第25話 言うしかなかった
「なんとかならないのでしょうか?」
「そう言われても、自分は運営じゃないっすからね」
「いえ、ユイさんを止める方法です。今、新しく作った垢を放棄すれば、なんとかなりませんか?」
「どうっすかね……。それってジョーさんが説得するってことっしょ?」
「はい」
「可能性はない訳じゃないっすけど、薄いっすね。そもそも、創聖の勇者が受け入れなかったからこんな手段に出たんっすから。だけど、ジョーさんならちょっとだけ可能性があるかもっすね」
「ですよねっ! だけど、なんて説得したらいいか分からないです。俺、なにもしてあげられないですし……。ギルマスだから受け入れることも出来ない」
「こういうの、小細工しても仕方がないっすよ。真っ正面から、すぐにバレるから止めろ……、って言うしかないんじゃないっすか?」
「それでユイさんが納得してくれるでしょうか?」
「なんとも言えないっすね。だけど、ジョーさんにその気があるんなら、やってみるしかないっしょ」
俺は動悸が激しくなるのを感じた。
緊張感と言うか、圧迫感と言うか、言いようのない感情が胸を締め付ける。
「では、ダメもとでやってみますっ!」
「そっすね。ただ、多分、あんま時間がないっす。あいつ、派手にやり過ぎてるんで、すぐに誰かに気づかれるっすよ。通報されたらその時点でアウトっす」
「分かりました。では、すぐにメールを出します」
「……、……」
俺はチャットルームをそのままに、ユイさんのプロフィールを開けた。
そして、メール画面に入ると慌ただしくキーボードを叩く。
「ユイさんっ!
ジョーです。
新しいギルドでやってること、すぐに止めて下さい。
それに、新しい垢も全部破棄して下さい。
それ、危ないですっ!
下手すると垢バンされてしまいますっ!
他の奴がイベントランキングに気づかない内に……」
俺は必要最小限のことだけを書くと、送信ボタンを押した。
具体的な不正内容を書いて、あとで証拠が残るようなことがあると拙いと思ったからだ。
だが、これで通じるだろうか?
それに、このメールをユイさんがすぐに読んでくれるとも限らない。
「じゃ、悪いっすけど、自分、落ちるっすね。日付が変る前にやらなきゃいけないことがあるんで」
「了解しました。ありがとうございます、報せてくれて」
「まあ、なるようにしかならないっすから、ジョーさんもあんま心配し過ぎないようにしてくれっす。この間もスサノオさんに言ったんっすけど、決めるのは本人っすからね」
「……、……」
「あと、用事が終わったらもう一回ここに来るんで、なんかあったらコメントを残しておいてくれっす」
「了解です。すいません、お忙しいのに……」
「まあ、好きでやってるゲームっすからねwww。手間を掛けるのが嫌なら、最初っからやらないで寝てるっすよwww」
「……、……」
まったりはそこまで言うと、すかさずチャットルームから落ちた。
俺はチャットルームに入ったまま、三国志CVのメールボックスを凝視する。
インしててくれ……、ユイさん。
俺、もう創聖の勇者の仲間ではないと思っているんだ、ユイさんのことを。
だけど、それでも一緒にゲームを楽しんだことを後悔していない。
きっと、ユイさんにとって、大切だったのは本垢のゴッドだけだったんだよな。
分からないではないよ。
いっぱい課金して、必死になって頑張った垢なんだろうからな。
でも、俺にとって大事なのは、ゴッドじゃなくユイさんそのものなんだよ。
無課金でも弱くても構わないんだ。
俺は垢と喋っていたんじゃない。
ネットの向こう側にいる、あなた自身と話をしていたんだから。
不意にメールボックスが点灯する。
「きたっ!」
俺は鋭く叫び、メールボックスを開ける。
「こんばんは。
ジョーさん、心配してくれたの?
大丈夫だよ。
だって、やってるの僕だけじゃないよ。
創生の勇者のメンバーでも、やってる人いるでしょう?(笑)
そうじゃなかったら、あんなに急に強くなったりしないしね。
僕だけが垢バンされちゃうなんてこと、あるわけがないもん。
僕さ……。
真面目にやってるのがバカらしくなっちゃったんだよね。
こっちが一生懸命やってても、不正をして俺ツエーしてる人の方がいい思いが出来るんだからさ。
だから、気にしないでよ。
僕も最強のギルドを作って、俺ツエーするんだから」
ゆ、ユイさん……!
それは誤解だよ。
不正して俺ツエーしてる人なんて、創聖の勇者にはいやしない。
ユイさんの言ってるのは、まったりのことだろう?
