第28話 散る桜
「僕、不愉快だから落ちるっ! そのヘタクソとかってのは、どうせ僕のことを言ってるんだろう?」
「別に、あんたのことだけじゃないっすよwww。だけど、該当すると思うのなら、自分で色々考えた方がいいんじゃないっすかね?」
「うるさいっ! おまえ、本当に嫌な奴だなっ! それに、僕は絶対に信じない。おまえが不正をしないでランキング1位になったことも、三国志CVがサービス終了になるなんてこともなっ!」
「そっすか」
「だけど……」
「んっ?」
「マクロはもう辞める。それだけは約束するよ。たしかに他の誰が不正していようが、僕が不正していいことにはならないからさ」
「まあ、勝手にすればいいっす。なにを信じてどう行動するかはあんたの自由っすから」
ゆ、ユイさん……。
そうだよ、マクロなんて止めろよ。
そんなことをしたって、強くはなれないよ。
それに、他人が自分を認めてくれるかなんかどうでもいいじゃないか。
自分が楽しめばいいんだ。
ただそれだけのことだよ。
「じゃあ、落ちる前に一つだけ謝っていけっす」
「謝る? いやだねっ! 僕はおまえのことなんか絶対に許さないんだからな。晒したこともなりすましも、悪いとなんか全然思ってないっ!」
「www、自分のことはどうでもいいっすよwww。それについては、創聖の勇者にいるときに言ったっしょ。自分は全然構わないっす。好きにやればいいっすwww」
「……、……」
「だけど、ジョーさんにだけは謝れっす。ジョーさんはあんたが男でも女でも、無課金でも重課金でも、同じギルドにいようといまいと、本垢であろうとなかろうと、ずっと心配してたんっすから」
「じょ、ジョーさんに?」
「この三国志CVの中で、誰があんたのことを信じて心配してくれるんっすか? 他にはいないっしょ?」
「うっ、うん……」
「自分も今まで色々なゲームをやってきたっす。でも、自分を信じて心配してくれる友達はそんなに多くないっすよ」
「……、……」
い、いや……。
俺だってユイさんの再加入を突っぱねようとしたんだ。
偉そうなことは言えないよ。
だけど、本当に心配したんだ。
それに、信じたかったんだ。
それだけは本当だよ、ユイさん。
「じょ、ジョーさん。心配かけてゴメン」
「いえ……。だけど、マクロを止めると言ってくれて安心しました」
「うん、もうしないよ。それに、複垢を作るのも止める。僕はユイじゃない、ゴッドだから」
「ですか……」
「でも……。ゴッドでもメールしてもいいかな? 僕、またジョーさんと話をしたいんだ。創生の勇者のときみたいに……」
「あの、ユイさん……。あ、いや、ゴッドさん」
「あはは、ユイでいいよ」
「その……、創生の勇者じゃないんです」
「えっ?」
「創聖の勇者なんです」
「あっ! そうだったね。ごめんね」
「いえ……。だけど、俺、ユイさんがそれも忘れてしまったのかと思ったら、ちょっと悲しくて……」
「ごめん……。でもさ、僕も色々あって大変だったんだ。まったりのせいで三国志CVでも散々な目に遭ったし、他のゲームでも戦争に負けて捕虜になっちゃったし……」
「ですか……。まあ、俺は三国志CVが続く限りいるんで。いつでも声をかけて下さい。待ってますよ」
ようやく言えた。
俺はずっと、「待ってる」と一言だけ言いたかったんだ。
「じゃあ、本当に落ちるね。ジョーさんありがとう。またメールするから」
「はい」
そう言い残すと、ユイさんは今度こそ本当にチャットから落ちた。
「これで一段落でしょうか? ゴッドさんが起こした一連の騒動は?」
「まあ、そういうことっすねwww。あいつ、最後だけはちょっと素直っしたwww」
「そうでしたね……。ですが、まったりさん」
「んっ? なんっすか?」
「私は納得がいきませんよ。たとえ三国志CVが終わるとしても、だからと言ってまったりさんがゲームを辞める必要はない」
「ああ、そのことっすか。スサノオさんはそう言いそうだとは思ってたっすwww」
「笑い事じゃありませんよっ! 私はまったりさんとゲームをやっていたから楽しかったのです。こんな充実感はゲームでは初めてです。それなのに、なぜ……」
「……、……」
俺もそう思う。
だってそうだろう?
