第23話 メール
創聖の勇者はギルド戦を全勝で終え、見事優勝を果たした。
覇記に勝ってからは勢いもあったのか、どの戦いも大差で勝ち、我がギルドながら危なげのない戦いぶりだった。
ギルド内は優勝に気をよくしたのか、それとも三国志CVの魅力を再確認したのかは分からないが、課金者が増えた。
いや、正確に言うと、微課金者が標準的な課金者に、標準的な課金者は重課金者へと変っていった。
だから、ギルド戦の最終盤では、
「もっと相手と戦いたい」
「ギルド戦を毎月開催にしてもらいたい」
なんて声まで出ていたくらい、メンバーの皆が三国志CVにのめり込んでいた。
そんな中、バーサクデッキと言う革命を起こしたまったりは、ギルド戦が終わるとパッタリ姿を見せなくなった。
まあ、あいつのことだからインはしているのだろうが、ギルド戦が始まる度に顔を出していたことを考えると、少し物足りない感じがする。
ギルド戦で変ったのは創聖の勇者ばかりではなかった。
いや、変ったと言う意味では創聖の勇者よりも覇記の立ち位置の方が、遥かに変ったと言える。
覇記は、予想通りゴッドを追放しようとしていた。
その辺の事情は、7ちゃんをチェックしているスサノオさんが逐一報告してくれていたので、俺も大方のことは把握している。
なんでも、以前から課金のノルマを巡ってゴタゴタがあり、前ギルマスをその件で更迭したゴッドをよく思っていないメンバー達が不満を抱え、ギルドメンバーの半分くらいを占めていたそうだ。
ただ、ゴッドがデュエルランキング1位になると次第にゴッドに傾倒するものが増え、ギルド戦の頃には盤石の体制になっていたらしい。
しかし、ギルド戦で創聖の勇者に完敗を喫し、さらに伏竜会にも負けたことが引き金となり、ゴッドの更迭論が日増しに強くなっていったのだとスサノオさんは言う。
昨日の報告では、近日には後任のギルマスが決まり、ゴッドが正式に覇記を追われることが確実のようなことを言っていた。
ゴッドはゴッドで、かなりの抵抗を試みたらしい。
ギルマスを解任する権限はギルドメンバーにはないので、ギルマスに居座ることでうやむやにしようとしたり、課金ノルマをなくすことで懐柔策を講じたりしたようだ。
しかし、
「ゴッドが居座るのなら、皆で覇記を辞めて新しいギルドを起こす」
とまで言われては自身が覇記を辞めるしかなく、その地位は風前の灯火となっている……、とスサノオさんは言っていた。
7ちゃんでは覇記内部の情報が多々リークされている。
ゴッドを追い出しにかかっている側が、ゴッドを批難するためにリークしているのだ。
反論も多々されているそうだから、それはゴッド自身が書き込んでいるのだろう。
そして、その流れが強くなればなるほど、まったりの偽物は現れなくなったらしい。
どれもこれも予想通り。
粛々とゴッドの追放が実現されようとしている。
俺の複雑な想いをよそに……。
「ジョーさん、いますか?」
「こんばんは、スサノオさん。またなにか動きがありましたか?」
「あ、いえ……。今日はそちらの話ではないのです。デュエルランキングを見ましたか?」
「ああ、まったりさんのことですか。見ましたよ、ついに1位になりましたね」
「ですね。ずっと2位でしたが、ついにやりましたね」
「きっと、全勝同士で当らなかったのでまったりさんの方が順位が下だったのでしょう。ですが、もうこれからしばらくはまったりさんの天下でしょうか」
そう、ギルド戦が終わり、まったりはついにデュエルでバーサクデッキを使い出したのだ。
それまでの1位はゴッドだったが、昨晩遅くに逆転したのを俺も知っていた。
それにしても、ユイさんはギルド内でどれだけピンチでもデュエルに精を出しているんだな。
いや、デュエルで頑張らないと、精神的に持たないのかもしれないな。
ギルド内でも、デュエルでも窮地。
こうなってみると、たしかにユイさんが頼れそうなのは俺くらいしかいないのかもしれない。
本来なら見下していたであろう、複垢の相手をしていただけの俺くらいしか……。
