第27話 終焉予告

「あははっ! 脅したってダメだよ。そんなのあるわけないじゃん。重課金でその垢自体がなにもしていないのに、垢バンなんかされるわけがないよ」

「まあ、普通はそうなんっすけど……。でも、一度不正をしだした奴が、本垢で不正をしないでいられるわけがないんっすよ」

「なにを言ってるんだよ。300万円以上遣ってる垢なんだぞ、そんなことするわけがないっ!」

「そうでもないっすよ。だってあんた依存症っしょ。用もないのに課金ガチャを回したくならないっすか? それを本当に我慢できるっすか? だから300万円も遣っちゃったっしょ」

「……、……」

「あんたのゲームをやる目的は、もう強くなることじゃないっすよ。他人に認めてもらいたいという承認欲求を満たすためだけに、課金も不正もしてるっす。そういう自覚、ないっすか?」

「……、……」

「自分は他のゲームでもあんたみたいなのを何人も見てきたっす。最初は皆まともなんっすよ。だけど、いつの間にか手段が目的に変って、他人のことを紙くずくらいにしか思わなくなるんっす」

まったり……。


 もう、ユイさんは壊れちまったってことなんだな。

 おまえや俺達創聖の勇者に負けて、見境がなくなってしまってるってことだろう?


「あんた寂しい人っすね。そんなに金を遣ってみても、あんたはゲームをやってなにも残ってないっす。ただすがりついてるだけっしょ」

「うるさいっ! 説教なんてまっぴらだよっ! 無課金のゴミが、偉そうになに言ってるんだよっ! おまえなんか、ただ偶然戦略がハマっただけじゃないか。そんな奴、すぐに僕が負かしてやるよっ!」

「出来るわけないっしょ。ギルド戦で自分のデッキ見たっすよね? 自分のデッキにはまだHRが入ってるんっすよ。これが時が過ぎてURに変ったらどうなると思うっすか? あんたのデッキに自分のデッキ以上の伸びシロがあるとでも思ってるんっすか? 今より差が縮まるのに、どうやって勝つつもりっすか?」

「……、……」

「悪いっすけど、あんたと自分じゃゲーム能力が大差なんっすよ。それに、たとえあんたが今より上手くなっても、もう三国志CVで自分に勝つことは出来ないっす」

「いい加減なことを言うなっ! 僕は負けないっ! どんな手を使ってでもおまえなんかブッ倒してやる!」

「ん……。やっぱ分かってないみたいっすね。自分が三国志CVを辞めるから、あんたが勝つのは無理なんっすよ」

「や、辞める?」

「そっす……。自分はもう三国志CVでやることはないっすからね。目的も達成出来ないことがハッキリしたんで、あと二週間くらいで辞めるっすよ」

「はあ? おまえ、頭おかしいんじゃないか? 言ってることが分かってるのか」

「www、分かってるっすよwww」

「つまり、おまえは勝ち逃げするつもりなのか? ランキング1位の垢を棄てて……」

ま、まさかっ?!

 嘘だろう、まったり。


 辞める?

 なんでおまえが辞めなきゃいけないんだ。


 今、おまえが自分で言っていたじゃないか。

 バーサクデッキにはまだ伸びシロがあるって。

 ……ってことは、まだまだ強くなれるってことだろう?

 だったら、まだやることはいっぱい残ってるはずだ。

 それなのに辞めるなんて……。

 ユイさんじゃないけど、本当におまえ頭がおかしくなっちまったんじゃないのか?





「ちょ、ちょっと待って下さいよ、まったりさん……」

「んっ? なんっすか、スサノオさん」

「私は納得がいきません。どうして正々堂々と強くなったまったりさんが辞めなきゃいけないのです? それに、目的が達成できないと仰られましたが、しっかりデュエルランキング1位になって達成したではないですか」

「ああ……、スサノオさんには言ったことがなかったっすか? 自分、デッキを強くするのもランキング1位になるのも手段に過ぎないんっすよ。目的を達成するための方法の一つなんっす」