なんのために苦労してランキング1位になったんだよ。
おまえにとっては意味がなくても、皆、そのためにどれだけ頑張ってると思ってるんだ?
「ん……、まあ、あんま他の人に理解してもらおうとは思わないんっすけど、スサノオさんには世話をかけたので、ちゃんと言っておくっす」
「是非、お願いします。もう目的が達成出来ないからと仰っていましたけど、それならゲーム終了まで楽しめばいいと思いますよ。まったりさんも三国志CVが楽しいでしょう?」
「それは……。今は楽しいんっすけどね。でも、すぐに苦痛に変るんっすよ」
「えっ? どういうことです?」
く、苦痛だと?
どういうことだよ?
また、わけの分からないことを言いだしやがって。
「逆にスサノオさんに聞くっすよ。勝ち続けることって、楽しいっすか?」
「は、はあ? そ、それは楽しいと思いますよ。私は経験がありませんが、なんと言っても苦労して考えたデッキが何者にも負けないと言うことですから。楽しくて仕方がないのでは?」
「そっすか……。やっぱ、経験がないっすか」
「調子がよくてデュエルで三十連勝くらいしたことはありますが、年甲斐もなく陶酔に近い気持ちになりましたから。経験がないと言っても、その程度のことは数度あります」
「うーん……。じゃあ、言っても分かってもらえないかも知れないっすけど、言うっすかね。自分、今週だけでデュエル、三百連勝以上してるっすよ」
「は、はあ? 三百ですか?」
「そっすwww。全然負けないんっすよwww」
「……、……」
「多分、この連勝、千勝しても納まらないんっすよ」
「……、……」
「来週も再来週も、ゲームをやり続ける限り勝ち続けるってことなんっすけど、そうなったときに楽しいと思えるっすかね?」
「……、……」
さ、三百連勝だと?
たしかに今のところバーサクデッキに負ける要素は見当たらない。
よほど運が悪くなければ負けることはないに違いない。
だけど、ギルド戦のときに言っていたじゃないか。
夏候惇デッキには負ける可能性があると。
ほんのわずかではあるが……。
「別に、無敵だから勝ち続けてるってわけじゃないんっすよ。バーサクデッキの弱点を突けば、現状でも百回に一回くらいは負けるはずっすからね」
「では、皆がまったりさん打倒に燃えて、その弱点を突いてくるかもしれないではないですか?」
「なんっすけど、それをしようと思う人間はいないんっすよ。百分の一に賭けるにしても、それが本当に百分の一だと知ってるのは自分だけっすから」
「どういうことです?」
「他の人間には、百分の一も0%も同じに見えるからっす。だとすれば、今までの自分以外との対戦成績をもとに、自デッキで最強のをぶつけることになるんっすよ」
「つまり、わずかな可能性を信じられないと言うことですか?」
「そっす。だから、自分が勝ち続けることは揺るがないんっすよ」
「……、……」
そういうことか。
まったりだからバーサクデッキの弱点が分かるだけで、他の人間にはそれが弱点だと認識出来ないのか。
そんなに大差なのかよ……、おまえのデッキと他の人間のデッキは。
UR呂布をカンストしたってことはそれだけ凄いことだということか。
「話を戻すっすね」
「……、……」
「ずっと勝ち続けるってのは、作業をやってるのと同じなんっすよ。分かりやすく言うと、イベント作業を続けるようなもんっす」
「……、……」
「もう脳味噌を使う要素が皆無なんで、ただただクリックして画面が変るのを見てるだけなんっす」
「……、……」
「だけど、目的がありさえすれば自分はそれを我慢出来るんっすよ。その目的が自分にとっての唯一の楽しみっすから……」
「その唯一の楽しみを取ってしまったら、苦痛しか残らない。そう言いたいのですね?」
「そう言うことっす。自分にとって、運営と勝負出来なかったらこのゲームをやる意味がないってことなんっすけど、理解してもらえたっすかね?」
「……、……」
スサノオさんは押し黙ってしまった。
到底納得がいく話ではないだろうが、まったりの言い分に少しの矛盾もないのが理解出来ているからだろう。
俺もスサノオさんも、まったりと戦ったギルド戦にどれだけ熱中したことか。
いや、終わってからもまた同じような興奮を求めて、一心不乱に強くなる努力をしたのに。
まったりはそう言うことを全部分かってる奴だろう?
