 クオードの言葉の真意を理解し、サルースは感心したように何度も頷いて言った。

「これ以上ない幕の閉じ方かと。流石はクオード様。私では考え付かない深謀遠慮です。民衆は王子の深き家族愛に感動し、貴方をシーバッファ王の後継者として讃えるでしょう」

 サルースの言葉に満足したクオードは腰の剣を抜き、彼の肩に置いた。

「貴様をファルサの後釜として、プルウィクス将軍に任ずる。我が妹コルサナティオを補佐し、見事プルウィクスの為、俺の為に使命を全うせよ」

「御意に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る