たしかにあいつのデッキは異常だよ。
不正でもしなきゃ、あんなデッキが出来上がるとは思えないよね。
でもさ、違うんだよ。
あれは、信じられないだろうけど、無課金のあいつが先を見通しまくって作ったものなんだよ。
何日も徹夜してさ。
「勘違いだよ、ユイさんっ!
ユイさんの言っているのはまったりさんのことだろう?
全然違うんだ。
俺はずっとまったりさんから話を聞いていたから、あのデッキのことも信じられる。
とにかく時間がないんだ。
通報されたら終わりなんだよ。
そうは言ってもすぐには信じられないよね?
だったら、ここに来てよ。
来てくれれば、俺がキチンと説明するから。
頼む。
ユイさんが垢バンされるなんて、俺は嫌なんだよ」
俺は、「ここ」の部分にチャットルームのURLを埋め込むと、手早く返信をする。
まったりに無断でこんなことをして拙かったのかもしれない。
だけど、俺にはこの方法しか考えつかなかった。
メールで話している内に垢バンされてしまえば、連絡もつけられなくなってしまうから。
「こんばんは~」
「ゆ、ユイさんっ!」
「なんか殺風景なチャットだね。過去ログも一つも残ってないし。もしかして、僕のために用意してくれたの?」
「いえ……。そうではないですけど、とにかく緊急事態なのでっ!」
来たっ!
これで俺がユイさんを説得さえできれば、とりあえずなんとかなる。
ユイさん……。
マジで心配してるんだ。
頼むから俺の話を聞いてくれ。
「ユイさん……。メールでも話した通り、時間がないんだ。だから要件だけを言うよ。頼むから、HTTの他の垢を破棄してマクロなんか止めて欲しい」
「だから言ったじゃん。僕だけじゃないよ、マクロをやってるの。でも、それで運営に垢バンされた人なんて聞いたことがないでしょう?」
「だけど、それは発覚してないからなだけでしょ。バレたら絶対に垢バンだよ。ちゃんと規約にも書いてあるらしいし……」
「僕が垢バンされるなら、まったりはどうして垢バンされないの? あいつ、二周年イベントで派手にやってたじゃない。僕なんかカワイイ方だよ。ちゃんとランカーに迷惑をかけないように、11位以下にしてあるんだしね」
ああ……。
やはり勘違いしているのか。
気持ちは分からないではないよ。
一週間、ほとんど寝ずにひたすら単純作業をしていただなんて、俺だって信じられなかった。
だけど、あいつはガチャで自分だけいい思いをすることだってできたんだ。
なのに、俺やスサノオさんには教えても、本人はそんなのやる気もなかった奴なんだよ。
そんな奴が、マクロなんて不正をするわけがない。
あいつは異常なんだ。
そうとしか言えないけど……。
「ユイさん……。まったりさんが垢バンされないのは、バレてないからじゃないですよ」
「どういうこと?」
「あれ、信じられないかもしれないですが、自力でUR呂布を重ねています。本人が言っていました。一日一時間睡眠でずっと張り付いていた……、と。UR呂布がレイドの褒賞になることを見越して、仕事をやり繰りしていたのだそうですよ」
「あはは(笑)。ジョーさんって、やっぱお子ちゃまだね。そんな嘘をまともに信じたの?」
「いえ……。ユイさんだって知っているでしょう? まったりさんは二周年イベントが終わったらランキング1位になるって宣言していた。それに、二周年イベントで手に入れられるのは、すでに出ているけど皆が使っていない凄く使えるカードと、それを活かすことが出来るカードだ……、って。これ、彼のデッキを見れば一目瞭然じゃないですか。UR陳宮とUR呂布のことですよ。UR呂布のとんでもないステがあって初めてUR陳宮のスキル、バーサクが活きるんです」
「でもさ、百歩譲ってまったりが予想していたとしても、だからマクロをやっていなかったって証拠にはならないよ」
「そ、それは……」
「ほらね、言葉に詰まった(笑)」
ゆ、ユイさん……。
どうして分かってくれないんだ。
俺が嘘をユイさんに嘘を言うわけがないだろう?
そんなことも分からなくなっちゃったのか?
