第24話 不正

「ジョーさんは本当にそれでいいのですか?」

俺が一通り話したあと、少し間を置いてスサノオさんが尋ねてきた。


「ええ、俺自身が決めたことです。だから、俺がキッパリと断ろうと思います」

「そうですか。ですが、そうなるとユイさんとの縁は切れることになりますが、それでも構わないのですね?」

「はい」

「……、……」

スサノオさんはそこまで俺に尋ねると、しばらくコメントを返してこなかった。


 ……と言うか、ユイさんが創聖の勇者に戻るのを最初に反対したのは、スサノオさん自身じゃないか。

 それなのに、今更俺に念押しをするのか?


「実は……。先日、ここで三人で話したあと、メールでまったりさんに言われていたのです」

「なにをです?」

「ジョーさんは必ず自身で断ることを選択する……、と」

「えっ? どういうことです?」

「どうしてそういう結論に至ったのかは私にも分かりません。ですが、ジョーさんが私に相談してきたときには、自分のせいにしてジョーさんにゴッドの恨みを背負わせないように……、と」

「……、……」

「自分はすでにゴッドの恨みを買っている。だからこれ以上恨みを買ってもどうってことがない……、と。まったりさんが強硬に反対したからジョーさんが断らざるを得なかったことにするように、と言われたのです」

「な、なんでそんなことを……。俺だって覚悟の上なんです。ユイさんが仲間だと思えなくなったから断るだけで……」

まったりの奴っ!

 俺がどんな気持ちで決断したのか分かっているのか?


 いや、分かってないんだろうな。

 だからこんなことを言い出したんだろう。


 ちっ……。

 格好つけやがって。

 俺がまだ学生だから舐めてるのか?

 それとも、大人の余裕をかましているのか?


 いずれにしても迷惑だよ。

 俺ももう一人前の男だ。

 自分のことは自分でなんとかできる。

 余計なお世話を焼くなよっ!





「ジョーさん……。まったりさんの話には、まだ続きがあるのです」

「続き?」

「ええ……。最後まで聞いてから判断なさって下さい」

「……、……」

ま、まさか、俺がなおも自分でユイさんに伝えると言い張ることを予想していたとでも言うのか?


 まったりならそういうこともあり得るかもしれない。

 だけど、俺は自分で決めたんだ。

 まったりがいかに言おうと、俺は俺自身の決断を貫く。


「ジョーさんから拒否させないのは、もちろんジョーさんのためでもあります」

「……ためでも?」

「ですが、これは主にゴッドさんのためなのだとまったりさんは仰るのです」

「えっ?」

「よく考えてみて下さい。この三国志CVの中で、今のゴッドさんが頼れる相手が誰かいますか? ジョーさん以外に……」

「……、……」

「彼は非常に追い込まれている。そのときに唯一信頼しているジョーさんから引導を渡されたら、精神的に立ち直れないですよ」

「……、……」

「まあ、ジョーさんにそれに気づけと言っても難しいと思います。かく言う私も、ゴッドさんが立ち直れないほどのダメージを受けることに気がつかなかった」

「……、……」

「ですが、言われてみれば当然なのです。彼は、推定ではありますが何百万も課金している。その上、複垢を遣っていることからも分かりますが、イン時間も長い。覇記の中心メンバーとしてゴッドを操り、創聖の勇者ではあれだけジョーさんと話をしていたのですから」

「……、……」

「つまり、彼の三国志CVに対する執着は尋常ならざるものがあるのです。今風に言うと、三国志CVに依存しているとさえ言えます。そこで絶望したらなにが起るか……。」

「な、なにが起るんです?」

「まったりさんは、壊れる……、と仰っておられました」

「こ、壊れる?」

「人格か、生活か、健康か、プライベートか、リアの人間関係か、経済的な面か……。いずれの面で壊れるかは分からないそうですが、必ず破綻がくるそうです」

「……、……」

お、俺のためだけじゃないだと?