「だいぶバーサクデッキのことが知られてきたようで、ランキング下位のプレーヤーはUR陳宮とUR呂布のセットが増えてきましたよ。私もそろそろ諸葛亮デッキでは辛くなりつつあるので、考えないといけないのですが……」
「そうは言っても、スサノオさんは当分軍団長を変える気がないんでしょう?」
「まあ、愛着を持って育ててきたUR諸葛亮ですのでね。使える内は使いたいです」
「俺もバーサクデッキは厄介ですが、軍団長のUR曹操を変える気はありませんよ。まったりさん本人のバーサクデッキならともかく、まがい物にそうそう負ける気はないですから」
「お互いに工夫が必要ですね」
「ええ……」
「ですが、苦戦しつつあっても、諸葛亮デッキがランキング上位に溢れていた頃より、今の方がデュエルが楽しいです。あれこれ工夫する余地が出来たので、かえって張り合いがありますよ」
「うーん……。俺はずっと諸葛亮デッキ相手に工夫を強いられてきたからなあ。前も今も、四苦八苦してることに変わりはないですよ」
とは言いつつも、俺も最近デュエルが楽しくて仕方がない。
ギルド戦で揉まれたせいかランカーにも気後れしないし、スサノオさんが言うように工夫次第でまだ未知の可能性があることが分かったからもある。
だが、一番大きいのは、ランキングが徐々にではあるが上がっているからであろう。
やはり少しでも成果が出ると楽しいのだ。
あんなに悩んでも100位を維持するのでやっとだった頃が、嘘のように……。
スサノオさんはそれから少し話をし、日付が変る前には落ちた。
明日、大事な会議があるそうで、その準備をするためにこれからまだ仕事をするのだと言う。
俺もだけど、スサノオさんもかなりハマってるな。
以前だったらもっと早い時間に落ちていたのに、今では今日くらいの時間はざらだ。
まあ、あのギルド戦を経験してしまっては、それも仕方がないことだろう。
SDGに僅差で勝ったときの、なんとも言えない充足感……。
策を張り巡らし、覇記に圧勝したあの一戦……。
終わって数日が経つと言うのに、まだマウスを持つ手にあの熱い感触が甦るのだ。
それもこれも、まったりのお陰か。
だが、それだけじゃない。
俺もスサノオさんも、それに他の創聖の勇者のメンバーも……。
皆で頑張ったからこそ、余韻がいつまでも残るのだろう。
そんな、感傷にも似た想いを感じつつ、俺は今日のデュエルを終えた。
そして、ふとメールボックスが点灯していることに気がつく。
「まさか……」
思わず心の叫びが声に出る。
いや、でも、このタイミングで来るメールなんて、ユイさんくらいしか考えられない。
だが、俺はメールボックスを開けることを躊躇した。
あれほど待ちこがれていたユイさんからのメールかもしれないのに。
「こんばんは~っ。
久しぶりだけど忘れてないよね。
えっ、忘れちゃった?
つ、冷たっ!
僕だよ、僕っ!
ユイだよ。
ごめんね、メールできなくて。
僕さ、創生の勇者を辞めたあと、覇記ってギルドに誘われたんだ。
そこは強い人ばかりで本当は嫌だったんだけど、ボッチでやるのもなんだかなって思ってね。
そしたら、覇記に入る条件として、前にいたギルドと連絡をとりあったらいけないって言われてさ。
ギルド戦の関係らしいんだけど、僕なんか大した戦力にならないのにね(笑)。
だから、本当はジョーさんに聞きたいこともいっぱいあったんだけど、メールできなかったんだ。
……ってことだから、許してね。
えっ?
許す。
うんうん、それでこそジョーさんだよ!
それでね。
今日は一つ頼み事があるの。
ギルマスのジョーさんにしか頼めないことが。
覇記って、今、ゴタゴタしててね、居心地が悪いんだ。
7ちゃんで晒し合戦みたいなこともやってるし、僕の仕事柄、そういうのダメなのは知ってるよね。
創生の勇者を辞めたのもそういうのが理由だったしさ。
なんか、一生懸命やっていたギルマスの人と、ギルド戦で負けて悔しい人とが対立しててさ。
ギルド内の雰囲気は最悪(汗汗)。
僕は頑張れば負けてもいいと思うんだけど、そういうのが許せない人ってなんかお子ちゃまだと思わない?
でさ、もう辞めようかなって、覇記を。
だって、雰囲気の悪いギルドって嫌でしょう?
