第7話
「元の……世界って?」
「アナタこの世界の住人じゃないわね。可哀想に。迷い込んでしまったのね」
奏多は
「えっと、アナタは、誰?」
残念ながら目深に被った黒いフードでその表情は見えなかった。ただ、赤のリップが塗りたくられた唇が僅かに微笑したのが見えた。
「私は、アナタを元の世界に帰してあげる義務があるわ。この世界にいてもアナタは幸せにはなれない。さあ、一切の記憶を消して、元の世界に戻りなさい」
「なに……」
目の前で閃光が弾ける。
——
グラリと身体が傾く。倒れ込んだ奏多を受け止めたのは、トーマだった。そこで奏多の記憶は途切れた。すでに女の姿は無かった。
次にカナタが目を覚ましたのは、クロイの部屋のソファの上だった。
「あ、目を覚ましたね」
クロイはソファの上に寝そべっている奏多を覗き込んで、柔らかい笑みを見せた。
「よかった」
「……いや、良くない」
クロイに頭を突きつける形で、トーマも反対側から奏多を覗き込んで、多少
「良くない状況だ。すでに
「まあ相手は魔女さんだもんねえ」
「……もう、ここにはいられないだろうな」
「そうだね」
クロイは「うーん……どうするかなぁ」と呻いた。
「どうする? トーマ」
「どうするったって……そうだなぁ……」
困ったような表情で言葉尻を濁したトーマは、もう一度奏多の顔を見やると、何かを決心したかのようにグッと唇を一文字に結んだ。
「……クロイ」
クロイは、コクリと頷いた。
「そうだね。こうなったらこっちもコソコソせずにもっと堂々と動いていいって事だ」
「お前、相変わらず前向きだな……」
「それだけが取り柄だからな!」
「威張って云うことか」
「——ってなわけで、カナタちゃん、もう起きても大丈夫だよ」
奏多はソファに寝そべったまま、どのタイミングで起きあがろうか考えあぐねていたので、クロイの言葉に苦笑しながら起き上がった。
「ありがとう、クロイさん」
「いやいや」
「……ねえ。魔女って、何者なの?」
「クロイから説明受けたんじゃ無かったのか?」
トーマが嫌そうに顔を顰める。
「うん、聞いたよ。……トーマがその魔女さんと知り合いってことも」
「おいっ……クロイ! お前……!」
殴りかかろうとするトーマを制して、クロイが慌てて否定する。
「ちょっとちょっと! 俺はただ魔女の説明をしただけだよ!」
「はあ?」
「『あまりの美しさに見た人の目は潰れてしまうかもしれない』ってね。それで、『その魔女の顔を一目見ようとした人たちは呪われたんだ』って云ったんだ。そしたらカナタちゃんが……」
「トーマも、見たんでしょ?」
「何をだよ」
「魔女さんの顔だよ! だから呪われちゃったんでしょ?」
「……お前。その魔女『さん』っての、ヤメないか?」
「どうなの!? トーマ!」
「っ…………」
むぐぐ、と、一文字に結んだ唇を震わせて、トーマは酷く動揺した素振りを見せた。それからクロイに視線を向け、奏多を見て、観念したように溜息を吐いた。
「……オレは魔女に付いてたんだ」
「……? ツイテタ?」
「察しが悪いな。だぁから、弟子だよ、弟子! アイツに、魔法を学んでたんだよ」
「魔法を学んでた……」
魔法を……。
「あれ? それってつまり、魔女さんはトーマの先生ってこと?」
「まあ、そうだな」
「だったら大丈夫だよ! トーマのお話し、聞いてくれるよ。だってトーマの先生でしょ? 先生は優しいもん! 私だっていっつも先生に色々お話し聞いてもらってるし」
満面の笑みでそう告げると、トーマは途端にキツく眉をしかめた。
「何甘々なこと云ってんだ。ヤツはオレを呪い殺そうとしてんだぞ」
「で、でも……。ホラ! 先生って大人だし……」
「大人が、皆がみんな優しいわけじゃない」
「で、でも……でも……」
「……アイツはな、そんな、人の話に耳を傾けるような人じゃない」
「……。……トーマ?」
「…………オレのことだって……きっと、オレが邪魔になったから消そうとしたんだ。しかもその場ですぐ殺すんじゃなくって、こうやってじわじわ痛ぶって……。まったく、歪んだ性格してるよ」
「…………」
何か云おうとして口をつぐんで、それから奏多はもう一度口を開けた。
「……ってことは、トーマも魔法が使えるってことだっ……!?」
「い、いきなりなんだよ……」
「ね!? そうだよね!?」
代わりに答えたのはクロイだった。
「そうだよ、カナタちゃん。ほら、倒れる前の出来事覚えてない? カナタちゃん、魔女さんに殺されそうになったでしょ」
「えっ……?」
倒れる前といえば、廊下ですれ違ったあの人。
そういえば……フードの中を覗き込んで……それで……。
「え、あの、あの人、魔女……だったの……?」
たしか、倒れる前に閃光が弾けて……
「トーマがね、助けてくれたんだよ。トーマは優秀な魔法使いさんだから。ね」
クロイはそう云ってウインクした。
「……なんだよ」
少し居心地悪そうにトーマがつぶやく。
奏多は目を瞬かせると、
「ありがとう」
御礼を伝えた。
「……別に」
「でも、魔法使えるって凄いね! あれでしょ。ドーンってやって、パーッてなるんだ! すごーいっ! 私トーマのこと見直したよ!」
「…………。何云ってんだ、コイツ」
凄い凄い、と繰り返す奏多と、それを冷ややかな目で見つめるトーマ。そんな二人の様子をクロイは笑って見守るのだった。
少年と花の呪い 中山 絵毬 @nakaemari
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