第26話 崩壊

「こんばんは……。遅くなってすいません」

「す、スサノオさん?」

「あら……、ユイさんもおられるのですか?」

「ええ……。緊急事態なので、俺が呼んだんです」

「ですか……。では、過去ログを読んできますので、しばらくお待ち下さい」

「はい……」

遅くなりそうなことを言っていたのに、スサノオさんは11時過ぎには顔を出してくれた。


 きっと、スサノオさんにはまったりがメールで報せておいてくれたに違いない。

 そういうところに抜かりのある奴じゃないのは、今までのやり取りで分かっている。


「ねえ、ジョーさん。どうしてスサノオが来るの? 僕、そんなの聞いてないよ」

「……、……」

「ああ、そっか。スサノオも全部知ってたんだ。だから僕の再加入に反対だったんだね。なるほどね、全部、まったりが指示だししてるんでしょう? あいつが見抜いて根回しをしたんだ。僕のこと憎んでるはずだからさ」

「いえ……」

「違うの? まあ、どちらでもいいや。そうだよ、僕はゴッドの複垢だよ。だけど、それがなに? 複垢でスパイするなんて他のギルドだっていっぱいやってるでしょ」

「……、……」

「それに、晒しやなりすましだってゲームの内だよ。いわゆる情報戦でしょ。それだってやってるのは僕だけじゃない」

「……、……」

「なんだよ、急に黙っちゃってさ。さっきまで鬼の首でも獲ったかのような勢いだったのに」

「だけど……」

「んっ?」

「マクロは完全にアウトですよ、ユイさん」

「だから、さっきも言ったでしょう? 三国志CVで、マクロで垢バンされた人なんか聞いたことがないってさ」

「いや……。俺はギルマスだから、スカウトのためによくイベントランキングをチェックするけど、HTTのような不自然な人達は今までいなかったです。たとえば、マクロをやっている人がいるにしても、あんな九垢も使って露骨にやってる人は見たことがないですよ」

「だからバレるって言うの? あはは、証拠が無ければ垢バンなんてことは絶対にないよ(笑)。運営だって疑わしいだけじゃ垢バンなんてできないんだよ」

「いえ……。証拠ならありますよ。あのHTTの垢達が稼いだポイントが不自然ですから。無課金で一時間に20000Pも稼ぐことは絶対に出来ないです。課金者だってそれくらいが精一杯なのだから、ポイントアップカードを持っていないHTTの垢にそれが出来るわけがないっ!」

「クスっ……。じゃあ、これからはもっと気をつけてやるよ(笑)。ご忠告ありがとう」

「ゆ、ユイさん……」

な、なんで分かってくれないんだ。

 あんな無茶なことをしてバレないわけがない。


 それに、まったりが気がついただけとは限らない。

 あんな露骨なことをすれば、誰だって不審に思うよ。


 特に、HTTの垢達とイベントランキングで競ってるのは、重課金の奴しかいないんだ。

 彼等は課金しながらイベントをやってるんだから、ランキングをちゃんとチェックしている。

 だとしたら、もう通報されていたっておかしくない。

 なぜそんなことも分からないんだ、ユイさん。

 なあ、分かってくれよ。

 頼むよっ!





 心の中でいくらでも理屈は出てきていた。

 全部指摘して、なんとかユイさんの気持ちを変えさせたくて仕方がない。


 だが、気持ちとは裏腹に、俺のキーボードを打つ手は止まったままだ。


 俺にはユイさんの気持ちが分かるから……。

 たった二ヶ月前までの俺がそうだったのだ。


 UR諸葛亮が引けずデッキの行き詰まりを感じ、それでもなんとか強くなるために課金額を増やしたりもした。

 しかし、どれほど試行錯誤しても、あの頃の俺はちっとも強くならなかった。

 それどころか、ジリジリとデュエルランキングは下がる一方。


 そんなときにユイさんと出会ったのだ。

 本質的に同じような悩みを抱えていた俺とユイさん。

 ユイさんが課金額を上げられたのに対し、俺はそれも諦めた。

 結論は違っても、強くなりたくてもがいていたと言う点で、俺はユイさんの気持ちが痛いほど分かるのだ。


 あのとき、俺にもし課金する環境が調っていたら……。

 そして、どんなに課金しても敵わない相手が出てきたら……。


 俺もユイさんと同じように晒しをしたかもしれない。

 なりすましやスパイ、複垢で少しでも有利にしようとしたかもしれない。

 マクロだって、皆がやっていると思えばそれに手を染めていたかもしれない。


 だから、これ以上言っても、俺にはユイさんをどうこう出来ないことが分かってしまったのだ。


 だってそうだろう?