 ゴッドのため……。


 だけど、それは自業自得なんじゃないのか?

 あいつは覇記でも創聖の勇者でも、専横や裏切りを重ねたんだ。

 その上、晒しやなりすましまでしている。

 全部、自分自身が原因で追い込まれただけじゃないか。


 それなのに、全部許すとでも言うのか、まったりは?

 その上救ってやるとでも?


「ですが、今ならまだ壊れなくても済むかもしれない……、と」

「まったりさんが恨まれるのなら、それだけで済むってことですか?」

「その可能性があると仰っていました」

「……、……」

「ただ、それも可能性に過ぎないそうです」

「……、……」

「決めるのはあくまでもゴッドさん本人。なにを選んでどうなるかは、他人には分からない……、と」

「……、……」

「だから、最後の可能性まで断ち切ってはいけないのだそうです。それくらいは縁があって知り合ったのですから仕方がない……、と。武士の情けってこういうものっしょ……、と笑っておられましたよ」

「……、……」

俺は、次のコメントを入れられなかった。


 まったりはゴッドに随分と酷いことをされたのだ。

 普通なら絶対に許さないようなことを。


 それなのに、どうしてそんなに相手のことを許せる?

 結果的にまったりが勝ったからか?

 それとも、憎くないとでも言うのか?


「ジョーさん……。私も最初はゴッドさんを許せなかった。だから、すべて自業自得だと思っていたのです」

「……、……」

「ですが、いくら熱中し執着したとしても、所詮、これはゲームなんです」

「……、……」

「そのゲームで起ったことくらいで、他人の人生を決めてはいけないですね。私も年甲斐もなく熱くなって、そのことに気がつかなかった。お恥ずかしい話ですが……」

「……、……」

「ですから、まったりさんに言われたときにハッとしましたよ」

「……、……」

す、スサノオさん。


 いや、気がつかなかったのは俺の方だよ。

 スサノオさんはたしかに熱くなってはいただろうけど、いつもちゃんと分別のある考えを持っていた。


 だけど、俺はどうだ。

 ギルマスなのに、自分自身の気持ちばかりを優先していたし、ギルドメンバーでもあったユイさんの気持ちなんて考えもしなかった。


 そうだよな。

 俺がもっと大人なら、ユイさんだって創聖の勇者を辞めなかったのかもしれない。

 そうすれば、まったりに手ひどく負かされることもなかったのかも……。


「ね、ジョーさん。だから、まったりさんの言う通りにしましょう。ユイさんには私の方からメールをしておきますから」

「……、……」

「それが、ジョーさんのためでもあり、ユイさんのためでもあるのではないですか?」

「……、……、はい」

俺はぐうの音も出なかった。


 まただ……。

 また、まったりに先を見通された。

 しかも、俺はそれに抗うこともできない。


 くそっ!

 俺って、なんて浅い考えしか持ってないんだ。

 それに、他の人の気持ちも分からない。

 ユイさんは大事な存在だったんじゃないのか?

 仲間だったんだろう?