なのに、自分だけは楽しくないって言い分を通して辞めるのか?
まったりもコメントを入れるのを止めた。
誰もなにも話さない。
重苦しい沈黙だけが俺達三人にのしかかり、時間だけが過ぎていく。
その間中、俺は必死に考えた。
どうしたらまったりを引き留められるのかを……。
ユイさんのときは、ゲームを辞めるわけではないから辛うじて受け入れた。
だが、今回は違う。
ゲームを辞めてしまったら、もうまったりとの繋がりは永遠に切れてしまう。
最初はあんなに勘違い野郎でふざけた奴だと思っていたのに……。
何度イラっとさせられたり、失礼な物言いに怒りを覚えたことか。
だけど、今の俺はまったりとゲームがしたい。
まだまだ俺が強くなれることが分かって、いつかまったりと対等の勝負したいと思っているんだ。
「自分、三国志CVだけじゃないんっすよね、こういう辞め方するの」
「……、……」
「どのゲームでも大抵目的を達成するか、目的を失うかして辞めてきたんっす」
「……、……」
「自分はゴッドみたいにはなれないんっすよ。目的を見失っても続けるようなことは、しないんじゃなく出来ないんっす」
「……、……」
「ジョーさんにもスサノオさんにも、随分よくしてもらったんで心苦しいとは思ってるんっすけど、自分はこういう人間なんっす。勘弁してもらえないっすか?」
「……、……」
俺は、自分の頬に涙が流れていることを自覚した。
止められない……、俺には。
勝ち続けることの苦痛を知らないのだから。
「俺が負かしてやるっ!」
と、心では叫んでいたが、それがいつになるか分からないことは、俺自身が一番よく分かっている。
多分、スサノオさんも同じ気持ちなのだろう。
だからなにも言えないのだ。
悔しいけど、止められない。
そのことだけは認識せざるを得ない。
「分かりました。仕方がないですね」
「す、スサノオさんっ!」
「ジョーさん、私達にまったりさんを止めることが出来ないことはお分かりでしょう?」
「だ、だけど……」
「私もこんな辞め方をする人は初めてなので戸惑っています。ですが、我々がまったりさんに苦痛を押しつけることは出来ないですよ。ゲームをやるのも辞めるのも、まったりさんの自由ですから」
「……、……」
スサノオさんは寂しくないのか?
それに、悔しくないのか?
