小豆洗いの食卓

宇部 松清

ナヨ太と東西に分かれた村

「小豆とごうか、人とって食おうか、ショキショキ」



 ナヨ太が住む村には、とてもきれいな川が1本流れている。

 その川は村をちょうど東西に分断していて、保育園や小中学校なんかは東と西にそれぞれ一つずつあった。

 しかしこれが高校となると、もう義務教育ではないのだし、ということで、比較的学力の高い子が集まる西側に1校建てられたのみである。それが東側の大人達を悩ませた。

 分断されてるとはいえ、橋も何ヵ所か掛けられていたし、決して行き来が出来ないというわけでもない。そもそも、スーパーやコンビニ、書店や雑貨屋等も東西均等にあるわけではないのだから、日常的に東西の村民は混ざりあって生活をしている。しかし、さすがに全員の顔や名前、交遊関係まで覚えられるほど人口の少ない村でもなかった。そろそろ町と名乗っても良いのでは、という声も出る程度には人がいた。田舎に住もうブームもあり、移住者もそこそこいたのである。


「あら、お子さん、受験生ですか?」


 受験シーズン、何やら験を担いだ惣菜を手に取れば、馴染みの店員がそんな声を掛けてくる。全国どこでも見られるような、何気ない日常の一コマである。


「え、えぇ、そうですのオホホ」


 客がひきつった笑いでそう返し、そこで店員はその客が東側の人間だったかと察する。そして、触れてはいけない話題だったと愛想笑いを浮かべて業務に戻るのだった。そんな何気ない一言が地雷になる。それほどまでに西と東の人間の間には妙な緊張感があったのだ。


 村ではすっかり『西の子=賢い』『東の子=馬鹿』という図式が出来上がっていた。

 とはいえ、西側の方にも救いようのないほどの馬鹿や不良の類はいたし、全国統一模試で村内一位をとったのは東側の子だったが。

 それでも学力をならせば西に軍配が上がるのだ。ただそれだけのことで、西側は大人も子どもも東側を下に見、東側はどんどん卑屈になっていったのである。先に述べた『移住者』も、何となく西側に集まっていた。


 そんなバックボーンがある村だと、まず申し上げておく。


 村には西側に縫製工場と東側に大きめのスーパーがあった。暗黙の了解というのか、それぞれに勤められるのは、正社員にしろパートやアルバイトにしろ、それぞれの地区の人間のみである。

 それはどちらも川沿いにあり、工場に勤める人間は昼食やら夕飯の買い出しやらでそのスーパーを良く利用する。『○○縫製工場・○○』という刺繍が入った作業着で、大手を振って狭い通路を横並びで悠々と歩くのだ。それが東の人間は面白くない。


「都会ではさ、工場勤めの人間なんて底辺なんだぜ」


 スーパーの店員の中には、悔し紛れにそんな陰口を叩く者もいる。しかし、仮にそうだとしてもここは都会ではなく、また、今後その縫製工場が都会に移転することもない。それはわかっている。こんな陰口こそ自分を貶める卑しいことなのだと、それもわかっている。けれど、そうでもしないと、自分達のプライドが守られない。その縫製工場がなかなか儲かっているらしいという事実もまた、東の人間の神経を逆撫でする。


 スーパーのレジ打ちバイトをしている17歳のナヨ太は、使い捨てマスクの下で口を尖らせ、20円引シールが貼られた弁当をスキャンする。値段確認のついでにちらりと客を見れば、ライトブルーの作業着に『○○縫製工場・田中』の文字が躍っている。


 17時を過ぎるとこのライトブルー野郎共がぽつぽつと店内に出現し始めるのだ。


 1人だったのが、いつの間にか2人に。

 2人が5人、10人に。


 気付けばどこの通路にも2、3人ライトブルー作業着がいる。そして、決して広いとはいえないその通路の真ん中にかごを置き、しゃがみ込んで商品を吟味しているのだ。その後ろをカートを押した客が通りたそうにしていても、避ける素振りもない。「ちょっとすみません」と声を掛けられても、それが子どもや老人、若い女性だったりすると、聞こえない振りや舌打ちをする。けれどそれが体格の良い男性だったりすると、愛想笑いを浮かべてササッとかごを避けるのだ。