「いえ……。詰まってませんよ。俺はずっとまったりさんのイベントポイントを見てましたから。彼は一時間に10000P程度しか稼いでいません。計算すると分かりますが、一時間に10000Pだと張り付いていた以外の答えがないんですよ。スサノオさんが言っていましたけど、ずっとポイントが増え続けていたらしいですしね」
「そんなの、マクロを調節しただけでしょ。どうやったのかは知らないけど。大体、そんなに起きていられないよ、人間って。僕は信じない。ジョーさんがなにを言ってもね」
「彼は不正なんかしないです」
「どうしてそんなことが言えるの?(笑)」
「俺、まったりさんからガチャの確率を操作する方法を聞いたんです。何処からそんな発想が出てくるのか分からないけど、たしかに結果はあっていた。俺がUR諸葛亮を引けたのも、偶然その条件が揃っていたからですよ」
「あはは(笑)。ジョーさん、チートしてUR諸葛亮を引いたんだ」
「違いますっ! UR諸葛亮を引いてからその方法を知ったんですよ」
「ふーん(笑)」
「いや、俺のことはどうでもいいんです。言いたいのは、そのガチャの確率を操作する方法を、まったりさんは自身では絶対に使わない……、って。だから彼のデッキには今もHRが入っている。それはユイさんだって知っているでしょう? ガチャの確率を操作出来る人間が、HRなんか使いますか?」
「彼は無課金なんでしょう? だったら、まだいいカードを沢山引くほどガチャを回していないだけじゃないの? 確率操作の方法を知っていてそれを使わない人なんていないよ(笑)」
「いやっ! 俺も、スサノオさんも、知っているけど使ってないですよ」
「えっ?」
「なぜか分かりますか? そんなものを使って一時いい目をみても、まったりさんには勝てないからですよ。あの人はそんなものでどうこうなるレベルにいない。俺もスサノオさんも、あの人に勝ちたいからこそ確率の操作になんか頼らないんです」
「……、……」
気持ちは分かるよ、ユイさん。
だけど、あいつは絶対に不正なんかしない。
それどころか、自身に制約をかけて喜んでる奴なんだ。
俺も、スサノオさんも……。
いや、創聖の勇者の皆だって、それを知ってる。
ユイさん、本当に時間がないんだ。
分かってくれっ!
頼むよっ!
「ジョーさん……。僕ね、覇記に移籍して思ったんだ」
「……、……」
「ランカーの人達って、本当に頑張ってるんだよ。ジョーさんや創聖の勇者クラスの人には分からないだろうけど」
「ゆ、ユイさん?」
「覇記の課金ノルマは五万円なの。毎月それだけガチャを回さないと追放だったの。僕はギルマスの人と知り合いだったから特別に許されていたけど、皆、本当に強くなるために真剣なんだ」
「……、……」
「だからね、まったりみたいな人を見るとイラっとくるの。だってそうでしょう? あの人、課金はしないしチートやマクロでいい目ばかりみてるんだもの。そうじゃなかったらあんなに強くならないよね?」
「……、……」
「僕、他のゲームもやってるんだけど、そっちにもいたよ。やたらとしつこくて相手の嫌なことばかりする人が……。そう言う人達は皆、スパイを使って相手のことを覗いてるんだ。そっちのゲームにもギルドみたいなのがあるんだけど、スパイを使ってズルする人ばかりなんだよ」
「……、……」
「僕はそう言う人達となんで真面目に戦わなくてはいけないの? 僕だけが損したらバカみたいじゃない」
「……、……」
「だから、なんでもやれることはやろうと思ったの。だから止めないよ。僕だけが損するなんて絶対におかしいもの」
「……、……」
ダメだ……。
ユイさんは俺が言ったことをまったく信用していない。
どうしたら分かってもらえるんだ。
俺がこんなに一生懸命頼んでもダメなのか?
「だから、晒したんですか?」
「えっ?」
「まったりさんのなりすましも、ユイさんですよね?」
「な、なにを言ってるの? 僕がそんなことするわけがないでしょっ! いくらジョーさんでも、言っていいことと悪いことがあるよっ!」
「それだけじゃない。ユイさん……。いや、ゴッドさんってお呼びした方がいいですか?」
「じょ、ジョーさん……っ?!」
「もう全部分かってしまってるんですよ。ユイさんがゴッドさんの複垢で、創聖の勇者のスパイに入っていたことも」
「……、……」
「まったりさんを晒したのは、その他のゲームでまったりさんに負かされたからでしょう?」
「……、……」
「創聖の勇者を辞めたのも、仕事の関係じゃない。タゴサクさんを引き抜くメドが立って、もういる必要がなくなったからだ。まったりさんや俺達だけじゃ、覇記の相手にはならないと考えたからでしょう?」
「……、……」
「まったりさんは、全部見抜いていましたよ。ユイさんがゴッドさんの複垢であることもね。デッキを見れば分かるんだそうです。そういう化物なんですよ、あの人は……」
「……、……」
「マクロの件も、あの人が気づいたんですよ。他の誰も気がつかなかったのに……」
い、言っちまった……。
これだけは言わないでおこうと思っていたのに。
だけど、こうでも言わなきゃ、ユイさんは分かってくれない。
いいんだ、ユイさん。
全部分かった上で俺はユイさんと話してるんだ。
怒ってないし、騙されたとも思っていない。
なあ、もういいだろう?
潔く認めて、HTTの垢を破棄してくれよ。
もうそれしかないんだ。
なあ、ユイさん……。
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