「しゅ、手段? では、なにが目的なんですか? まったりさんはこれ以上なにを望んでおられるのですか?」

「自分は、神と勝負するつもりでこのゲームを始めたんっす。だけど、もうそれが不可能になるから辞めるんっすよ」

「か、神と勝負?」

「そっす。自分はそれだけが目的で、他に目的はないんっすよ」

そう言えば……。

 まったりはたしかに創聖の勇者に入った頃、そんなことを言っていた。


 あのときは、デュエルランキング1位を達成するわけがないと思っていたから、なにをまた勘違い発言をして……、程度にしか感じていなかったが。

 まさか、本気でそんなことを考えていたなんて……。


「あはは、神と勝負だって(笑)。神って僕のことでしょ。そうだよ、ゴッドってHNは三国志CVの神になるつもりで付けたんだからさ。あ、そうか。もう勝負が終わったことにして勝ち逃げしたいってこと? 一瞬でも勝てば勝ちってルールなんだ、君の勝負は(笑)」

「www。やめてくれっすwww。あんたのHNはたしかに神っすけど、自分が言ってるのはそんな貧乏神みたいなセコイ神じゃねっすwww」

「び、貧乏神だとっ?!」

「www、そっす。自分が勝負したかった神は、三国志CVのすべてを掌握した全知全能の神っす。承認欲求の奴隷みたいなあんたなんか、自分は最初から眼中にないっすよ」

もしかして、まったりが勝負しようとしている神って……。


 ま、まさか……。


「自分の勝負の相手は、運営っす」

「う、運営ですか?」

「そっす……。運営はそのゲームに於ける神そのものっす。だからこそ勝負のしがいがあるっしょwww」

「ですが、運営とどう勝負しようと? 彼等は都合が悪くなればルールやカードなどまで自由自在に生み出せる存在です。いくらまったりさんが凄いと言っても、一プレーヤーがどうこうなる相手ではないでしょう?」

「そうでもないっすよ。実際、自分は運営が商売のネタにしてた諸葛亮を廃品に追い込んだっしょwww。自分の予想通りバーサクデッキが出て激減したってことは、ガチャの売り上げも減ったってことっす」

「まあ、それはそうでしょうけど……」

「だけど、諸葛亮は単なるオープニングヒットに過ぎないんっすよ。これから運営がバーサクを1ターン目で解除するカードをイベントで出してくるはずだったんで、自分はそれに対応してまた別の策を用意してあるんっすよ」

「はあ? バーサクデッキを無効化することを予想してあって、その上でまた別の策で運営の上を行こうと言うのですか?」

「そっすwww。そもそも、勝負って、そんなに簡単にケリがついたら面白くないっしょwww。自分はいい勝負を長くしたいんっす。だから、運営にもへこたれてもらったら困るんっすよwww。それだけのハンデをあげてるんっすからwww」

「……、……」

なあ、ユイさん……。


 まったりってこういう奴なんだ。

 俺の言ってること、分かるだろう?

 見てるところの次元が違うんだよ。


 どこのどいつが運営に勝負を挑むんだよ。

 しかも、無課金で……。


 UR諸葛亮は確かに一時の勢いをなくし、軍団長に於ける不動の地位を失ったよ。

 だけど、二ヶ月前からこいつはこうなることを予想してたんだ。

 しかも、自身でそれを引き起こした。

 不正やチートを一切使わず……。


「ですが、まったりさん。そんなに先まで見通しているあなたが、どうしてゲーム自体を辞めなくてはならないのですか? 運営だって、まだまだ商売のしようはあるでしょう。このまま売り上げが下がったままにするわけがありませんよ」

「www。さすが、経営者のスサノオさんっすねwww。その通りなんっすよ、本来なら。なんっすけど、運営の心を折った奴がいるんっす。不正行為で……」

「ま、まさか……。マクロですか? ゴッドさんのマクロ行為が、運営のやる気を失わせたと?」

「そっす。いや、正確に言うと、これから運営がゲームを辞めざるを得ない状況になるんっす」

「すいません……。言っている意味が分からないです」

「www。じゃあ、説明するっすよwww」

たしかに不正はよくないよ。


 だけど、個人がやったことがそんなにすぐゲーム自体に影響が出てしまったりするのか?

 俺もどうもまったりの言っていることは分からない。





「ゴッドって、マクロに関しては初心者なんっすよ。今までそういうことはやったことがないっすよね?」

「ああ、ないよ。僕だって好きで不正をしたわけじゃない。まったりがやってるからやっただけのことだよ」

「まあ、自分はやってないっすけど、あんたがそう思いたきゃ勝手にそう思ってればいいっすwww」

「……、……」

なに言ってるんだ、まったり?