俺は情けないよ。
引き留めるだけの力を持ってないのだから。
二年以上も三国志CVをやってきたのに、たった四ヶ月ちょっとでゲームを極めた無課金に抵抗することすら出来ないなんて……。
「ですが、まったりさん。突然いなくなるのだけはダメですよ。辞めるときは、必ず言ってから辞めて下さいね」
「ああ、そのつもりっす。あと二週間くらいはやると思うんで、辞める直前にはちゃんとギルドチャットには挨拶するっす」
「二週間ですか……。寂しくなりますね」
「www、それくらいにはきっと三国志CVも終わる告知が出るっしょwww」
こいつ……。
おまえは辞めるのに寂しくないのかよ。
それって不公平じゃないか。
ズルすぎるだろ。
「あの……、まったりさん。俺も納得がいかないんですが、スサノオさんがそう言うんじゃ仕方がないです」
「すまんっすね、ジョーさん」
「だけど、一つ教えてもらえないですか? まったりさんは一週間フルにイベント作業を出来る人なんでしょう? だったら、少し手を抜いてゲームをやり続けたり出来ないんですか? 飽きが来ないような工夫だって出来そうに思うのですが?」
「あ、……ん。なんて言ったらいいか分からないんっすけど、イベント作業はそれだけやってたら自分でも耐えられないんっすよ」
「耐えられない?」
「そっすwww。面白くもなんともない単純作業っすからねwww。だから、そういう作業をするときは、頭を空っぽにするか他のことをやりながらこなすんっすよ」
「……、……」
「こういうのはコツがあるんっす。まず、やらなきゃいけない作業をゆっくりやって身体に染みこませるんっす。目を瞑ってても作業が続けられるくらいに繰り返すっす。……んで、それが出来るようになったら、頭の中で他のことを考えればいいっす。音楽が好きならそれを聞きながらやればいいっすし、仕事で考えなきゃいけないことがあるならじっくりそれを考えればいいっす。手は勝手に動いてくれるんっすから、効率が落ちることはないっす」
「……、……」
「つまり、自分はイベント作業をやり続けてはいても、他のこともやってたんっすよ。だから耐えられるだけなんっす」
「……、……」
「だけど、楽しみとしてやってるものが作業に変ったら、それはもうやる価値がないんっすよ。手は効率のいい作業を覚えてるっすけど、作業は目的があるからやるんで、作業のための作業は意味がないっす。だから、手抜きするくらいなら寝てた方がましなんっすよwww」
「……、……」
ちぇっ……。
ぐうの音も出ない。
こいつは単純作業にも自分だけのノウハウを持ってやがる。
それに、作業のための作業は意味がないって理屈は、俺にもよく分かる。
つまらないもののためにつまらないことをする奴はいないからな。
「じゃ、そういうことで落ちるっすね。スサノオさんも早く寝ないと明日に差し支えるっすよwww。ゲームしてて寝坊したら、経営者として失格っすよwww」
そう言い残すと、まったりはチャットルームから落ちた。
呆然とする俺とスサノオさんを残して……。
あとに残された俺達は、なにを話すでもなくチャットルームに居続けたよ。
もちろん、明日が辛いことは分かってる。
だけど、まだ三国志CVが終わることも、まったりがゲームを辞めることも受け入れたくなかったんだ。
このチャットルームから落ちてしまったら全てを受け入れなくてはいけない……。
そんなことを思いながら、俺はただただパソコン画面を睨み付けていたよ。
きっと、スサノオさんも同じ気持ちだったんじゃないかな?
それから二週間ほどはなにもなく過ぎた。
まったりはデュエルランキング1位を譲り渡すことなく君臨し、俺は初めてランキング30位の壁を破った。
だけど、ただそれだけだった。
いつか来るまったりの辞める宣言と三国志CVのサービス終了告知が、俺から熱を奪っていったのかもしれない。
そして、そんなある朝、ついにまったりの辞める宣言がギルドチャットに書かれたんだ。
「ちわっすwww。
自分、一身上の都合でゲームを辞めるっす。
創聖の勇者の皆には世話になったっす。
今まで本当にありっした。
お陰で楽しくゲームが出来たっすよ。
自分、ゲームがつまらないと感じるのは嫌なんっす。
だから、楽しい内に辞めさせてもらうっす。
まあ、勝ち逃げするみたいで悪いんっすけど、勘弁してくれっすwww。
散る桜
残る桜も散る桜
どうせ散るなら綺麗に散るっしょwww
じゃ、そういうことで、お疲れ様っしたwww。
まったり 」
その日の夜のことだったよ。
三国志CVのサービス終了が発表されたのは……。
まったく……。
最初から最後まで、自分勝手にやりやがって。
でも、俺は多分ずっと忘れないよ。
まったりって言う、とんでもない無課金がいたことを……。
(了)
無課金の修羅 てめえ @temee
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