 だったら、ギルドにいようがいまいが、ユイさんのためになることを考えてあげるしかないじゃないか。

 それなのに、俺は……。

 自分のことしか……。





 スサノオさんは、それからすぐにユイさんに返事をしたそうだ。

 ギルド内で強硬に反対され、俺が折れたと……。

 特に強硬だったのがまったりで、もしユイが戻ってくるのなら自分が辞める……、とまで言ったことにしたらしい。


 その辺のことは、スサノオさんとまったりの間でどこまで打ち合わせがあったのか、俺には分からない。

 だけど、全部俺とユイさんのためであることは間違いない。

 きっと、ユイさんにはそれは分からないだろうけど。





 それから一週間ほど、俺はユイさんからのメールを待っていた。

 スサノオさんの方になにか返事が来たのではないかと聞いてみたが、なにもリアクションがないのだそうで、どちらにもメールは来ていない。


 俺はユイさんに罵倒されてもいいと思っていた。

 それでユイさんが壊れないでいられるのなら……。

 甘んじて受け入れ、黙って見守るつもりだったのだ。


 だから、返信してもらいたかった。

 どんなに短い返事でも、とてつもない悪態が書いてあっても、それはそれで仕方がないから……。


 そうこうする内に、ゴッドが覇記から追放されたことが7ちゃんで話題となった。

 7ちゃんでは、ユイという垢については一切触れられていなかったが、俺がデュエルランキングで確認したら、ユイさんの所属ギルド欄は空欄になっていた。


 ユイさんが今どうしているのか、俺には分からない。

 一応はデュエルランキングに載っているところを見ると、ボッチになっても続けているのだろう。

 ゴッドは相変わらずデュエルランキングで2位のままだし、傍からは覇記を辞めただけでなにも変らないように見える。

 まったりが言うところの、壊れる……、状態にはなっていないように、俺には感じられていた。





「ちわっすwww」

「えっ? まったりさんじゃないの。どうしたの、最近チャットに顔を出さなかったのに、突然?」

「ちわっす、さけべんさん。自分、この時間に顔を出したことはほとんどないんっすけど、今日はちょっと用があってきたっす」

「用? あ、ジョーさん? ならいるはずだよ。さっきまで話していたから。バイト終わりでインしてるって言っていたよ」

まったり?


 どうしたんだ、こんな時間帯に現れるなんて。

 まだ、9時台だぞ。

 それに、用ってなんだよ。

 さけべんさんが言うように、俺に用なのか?


「こんばんは、まったりさん」

「あ、ちょうどよかったっすwww。ジョーさんに用があったっすよ」

「俺に……、ですか?」

「そっす。ちょっとここだと話しにくいんで、悪いんっすけど例のあそこに来てくれないっすか?」

「はあ……」

「あと、スサノオさんはいないっすか? いたら一緒に来てもらった方が手間が省けて助かるんっすけど」

「いえ、スサノオさんはいないですよ。家族と外食なんだそうです。帰ったらインするって言ってましたけど、遅くなりそうだと……」

「そっすか……。じゃあ、インしたらジョーさんが伝えてくれないっすか? 自分、これからまだ仕事があるんで、あんま長い時間いられないんっすよ」

「それは構いませんが……」

「そっすか。じゃあ、早速、向こうで話すっしょ。すまんっす」

なんだよ、慌ただしい。


 だけど、これは間違いなくユイさん絡みだな。

 まったりが仕事で忙しそうなのにわざわざインしてきたところを見ると、かなり大事に違いない。


 ユイさん……。

 頼むからもう無茶をしないでくれ。

 俺、これ以上ユイさんがダメになっていくの、見ていられないよ。





「わざわざすまんっす。でも、多分、まだ自分しか気がついてなさそうなんで、言っておこうと思ったんっすよ」

「もしかして、ユイさんのことですか?」

「そっす。もしかして、ジョーさんも気がついたっすか?」

「あ、いえ……。俺がそう思ったのは、まったりさんがここに誘うときは、必ずユイさん絡みのことなので」

「ああ……、そっすねwww。でも、察してくれてるなら話が早くていいっすwww。早速、本題に入るっすね」

「ええ……」

なにに気がついたんだ、まったり?

 ユイさんがどうしたって言うんだ?


「イベントランキングなんっすけど、今、確認してもらってもいいっすか?」

「イベントランキングですか? はい、すぐに見ますけど……。何位くらいを見たらいいんですか?」

「あ、ランカーのすぐ後ろくらいっす。10位台を見てくれっす」

「……、……」

「見たっすか?」

「あっ! これ……」

「そっす、ユイっす。11位にいるっす」

「……、……」

ど、どういうことだ?

 もしかして、課金し始めたのか、複垢まで……?