 ユイさんがマクロに手を出したのが初めてなのは当たり前じゃないか。

 今までは課金して何不自由なくいられたんだからさ。


「初心者だからこそ、あんなに露骨なことをしたんっす。ここまではいいっすね、スサノオさん」

「はい……」

「だとすると、初心者がやろうと思ったらすぐ出来ちゃったってことでもあるんっすよ。つまり、ネット上に落ちてるそう珍しくないツールで不正が可能だったってことっす」

「ああ、なるほど……。私にも分かってきました」

「そんな単純な方法で行われた不正を、三国志CVは技術的に排除出来なかったってことなんっすよ。つまり、目立たないようにやれば不正し放題だと言うことが発覚しちゃったんっす」

「そう言うことですね。誰にでも出来、しかも目立たないようにやればバレない。これでは運営していく上で支障が出ますね」

「そういうことっす。しかも、今回、HTTの動向に気がついたのはイベントランキングの上位者ばかりっす。ガチャ自体の売り上げが落ちている以上、これからはイベントの行動力回復アイテムを売る方向で儲けなきゃいけないのに、マクロが使用可能だとそっちの売り上げも期待できないんっすよ。マクロでこと足りるのなら、課金する奴はいないっすからねwww」

「ですが、そんなに難しいのですか、マクロを防ぐのは?」

「どうっすかね? でも、HTTを即垢バンしたところを見ると、三国志CVのシステム自体に手を入れなきゃいけないんで、金はかかるっしょ。あと他の方法だと、マクロを防ぐには人力じゃなきゃ出来ない手順を増やすしかないんっすけど、それをするとプレーヤーから文句が出ると思うっすよ」

「ああ……。ただでさえイベントは作業化していますものね。単純作業をさらに面倒にされたら、たしかにクレームが殺到しそうです」

なるほど……。

 言われてみればその通りだ。


 あの単純作業を延々とやらなくてはいけないのを回避出来るなら、マクロをやる奴は激増するに違いない。

 まったりみたいに張り付く奴の方がおかしいのだから。

 そもそも、そんなにずっと張り付いて、まったりは飽きたりしなかったのだろうか?


「……で、ガチャの売り上げが落ち、行動力回復アイテムの売り上げも増加が見込めないで、金のかかるシステム変更に手を出すっすかね? 単純な手順を増やすことも不可なんっすから……」

「それは難しいでしょうね。採算が合わないでしょうから」

「そうなんっすよwww。儲からない上に損をする運営はいないんっすwww」

「なるほど……」

「だから終わるんっすよ、この三国志CVは。近い将来、サービス終了になるっす」

「つまり、運営との勝負がついてしまったから、まったりさんは辞めると仰るのですね?」

「そういうことっす。もうこれ以上やる意味がないんっす。だから辞めるっすよ」

「……、……」

さ、サービス終了だと?


 まったりの言っていることは分かる。

 だけど、本当に終わるのか、この三国志CVが。

 皆が熱中し、生活の一部と化していたような面白いゲームが……。


 たった独りの無課金が秩序を壊し、それに勝つために不正をした者が出たくらいで。





「嘘だっ!」

「……、……」

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……」

「……、……」

「ぜーーーーーーーーーーーーーったい、嘘だっ! そんなことあるもんかっ!」

「ゆ、ユイさん……」

俺も同じだよ。

 嘘だって叫びたいっ!

 だけど……。


「僕は信じないぞ。三国志CVが終わる? そんなことあるわけがないっ!」

「……、……」

「大体、僕達重課金が毎月いくら課金してると思ってるんだよ? 覇記では五万ずつのノルマを課してたんだっ! 同じくらい課金してる奴はいっぱいいるはずさ。だったら売り上げが少しくらい下がったって、運営が三国志CVを辞めるわけがないっ!」

「そう思いたいのは分かるっすけど……。でも、重課金者100人がたとえば月に五万円ずつ課金したとして、売り上げは月に五百万円っすよね?」

「そうだよっ! だけど、微課金だっているんだから、もっと売り上げがあるかもしれないだろう?」

「まあ、五万円以上課金してる人がそんなに多くない場合もあるんで、仮に売り上げが月に五百万とするっすよ」

「……、……」

「だけど、それがガチャの売り上げ減少で急に減ったってことなんっす」

「……、……」

「どれだけ減ったのかは分からないっすけど、減って必要経費が出る保証はどこにもないんっすよ」

「そんなことあるわけないっ! ゲームなんか、一度作ってしまえばあとは儲けるだけなんだからさ」

「www。そんな甘いわけないっしょwww。毎月やるイベントだって、準備したりメンテで作業したりすれば人件費がかかるっす。それに、サーバーの保守代だってばかにならないっす。あと一度作ってしまえば……、って言うっすけど、作るのにどれだけ開発費をかけてると思ってるんっすか? それを回収しながら利益を出すのは無茶苦茶大変っすよ」