 いつだったか、例のように妊婦に舌打ちをしたライトブルー作業着の男が、後からやって来たその旦那さんを見て慌てて逃げ出す、という一幕もあった。常連客であるその旦那さんは、ただ身長が190近くあってスキンヘッドだというだけで、中身は完全に穏やかな草食動物であり、むしろ奥さんの方が元ヤンだったりするのだが。

 まぁとにかく、そんな情けない姿を見て、従業員達は内心溜飲を下げたりするのである。ナヨ太もまた然り、だ。



 畜生。お高くとまってたって、あんたらいつも値引商品しか買わねぇじゃんか。


 心の中でそんな悪態をつきつつ。


「兄ちゃん、若いのに関心だねぇ。学校は? 行ってないのかい?」


 縫製工場の田中から発せられたその言葉にムッとする。

 明らかに自分を下に見ている発言だとナヨ太は思ったからだ。

 ここで働いているということは、つまり東の人間であるわけで、ということはどうせ高校にも行けずに中卒で働いているのだろう、と。つまりそういう意味なのだと。

 東の人間ならごく自然にそう考える。老いも若きもそう考えてしまうようになっている。

 すっかりそんな思考が身に付いてしまった自分にも嫌気が差す。


「……いえ、行ってます」


 だからナヨ太は言ってやった。とりあえず事実のみを。


 別に東の人間だって受験資格がないわけじゃないんだからな。あそこに通ってるのが全員西の人間だと思うなよ。そもそも、それなら経営が成り立たないだろ。


 すると田中はわざとらしいまでに驚いたような顔をした。


「えぇ? そうかそうか。それは大変だな。しっかりついていけよ、兄ちゃん」


 この期に及んで、まだこいつは俺が授業についていけない阿呆の子だと思っているらしい。


 けれど、いまの自分は店員なのだ。下手に言い返したりも出来ない。許されていない。馬鹿にするなと怒鳴ってやりたいのをグッとこらえて、ナヨ太は「はい」とだけ言った。

 我ながら大人になったと思う。未成年だけど。いまより尖っていた頃は、ついつい食って掛かってしまったりもしたのだ。社員にまぁ怒られたこと怒られたこと。


「お会計、783円でございます。ポイントカードはお持ちですか」


 全ての商品をスキャンし終わり、そう言う。量が少ないので、袋詰めまでしてやるのは店側のサービスだ。買う物が少ない客の商品は詰めるようにと言われている。

 こいつらの袋詰めをするのは癪だか、店のルールには従わなければならない。渋々ではあるが、なるべく表情に出ないようにとマスクの下で歯を食いしばる。


「ほいほい、カード、カードね」


 何だよ、この常連野郎。毎日利用してるくせに手際が悪いなぁ。カードくらい、準備しておけっての。


 後ろに客がいるにも関わらず、田中はさして急ぐような素振りもない。それどころか、次の客が若い女であるのを確認すると、さらにモタつきだした。どうせアイツも東の人間だろうから、待たせてやれとでも思っているのだろう。


 田中はポイントカードをコイントレーに放った。舌打ちしたいのをぐっと我慢し、それを拾ってレジに通す。ナヨ太の方でも投げ返してやりたいのをこらえつつ手渡そうとするが、田中はそれをちらりと見ただけで受け取ろうともしない。いや、確かにナヨ太の手元はちらりと見ていたのだ。そして自分の方にカードを向けていることにも気付いている。それをわかった上で、放置しているのである。