僕、そういうのに人一倍敏感だからさ。
事務所の人にこんなことが知られたらお仕事を減らされちゃうかもしれないしね。
それでね、ジョーさんに頼みってのは、創生の勇者にもう一度入れてもらえないかと思って。
そうそう……。
ギルド戦、凄かったね。
優勝したんでしょう?
あっ、そういえば当ったよね。
僕は落とされてばかりだったけど、もしかして僕を落としまくっていたのってジョーさん?
だったら酷いことをするなあ(プンプン、怒)。
でも、ジョーさんはそんなことはしないよね。
僕とジョーさんの仲だもんね。
それに、他にも強い人がいっぱいいるもんね、創生の勇者は。
入れてもらえなかったら僕、ボッチになっちゃうんだ。
そうなったらゲームも辞めちゃおうかな?
だってさ、一人じゃつまらないんだもん。
だから、僕を辞めさせたくなかったら、もう一度入る件を許してもらえないかな?
まだ、創生の勇者にはメンバー枠があるでしょう?
相変わらず戦力にはならないけど、また楽しくおしゃべりしようね。
じゃ、良い返事待ってるね。
ユイ 」
ゆ、ユイさん……。
俺は、メールを読みながら自身が涙を流していることを自覚した。
なんだよ、その「創生の勇者」って。
忘れたのはユイさんの方じゃないか。
俺が作ったギルドは、「創生の勇者」じゃない。
「創聖の勇者」だ。
そんなことも覚えていないほど、ユイさんにとってはどうでもいいことだったのか?
俺と話した時間は、そんなにすぐ過去のものとなってしまうものだったのか?
それに、複垢のことも、晒しのことも、なりすましのことも全然触れられていないじゃないか。
なあ、ユイさん……。
もう、全部バレてるんだよ。
俺もそうだし、まったりやスサノオさんにも。
だけど、俺は信じていたよ。
いや、信じたいと思っていたんだ……、ずっと。
モリゾーさんの証言や、まったりのやたらと当る見通しを聞いていてもな。
もちろん、まったく疑ってなかったかと言えば、そんなことはない。
俺もユイさんを疑っていたし、ゴッドと同一人物だと思っていた。
でも、心の奥底では、なにかの勘違いや錯覚であって欲しいと思っていたんだ。
だから、ずっと俺はユイさんを裏切ってはいなかったよ。
許すも許さないもない。
俺はずっと信じていたんだからな。
だけど、ユイさん……。
俺、ユイさんのなにを信じればいいのか分からなくなっちゃったよ。
だってそうだろう?
ギルド名を間違えるほど、創聖の勇者でのことはどうでもいいことだったみたいだからさ。
俺は心底楽しかった。
その想いは今でも変ってはいない。
だけど、それはもう思い出の中だけにしようと思う。
ギルドの再加入の件……。
悪いけど、断らせてもらうよ。
俺は、創聖の勇者のギルマスだから。
まったりより遥かに弱く、スサノオさんほどの人生経験や社会的地位もないけど……。
作ったのは俺で、ずっと大事にしてきたから。
ユイさん一人のために、メンバーを裏切れない。
しばらく俺は動けなかった。
涙はその内に止まったが、まだ頬が少しヒヤッとしている。
パソコン画面を見つめる目も、キーボードに置いた手も、組んだ両足も……。
すべてが固まったかのように動きを止めた。
パソコンのファンが回る音だけが、真っ暗な部屋の中でかすかに聞こえるだけだ。
パソコン画面には、いつまでもユイさんのメールが表示されたままになっている。
まるで、画面に張り付いたかのように……。
どれだけそうしていたのだろう。
カーテン越しに薄日が射しているのが見える。
多分、もうまったりがインしているくらいの時間に違いない。
俺は、ようやくキーボードから手を離し、マウスを動かす。
そうだ……。
俺の中で加入拒否することは決まったけど、一応、スサノオさんには相談しないと。
まったりと約束したしな。
必ず相談する……、って。
ユイさんのメールをコピペしながら読み直す。
俺がなにか勘違いしていないかを探すために。
しかし、何度手を止めても、ユイさんが俺を裏切ったことを覆す根拠は見つからなかった。
……と言うか、読めば読むほどその想いは強くなるばかりだ。
ごめんな、ユイさん。
もしゲームを辞めたら、俺を恨んでくれて構わないよ。
俺、裏切られる人間であってもいいんだ。
だけど、俺は裏切る人間にはなりたくない。
だから、サヨナラだよ。
もう、二度と俺はユイさんを仲間だとは思わない。
もう二度と……、な。
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