「それと、ユイのギルド欄見てくれっす」

「HTTって書いてありますね」

「そのHTTのギルド紹介も見てくれっす」

「はあ……。えっ……、ええっ?」

「www、ユイがギルマスなんっすよ」

「ユイさんが、ギルマス?」

おかしい。

 俺が数日前に確認したときには、間違いなく所属ギルド欄は空欄になっていた。


 ……と言うことは、つい最近になってギルドを立ち上げたってことか?

 だけど、なんのために……。


「まだ驚くのは早いっすよ」

「……、……」

「イベントランキングをもう一度見てくれっす」

「はい……」

「11位から19位まで、全部HTTっしょ」

「ああっ!」

「しかも、ユイ以外のメンバーは、軍団長が全部SR李厳なんっすよ」

「SR李厳と言えば、先週のイベント褒賞だったやつですね」

「そっす。つまり、ユイ以外は全部新規の垢ってことっす」

「新規……? ま、まさか……」

「そっす、そのまさかっすよ。このHTTにいる垢、全部ゴッドの複垢っす」

「そ、そんな……」

だけど、そんなことがあり得るのか?

 イベントランキングの10位台に載るのなんて、単垢の俺だって大変なのに。


 しかし、たしかにまったりの言う通り全部新規の垢なことは間違いなさそうだ。

 そもそも、新規の垢でこんな上位に入れるものなのかという疑問も湧いてくる。


「HTTメンバーのイベントポイントも見てくれっす」

「……、……」

「ユイが143400Pで、19位のジュンが142100Pっす」

「ですね……」

「同じギルドのメンバーが、イベントランキングにこんな僅差で固まってるって、普通、ありえないっしょ」

「ええ……」

「それに、HNを見ても複垢臭いっしょ。ユイ、ミオ、リツ、ツムギ、アズサ、ウイ、ノドカ、ジュン、サワコ……。これ、なんかのアニメのキャラっすか? 自分、そういうのに疎いんで分からないんっすけど。ギルド名のHTTもそれに絡んでそうっすね。ジョーさん、知らないっすか?」

「いえ……。俺もあまりアニメとか観ないので」

「でも、これ、どう考えても複垢としか思えないっしょ、ゴッドの」

「……ですね」

まったりの言う通りだ。

 これは全部複垢に違いない。


 だけど、こんなに獲得ポイントが揃ってるなんて不自然だ。

 一人で九垢もやるなんて、どんなに時間があっても不可能のはずだし。


「HTTの垢は全部無課金っしょ。そうじゃなきゃ、軍団長に李厳は入れないっす」

「……、……」

「だとすると、このポイントを九垢で実現するには、多分、ランカーの三十倍くらい張り付いてなきゃ無理っす」

「さ、三十倍って……。ランカーの人が一日一時間以下なんてことは考えられませんから……」

「そっす、ゴッド一人の力じゃ不可能ってことっす」

「では、友達にでも頼んだのでは? それなら一応可能ですけど」

「いや、それでも無理なんっす。自分、さっきユイのポイントが動くの見てたんっすけど、一時間に20000P以上稼いでたっすよ」

「に、20000Pですか?」

「そっす。自分が最善の効率で回して10000Pちょっとっすから」

「……、……」

「無課金の人力じゃ不可能なんっす。だけど、軍団長が無課金だって物語ってるっす」

「……、……」

つまり、どういうことなんだよ、まったり?


 ユイさんはなにをやってるんだ?

 それに、どうやってこんなポイントをゲットしてるんだよ。


「これ、マクロっしょ」

「マクロ?」

「そっす。自分はあんま詳しくないんっすけど、簡単に言うとツールに繰り返しの単純作業をやらせるんっす」

「……、……」

「ツールは入力作業とかにロスがまったくないんで、人力の何倍もの効率で作業をすることが可能なんっす」

「……、……」

「つまり、これは不正っす」

「……、……」

「三国志CVの規約にも禁止事項として載ってる、違反行為っすよ。バレれば間違いなく垢バンっす」

「あ、垢バン……?」

ゆ、ユイさん……。


 どうして不正なんか。

 しかも、新規の垢をこんなに作って……。

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