深夜の悪魔

新月 明

深夜の悪魔

ーーー


ある日の朝、ウツボが海の深い深い底から顔を出しました。何も思わない日光が燦々と照る朝のことでした。

「お腹が減ったなぁ」

ウツボは朝食を取っていましたが、何故か今日は無性にお腹が減っていました。特に理由はありませんでした。

すると、そこにイワシが通りかかりました。

「やぁ、イワシくん」

ウツボは通りかかったイワシに声をかけました。イワシは振り返って答えました。

「どうしたんだい?ウツボさん」

「君は今から何をしに行くのかい?」

「買い物だよ。ウツボさん。今日は家でパーティーがあるんだ」

イワシはウキウキしながら言いました。ウツボはその姿を見てこう返しました。

「君は悩み事がなさそうな顔をしているね。羨ましいよ」

ウツボは嫌味を込めるように、イワシに言いました。すると、イワシはムッとした顔をウツボに向けました。

「僕だって悩みくらいあるさ。まるでそれはこの海なんかよりも幾倍も深く、より淀んだ色をしているくらいだよ」

「そうかい。それは失敬。私が悪かった」

「君はそういう人だ。別に怒ってなんかいないよ」

イワシは気にせず言いました。

「そうだ。その心の膿を私が聞いてあげよう。そうすると、君の心はきっと今この海のように明るく、輝かしいものになるよ」

「お、おお、本当かい?」

ウツボの提案にイワシは少したじろぎましたが、嬉しそうに答えました。

「ああ。勿論さ。だから、少し家に上がっていかないかな?君の好きないい酒があるんだ。酒が入った方が話しやすいだろう」

「それは嬉しいな。ありがとう。ウツボさん」

「気にしなくていいよ。あくまで私が詫びたいだけさ」

イワシはそのウツボの言葉に喜び、イワシはウツボくんの家に入って行きました。

お酒をたくさん飲んだイワシは、ありもしない悩みをでっち上げて、ウツボはその話を聞いて、最後には美味しく料理して食べてしまいました。チーズを乗せてゆっくりとホイル焼きをして食べました。昼食との間に食べるものにしては、腹持ちのいいものでした。

「ごちそうさまでした」

この言葉に、特に理由はありませんでした。


ーーー


ある日の昼、ウツボが海の深い深い底から顔を出しました。何も思わない藻が爛々と踊る昼のことでした。

「お腹が減ったなぁ」

ウツボは昼食を取っていましたが、何故か今日は無性にお腹が減っていました。特に理由はありませんでした。

すると、そこにカツオが通りかかりました。

「やあ、カツオちゃん」

ウツボは通りかかったカツオに声をかけました。カツオはウツボの方を見て少し驚いたように答えました。

「はい。こんにちは、ウツボさん」

「そんなに驚いて、どうしたんだい?」

「いえ、珍しいなと思っただけですよ」

カツオはそういうと笑顔を向けました。

「君は今から何かしに行くのかい?」

「はい。最近になってなのですが、趣味の生け花の方を生活の主と置いているもので、教室をやっているのです」

「おお、それはすごいことだ」

ウツボは感嘆するような顔をした。それを見てカツオは喜びました。

「はい。よければ、ウツボさんもやってみませんか?」

するとウツボは少し悩みました。

「そうだ。今ここで教えてもらえないかね?」

「今ここで、ですか?」

カツオは疑問に思うようにウツボに問いました。

「ああ。まだ時間はあるかい?」

「はい。余裕がありますよ」

「なら、君のどっぷりと浸かっているその趣味について多くの知識と経験を私に話してほしいんだ」

ウツボは興味深そうにカツオに対してそう言いました。するとカツオは困りました。

「……しかし、話すためには多くの時間を要するのです」

「それはそうだ。だが、私も聞いてみたいんだ。未知の世界だからね。生け花は」

ウツボは引かずにそう言いました。

カツオは悩みました。話したいのは山々なのですが、時間が足りないのです。どうにか断らなくては……と思っていました。

「そうだ、家に君が好きな茶菓子があるんだ。少し食べながら話しでもしてくれないかい?」

そういうとカツオは喜びました。

「それは嬉しいです!是非お願いします!」

カツオは嬉しそうにウツボの家に入って行きました。茶菓子をいっぱい食べたカツオは嬉しそうに自分の趣味の話を自慢げにたらたらと話しました。ウツボはその話を聞いて、最後には美味しく料理して食べてしまいました。三枚に下ろして刺身にしました。タレは醤油とポン酢でいただきました。夕食との間に食べるものにしては、腹持ちのいいものでした。

