スキット・スクリプト

 日曜日の昼下がり。

 ファミレスの一角で、竜一郎は唐揚げを摘まみながらストローでコーラを飲む。

「ストロー細ない? 飲みづらいやろ」

 そう言いながら、清二はアイスコーヒーを、ストローを使わずに飲んだ。

 竜一郎は鼻を鳴らしながら、

「どっちか言うたらアイスコーヒー飲む奴こそ細いストロー使わなあかんやろ。むしろそれ飲むためのもんやでこれ。なんでコーラの俺が使とんねんアホか」

「いやおれが突っ込んでんねんて」

「あんなぁ、俺この細いストロー好きやねん。見てみい。何が何でもごくごく飲ませてたまるかとばかりのこの穴の細さ。ケチくさい店やでほんま。なあ?」

「なあ? って言われても。ってかなんやねん急に呼び出して。大事な話があるぅとか言うからバイトすっ飛ばして来たんやから、早よ話せや」

 清二が話を急かすと、竜一郎はやれやれとばかりに頭を左右に振って、もう一口コーラを口に含むと、「がふっ」とおくびを出して背筋を伸ばした。

「げっぷやめろや」

「生理現象やめられへんやろが、人間やめろ言うてるようなもんやぞ、殺す気か」

「げっぷ一つで大袈裟やな」

「せいちゃん、俺な、お笑い芸人なろうって思ってんねん。どう思う?」

「……は?」

 あまりに唐突。

「これが大事な話や。どう思う?」

「自分、そんな冗談言うために呼び出したんか?」

「せいちゃん、冗談やないって。本気や本気」

「……マジで言うてんの?」

「本気と書いてマジや。うわ、なんか古くさい言い回ししてしまった!」

 頭に疑問符を浮かべながら、清二は大きく首を傾げる。

「どういうことやねん」

「いや、めちゃくちゃお笑いがしたいってわけでもないんやけどな。なんかこう、これから大学出てやで? 普通にサラリーマンになる自分がな、これっぽーっちも、想像がつかんねん。就職せんとこかなって家でボソッと言ったらな、何アホなこと言うとんねんってオトンに言われてんけど、俺は別にアホなこと言ったつもりはなかってん。本気で就職するのが嫌やってん。やからな、アホや言われるくらいやったらいっそ、とことんアホんなったろかな思って、そんで、芸人なろうって思ってん」

「いやお前、ほんまにアホやな」

「ありがとう。今の俺には、アホは褒め言葉や」

「ほんならクソやな」

「ありがとう。今の俺には、クソも褒め言葉や」

「死ね」

「ほんまありがとう。めちゃくちゃええ言葉やん」

「そんならゴミ屑」

「お前言うてええことと悪いことあるぞ!」

「いやお前の感性どうなってんねん。死ねの方で怒れや」

「そんでな」

「急に冷静なんなよ。感情の起伏でこぼこやんけ」

 竜一郎は細いストローを煙草のように加え、先端から零れそうになるコーラをすっと啜った。

「俺な、おもんない人生絶対嫌やねん。一度きりの人生やで? なんでその大半をよう分からん会社に捧げなあかんねん。アホのすることやんけ」

「アホが何言うてんねん。大体皆会社に入って、そこでおもろいこと見つけて人生豊かにしていくもんなんちゃうん」

「通勤電車ん中見ろや。スーツ姿のおっちゃんもれなく全員目ぇ死んでるやん」

「遊び疲れた帰り屍みたいになるやん。あれやって」

「毎日屍になるような遊びならすんなよ。笑顔失ってもうてるやん。俺な、笑って過ごしたいねん。今人生楽しいやろ? なんで楽しいか分かるか? アホみたいなこと言ってアホみたいに笑ってられるからやん。せやろ? それやったらお笑いでもやって、人生馬鹿みたいに楽しく生きていこ、ってほんまに思ってるだけやねん」

 清二は頭を掻く。テーブルの真ん中に置かれた皿の唐揚げにフォークを刺して、少し乱暴に口に入れ、少しばかり鶏の皮に苦戦しながら咀嚼する。噛みきれないものは、コーヒーでぐっと流し込む。

「……このままで、ええんとちゃうかな」

「は? なんでや」

「竜ちゃん。プロになったらな、たぶん、おれらもう、こんなアホみたいな話で馬鹿みたいに笑うこと、絶対できへんと思うねん。お前はなんも考えんとそんなこと言うてるんやと思うけど、お笑いの世界たぶんおれらの想像遥かに超えるくらい厳しいぞ。おれらは笑いを取らなあかん立場やないから笑えてんねん。ってことはやで? プロになるってことは、笑いに厳しくならなあかんってことや。それって簡単なことでは笑えんようになるってことやん。結局それ、笑える数減っていかへんか。アホみたいなことして笑えてる今の方が、幸せなんちゃうかな」

「……そんなもんなんかな」竜一郎は肩を落とす。

「笑って生きたいんなら、こうしてアホみたいなことで集まって飯食うくらいで充分と違うか? 会社勤めして自分の時間削るん嫌なんやったら、安定とか全部諦めてフリーターにでもなったらええねん。どうせいつか後悔するやろうけど、そんなんお前の勝手や、好きにしたらええ。嫌なことして辛い思いするくらいなら、今の時代好きに生きたらええとおれは思うで。ただ芸人はやめとこ。売れるんごく一部や。皆バイトしてる。それやったら何も背負わずバイトした方が絶対楽しいって」

「なるほどな。一理あるわ。せやんな。俺は別にお笑い芸人になりたいわけじゃないもんな。楽したいだけやもんな。そうか……楽して稼げる仕事か」

「いや楽して稼げる仕事なんかないよ」

「そうや! あれなんてどうや! なんか、あの、交差点で椅子に座ってなんかカチャカチャやってるやつ。あんなん誰でも出来るで!」

「お前仕事なめんなよ、アホか」

「誰がアホじゃボケぇ!」

「アホは褒め言葉ちゃうかったんか」

「俺もうアホになるんやめてん。堅実にバイトすんねん」

「堅実にバイトって何やねん!」

 咥えたままだったストローをコップにさし、竜一郎はコーラを吸い尽くす。

「ガッフ」

「げっぷすんなや」

「お前そんなん人間やめろ言うてるようなもんやぞ、殺す気か」

「一々大袈裟やのぉ! それになあ、堅実な奴はちゃんと就職するの。バイトでええ言うたんはおれやけど、竜ちゃんホンマ考えてることお笑いやな」

「なんや、やっぱりお笑いせえ言うてんのか」

「言うかぁ! 頭ん中お花畑や、っちゅう話や!」

「ありがとう。何か分からへんけど褒められてる気がするわ」

「一個も褒めてへんわああああああ!」

「お花畑は褒め言葉やろ」

「アホは黙っとけええ!」


   ***


「……っていうネタをやろうと思ってんねんけど、竜ちゃんどう思う?」

「絶対嫌や。俺アホなってるやん」

「そういうキャラやん」

「こんなん売れた後きっついで?」

「売れてから考えろや!」

「それもそうか」

 大阪。深夜二時。ファミレスの一角。

 ドリンクバーだけを注文し、今日も一組の芸人が、明日の成功を夢見ていた。

「あと俺、細いストロー嫌いやで?」

「キャラやキャラ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

千変万化 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