 立場が違えば、俺もゴッドみたいになっていたのだから……。





「過去ログ、拝見しました。そうですか、全部言ってしまわれたのですね」

「だからなに? 僕が悪いとでも言いたいの? だから謝れとでも? でも、僕は謝らないし止めないよ。僕は目一杯課金してゲームに貢献してきているのだから、このくらいやってもいいはずだよ」

「……、……」

「罪深いのはまったりの方でしょ。無課金なのにせこいことばかりしてゲームを食い物にしてさ。あんな奴がいるから三国志CVから人がいなくなるんだよ。スサノオさんだって分かってるだろう? 最近、プレイする人が減っているのを」

「……、……」

「まあ、僕がいくら言っても、創生の勇者の人達は僕が悪いと思うんだろうけどさ。だけど、それで全然構わないよ。だから、HTTを作ったんだから。創生の勇者も、覇記も、実力でねじ伏せてあげるよ」

「……、……」

「まったりが化物? 笑っちゃうよ。不正やチートをすれば、誰だってあの程度のことは出来る。あいつは単に運がよかっただけ。誰もやっていなかったから、一時、いい目をみるだけさ」

「……、……」

「ジョーさんもスサノオさんも、早く目をさました方がいいよ。あんなイカサマ野郎に取り入ってみても、長い目でみたらバカバカしいだけだからさ」

す、スサノオさん?

 なんでなにも言わないんだ?





「ゴッドさん……。私はあなたを凄い人だと思っていました」

「あはは、そりゃあどうも(笑)」

「しかし、それは錯覚だと気がつきましたよ」

「な、なにぃ?」

スサノオさんは、ユイさんからのいらえが途絶えると、少し間を置いてからおもむろに語り出した。


「私もあなたほどではないですが、立派な重課金です。なにもいわれなくても覇記のノルマである五万円以上課金していますから」

「……、……」

「ですが、私にとって月に五万円というのは安い趣味なんですよ。少し高い店に飲みに行ったりすれば一晩でそのくらいかかることも多々ある。職場の仲間とゴルフにでも行けば、その何倍もかかりますしね」

「……、……」

「ゴッドさんがどういう環境で課金をしているか私には分からないです。ですが、私も同程度の課金が出来ないかと言われればそうでもない。生活に支障なく小遣いの範囲でできますよ」

「……、……」

「ですがね。私はいくら課金しても自身の望みを満たす答えに辿り着く自信がなかった。もっと言うと、課金額の多寡で勝負が決まる三国志CVに強い不満がありましたよ。だから、そこそこの課金で遊んでいるのです」

「……、……」

「まったりさんは、私が求めているものを最初から持っていた。課金もしていないのに……、です」

「……、……」

「誰よりもゲームを楽しみ、制限のある中でも常に強くなる方法を模索する。そして、課金者との距離を正確に量ってそれを埋める努力をする」

「……、……」

「ゴッドさんも見たでしょう? あの防御特化デッキを……。彼はあれをゲームを始めて二ヶ月で完成形にしたのです。他の誰ができますか、そんなことを」

「……、……」

「彼の言うゲーム能力……。私が本当に欲していたのは、まさにそれなんです。いや、ゲーム能力と言うと分かりにくいですね。卓越した観察眼と先を見通す力。そして、相手を誰よりも理解しようとする優しさですよ」

「……、……」

「今、私は三国志CVが面白くて仕方がない。もう還暦をとうに過ぎたこの私がです。自身が育てた諸葛亮デッキが風前の灯火になろうとしているのに、その流れに抗うのが楽しいのですよ」

「……、……」

「ギルド戦のときのワクワク感などは、自分でも恥ずかしいくらい若者のときのそれでしたしね」

「……、……」

「ゲームでこんな気持ちになるなんて思いもしませんでした。それもこれもまったりさんのお陰です。いくら敬意を払っても払い足りないくらいです」

「……、……」

そうなんだよ、ユイさん。

 俺もスサノオさんと同じなんだ。


 あいつは感に障るようなことも言うし、自分がなんでも正しいみたいな態度も許せない。

 だけど、こんなにゲームが楽しいと思えたのは、明らかにまったりのお陰なんだよ。

 悔しいけど、俺がギルマスをしているだけでは、創聖の勇者のメンバーがこんなに盛り上がることもなかった。

 もちろん、ギルド戦だって勝てなかったに違いない。


「申し訳ないですが、私はゴッドさんやその複垢がどうなろうとあまり興味はないです。ですから、ジョーさんのように止めさせようとは思いません」

「……、……」

「自由になさったらいかがですか? それでどうなろうと自業自得でしょう」

「……、……」

「ご本人が大丈夫と言っている以上、その責任の範囲内で楽しめばいいだけのこと」

「……、……」

「ただ……。まったりさんの危惧は必ず当りますよ。それはもう怖いくらいに。私も色々なゲームをやり、様々な人と関わりをもってきましたがこんな人は初めてです。奇跡と言ってもいいくらいです」