「ごちそうさまでした」

この言葉に、特に理由はありませんでした。


ーーー


ある日の夜。ウツボが海の深い深い底から顔を出しました。何も思わない月が煌々と揺らめく夜のことでした。

「お腹が減ったなぁ」

ウツボは夕食を取っていましたが、何故か今日は無性にお腹が減っていました。特に理由はありませんでした。

すると、そこにマグロが通りかかりました、

「やあ、マグロさん」

ウツボは通りかかったマグロに声をかけました。マグロはその声に反応して元気に答えました。

「おお。これはウツボさんじゃあないか。久しぶりだね」

「本当だね。確かに久しぶりだ」

夜だというのにマグロは元気でした。しかし、ウツボにとってはこれは一般的なことでした。

「今から何をしに行くんだい?」

「いや、ちょうど帰るところなんだ」

「またトレーニングかい?」

「ああ。いい汗をかいたよ」

たしかにマグロの息は上がっていました。しかし、とても楽しそうです。

「にしても、好きだね。マグロさんは」

「当然さ。私は動くことで生きる意味を実感しているわけだからね」

とても生き生きした姿をしているマグロは、ふとウツボに問いかけました。

「そういえば、なんかイワシくんとカツオちゃんがこの海にいなくなったらしいんだが、君は何か知っているかい?」

「うーん、申し訳ないが知らないな」

ウツボは答えました。マグロも納得したようにうなづきました。

「そうだな。君に聞いてもわかるわけがないか」

「……そうだ、あれじゃないかい?」

「あれ?」

「『深夜の悪魔』、君なら聞いたことくらいあるだろ」

「……『深夜の悪魔』ね」

それは最近、噂されているものでした。夜になると海の上の上からへんてこりんな網が降りてきて、魚たちを連れ去るというものです。

その網は大きくて、しかもその網を見るとみんな惹きつけられてしまい、抗うことはできないというのです。そんな不思議なものでした。

「……そんなものあるのかね、私には見当もつかないよ」

マグロは悩みながら答えました。

「まあ、わからないね。見たことがあるわけでもない」

「でも、見たら魅せられてしまうんだろう?」

「どうやらそうらしいな」

「なら、見れもしないだろう」

「それもそうだ」

2人はそんな話をしながら笑いあいました。他愛のない時間でした。

「さて、そろそろ帰らないと」

マグロはそう言って、家に帰ろうとしました。

「あ、そうだ。マグロさん」

それをウツボは引き止めました。

「どうしたんだい?」

「いや、少し『深夜の悪魔』をしたら、1人が不安になってしまったんだよ」

「珍しいな。君らしくもない」

「まあ、少し家で休んで行かないか?美味しい刺身があるんだ」

「お、貝の刺身か?もしくは小魚の刺身か?どちらにせよ美味いもんなら嬉しいな」

「ああ。とびっきり美味しい刺身があるんだよ。いい酒と一緒に飲んで、最近の鬱憤や憂鬱な気持ちを、夜を越して吐き散らそうじゃないか」

「いいかもしれないな。よし、乗った」

そういうとマグロさんは家に入って行きました。酒と美味しい刺身をいっぱい食べて、お酒を大量に摂取したマグロは、最近の鬱憤を多量に吐き散らしました。ウツボはその話を聞いて、最後には美味しく料理して食べてしまいました。身を刻んで焼いた後、それにソースをかけて色々なものにかけて食べました。明日の朝食との間に食べるものにしては、腹持ちのいいものでした。

「ごちそうさまでした」

この言葉に、特に理由はありませんでした。


ーーー


深い夜のことでした。

「……外が騒がしいな」

ウツボは寝ていたのですが、外の騒がしさで起きてしまいました。

深い深い底からウツボは外に出ました。

「………え?」

そこには月の明かりで、煌びやかに光り輝くあみのようなものがゆらゆらと揺られていました。

「……『深夜の悪魔』」

それは、まるでその噂のようでした。

そしてその噂のとおり、なぜか体がその網に引っ張られていきます。

「…………」

言葉を発することもできません。

まわりには同じ境遇の人たちがいっぱいいました。それがあまりにもおかしく、憂鬱な気持ちをウツボは持ちました。

そして『ひたりっ』と網に張り付いてしまいました。そこから逃れることはできません。

「……あ、ああ」

喘ぎ声のようなものが溢れました。それは快感に近いものをウツボが感じたからです。

そうすると、ずるりずりずりと網が上がっていきます。海面がみるみる近くなっていきます。月の光がまるで眼前にあるかのように迫ってきました。

そして、水面から未知の世界に這い出ると、そこには衝撃が待っていました。

「……っかは」

まず、息が吸えなくなりました。

体に合った柔らかな感触がなくなり、急に重力がのしかかってきたような感覚が襲いました。それによってなのか、それ以外の理由なのか、うまく呼吸が整いません。

「かはっ、あ、っぐあ!」

苦しみながらウツボは一生懸命暴れました。辛く苦しく何もない空間で何も得られずひたすらに暴れていました。

そして、次に目が見えなくなりました。そのただひたすらに思い空間では視界がやけにクリアに見えました。逆に言えば、目が焼けるように痛かったのです。

ただ嫌なくらいに明るく、辛いばかりでした。

そして、バタバタと暴れる間に誰かに掴まれ、体を引っ張られその重みに晒されながら、最後にはまた重さを突きつけられ、打ち付けられました。痛くて痛くてたまりませんでした。

「なあっ!がぁあっ!」

ひたすらにのたうち回り、そして、突然に昔の海の感覚が戻ってきました。

「……はぁ、はぁ、はぁ」

真っ暗でした。ただ、変な音がしていて、ゆらゆら海とは違う揺れがそこにはありました。

「……はぁ、はぁ」

ウツボは体が震えていました。怖かったのです。まったく知らない環境で自分は突然の苦痛を強いられ、そのあとで急にこの環境が待っていました。

「……何が、起こってるんだ」

恐怖で体が震えていました。

しかし、それを止める術をウツボは知りませんでした。

周りの魚たちは、息を引き取っているものがいっぱいいました。

誰もいません。死体が泳ぐ中でウツボはひとりぼっちでした。

何もできません。それが恐怖ということをウツボは嫌なくらい実感しました。

がたり、上の扉が開きました。

次々と周りの魚たちが出ていきます。見たことない何かに掴まれて、みんないなくなっていきました。

ウツボは、閉じられない目を恨みました。最後までウツボは恐怖に溺れていました。



そしてウツボは散々恐れ慄き、最後には美味しく料理されて食べられてしまいました。身を刻まれて生きたままの激痛を味わい、活き造りにされました。とっても綺麗に盛り付けられました。

「ごちそうさまでした」

この言葉に、特に理由はありませんでした。


めでたし、めでたし。


ーーー


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