「……、……」

「さらに、ゲーム自体がSNSに登録してる形なら、サイト登録料が売り上げからさっ引かれるんっす。この三国志CVもSNSに登録してるっすから、例外じゃないっすよ」

「……、……」

「あと宣伝しなきゃ参加者は増えないっすからね。それにも多額の金がかかるっす」

「……、……」

「ネットゲームって、意外と薄利なんっすよ。特に今は、グラフィックや音声なんかにも金をかけなきゃ誰もやってくれないっす。それなのに不正で商売を邪魔されるんっすから、採算が合わなきゃ辞めたくなるっしょ」

「……、……」

俺もそう思うよ。


 三国志CVは決して儲かってない。

 かなり採算ギリギリでやってるはずだよ。


 課金者だって、イベントランキングを見れば分かるけど、200人はいないと思う。

 そのほとんどが俺みたいな微課金だろうし。

 その他大勢は、無課金なんだよ、ユイさん……。


 俺だって終わるのなんて嫌だ。

 だけど、運営が儲からないものをやらないのもまた事実だよ。

 俺は他のゲームをやったことがないけど、売り上げ不振でサービス終了に追い込まれるゲームはあとを絶たないって話だしな。


「運営者ってのは、ゲームの中で一応万能ではあるんっす。だけど、その枠から出たら制約ばかりなんっすよ。だから勝負の相手になるんっす。こっちが無課金ってハンデを背負っても、真っ正面から勝負することが出来るんっすよ」

「そういうことなんですか。まったりさんはただ闇雲に運営に戦いを挑んだ訳ではないと言うことですね?」

「それはそうっすよwww。相手の方が力量上位なことがハッキリしてたら、そもそも勝負にはならないっすからねwww」

「ですが、運営もある意味厄介な人に戦いを挑まれましたね。運営者からすると、まったりさんみたいな人は煮ても焼いても食えないでしょうから」

「www。まあ、そういう一面はあるっすwww。だけど、スサノオさん……。よく考えてみてくれっす。無課金でも強くなれることが発覚して、創聖の勇者は盛り上がったんじゃないっすか? より一層モチベーションが上がったと思うんっすけど、どうっすかね?」

「ええ……、仰る通りです。私なども熱中していますしね」

「つまり、達成可能な目標が目の前にあるとプレーヤーは頑張れるんっすよ。頑張れるから課金もするんっす。だから、自分みたいなのは必ずしも有害じゃないんっすよ。ちょっと見るといかにも勝てそうな気がするっすからねwww」

「なるほど……」

「なんっすけど、ヘタクソはゲームを滅ぼすんっす。無理な課金をさせて他のプレーヤーのやる気をなくさせてみたり、不正で売り上げの邪魔をするっすからね。よくいるっしょ。自分の都合のいいカードやキャラがないと不平不満を言い出す奴」

「……、……」

「ゲームバランスなんて微妙なもんなんっすよ。課金者が強いカードを得れば得るほど、無課金にもそこそこのカードを配らなきゃいけなくなるんっす。そうするとカードの強さにインフレが起って、なんでも出来るようになるんっすよね。すると、ヘタクソは更に他の奴より有利になるものを要求して、ゲームバランスが崩れるっす。ゲームバランスが崩れると、つまらなくなってプレーヤーが減るっす。UR諸葛亮が蔓延していた頃の三国志CVが正にそれだったんっすよ。だからプレーヤーの減少に歯止めがかからなかったっす。もっと言えば、無課金が死んじゃったっすよ」

「……、……」

まったり……。


 おまえ、本気で運営と勝負してたんだな。

 このままだと三国志CVがダメになるから。

 それを阻止するために、プレーヤーとして秩序を壊すしかなかったのか。


 まあ、だけど……。

 そんなの俺には出来ない。

 俺も三国志CVが好きだけど、考えも付かなかった。

 それどころか、危機感すらなかったんだからな。


 そのおまえが辞めると言うんだ。

 それって、もう三国志CVは助からないってことだろう?

 サービス終了を回避できないとおまえが判断したんだよな?


 正直、俺にはサービス終了が確実かなんて分からない。

 いや、分かりたくない。

 でも、おまえの言っていることは正しいと思うよ。

 どこにも矛盾がない。

 簡潔で明快な理屈だよ。


 だけど……。

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