「……、……」

「ゴッドさん……。HTTでしたか。そこの垢は助かりませんよ。課金しているのはあなただけではない。人の集まるところには秩序と言うものが出来ますので、それを乱す者は淘汰されるのです。それが社会の理と言うものです」

「……、……」

ユイさんはすっかり黙ってしまった。


 俺はスサノオさんがこんなに厳しいことを言うのを初めて見た。

 いつも俺には凄く親身になってくれるスサノオさんなのに……。


 だけど、こういうのがリアのスサノオさんなんだろうな。

 ゲームの中にいるときにはない厳しさだったり、威厳だったりがあるのが。

 大きな病院の院長だそうだけど、そういう雰囲気が出ているよ。

 たしかにこの人は人の上に立って生活してる。

 俺にもそれが実感出来たよ。





「ちわっす。ああ、やっぱユイさんも来てたんっすか」

突然、まったりがチャットルームに入ってきた。

 まだ12時になるにはもう少しあるが、まったりなりに心配だったから用事を済ませて早く戻って来たのだろう。


 やっぱ……、と言うことは、俺がユイさんをここに呼ぶことが分かっていたのか。

 そうか……。

 だから俺とまったりが話していた過去ログが消えていたのか。


 まったく、いつもいつも……。

 あいつの見通しのよさには、驚かされるよ。





「僕、なんだか責められるだけみたいだから、もう落ちるよ。なんで垢の他人にこんなに責められなきゃいけないの?」

「ああ、落ちてもいいっすよ。多分、もう用は終わったと思うっすから。スサノオさんなら、勝手にすればいいと言ったんじゃないっすか?」

「うるさいなっ! 余計なお世話だよっ!」

「www。それは失礼したっすねwww。だけど、重大なことを教えてやるっすよ」

「じゅ、重大なこと?」

「HTTの垢っすけどね。あれ、全部垢バンされたっすよ。つい、二、三分前のことっす」

「えっ? ま、まさかっ?!」

「疑うのなら見てみればいいっす。イベントランキングを見ればごっそり抜けてるのが分かるっすから」

間に合わなかったか……。


 俺はユイさんだけは残してもらいたかった。

 たとえもう二度と同じギルドにならなくても、一度は本気で仲間だと思った垢だから。


「たしかに消えていますね。私が先ほど確認したときには、まだありましたが……」

「これ、覇記のメンバーが通報したんっしょね。20位近辺に何人かいるっすから、ユイのHNを見て誰かが気がついたっしょ」

「そうかもしれませんね」

「自分の予想よりちょっと早かったっすけど、まあ、あれだけ露骨にやればバレるっすよね」

俺もすかさずイベントランキングを確認する。


 ああ、ない……。

 さっきまで11位にいたユイさんの垢が……。


 どうして分かってくれなかったんだ。

 それともこれで満足なのか、ユイさん。


 俺は悲しい。

 猛烈に悲しいよ。


 冷静に話をするスサノオさんとまったりのコメントが、俺には突き刺さるかのように感じられる。


「どうせ勘違いしてたっしょ。重課金者は垢バンされないとかって」

「……、……」

「けど、重課金なのはゴッドだけっしょ。他のは単なる不正をする迷惑垢っす。多分、運営はあんたの複垢だと分かってたはずっすけど、それでも斬ったってことはそれだけ許されないことをしたってことっす」

「……、……」

「これ以上なにかすると、今度は複垢だけじゃ済まないっすよ。間違いなく本垢のゴッドも斬られるっす。よかったじゃないっすか、複垢だけで済んで」

「……、……」

どうして俺の言葉を信じてくれなかったんだよ。

 あんなに言ったじゃないか。

 時間がない……、って。

 不正なんて許されない……、って。


 なあ、まったり……。

 もしかして、ユイさんは壊れてしまったのか?

 おまえが言っていた壊れるって、こういうことか?

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