 高校生のくせにバイトなんかしやがって。学生の本文が何なのか、ちゃんとわかってるのか? そんなんだから、どうせお前は授業にもついていけないんだろう。留年して辞めるのも時間の問題だ。そんな小僧、雑に扱ったって何の問題もない。俺様のカード、ちゃんと持っとけよ。


 ここまでくると最早被害妄想の域なのだが、恐ろしいことに、これが案外当たらずとも遠からず、というのが西の人間――とりわけ例の工場勤務者の思考だったりするのである。

 それをナヨ太はよく知っている。いや、このスーパーに務める彼くらいの年齢のバイトなら皆知っている。大なり小なり、それくらいの言葉は日常的にぶつけられているからだ。それが新人バイトの通過儀礼といっても良い。それを乗り越えられなければこのスーパーでは働けない。


 彼は小銭入れに挟んでいた千円札をやはりトレーに投げてよこした。

 ナヨ太はカードをトレーの端に置き、四つ折りの千円を丁寧に広げて伸ばす。折れたり破けたりしていると、レジに通しても吐き出されてエラー表示が出るのだ。自動釣り銭機能付きのレジを導入しているのは村でもこのスーパーだけで、西側に住む主婦や学生が、それを羨んでいることは母から聞いている。たったそれだけのことで優越感に浸ってしまう自分が悲しい。


「西にある個人商店なんて、まだビリビリってちぎるレシートなんだぜ。何時代だよ。昭和か!」


 卑屈な笑みを浮かべて、ナヨ太にそう教えてくれたのは、3つ年上の先輩バイトだった。


「千円お預かりしま――」

「いやいやちょっと待てって。あるんだよ、細かいの、が」


 田中は手のひらにじゃらじゃらと小銭を出し、小憎たらしい笑みを浮かべながらゆっくりとそれを数えている。ひい、ふう、みい、などといちいち数えながら。

 後ろに並ぶ女性は田中ではなくナヨ太に視線を向けた。彼が済まなそうな顔でぺこりと頭を下げると、彼女は田中の後頭部辺りをぎろりとにらみつけてから、大げさに肩を竦めて見せ、にこりと笑った。ほぼ毎日この時間に来る常連の主婦である。


『アンタも大変ね』


 そんなメッセージのように思え、ナヨ太は再び頭を下げた。


「ほいほい、ひゃくぅ、にぃひゃくぅ、さんびゃくぅ~っと、それから、じゅーう、にじゅう~っと、あと、7円ねぇ~」


 一体何が楽しいのか、田中はへらへらと笑いながら、やっぱりトレーに小銭を投げた。そうしてから悠々とカードを回収する。

 ナヨ太は四方八方に散らばった小銭を見て、一瞬吹き出しそうになったが、何とかそれを飲み込んだ。身体を少し傾けて覗き見をしていた後ろの主婦をちらりと見ると、彼女もまた笑いをこらえているような顔で、『早くその小銭入れちゃえ』というようなジェスチャーをしている。


 馬鹿だ。

 こいつはただの馬鹿だ。


「は、はい……。で、では1,327円お預かりします……プフッ。ゲホッ、ゲホン!」


 この時点でナヨ太の腹筋は崩壊寸前だった。

 我慢したはずなのに、ついつい少しだけ吹き出してしまったのを咳払いで誤魔化し、『入金』ボタンを押してから小銭を入れる。そして、それがすっかり飲み込まれていったのを確認してから『預/現計』のボタンを押した。


 じゃらららら、と勢いよく小銭がレジから吐き出される。

 客用のディスプレイには出て来た釣り銭がいくらなのかが表示されているはずだ。


 ――544円、と。


 田中は「あ」と小さく呟いた。


1,327お預かりいたしましたので、544のお返しでございます。ありがとうございましたぁ!」


 いつもより元気よくそう言ってやる。いつもなら、いくら預かったかなんていちいち言わないのに、だ。

 すると田中はさっきまで大きく反らしていた背中をちょっと丸め、気まずそうに苦笑いを浮かべて釣り銭を受け取った。


「お、おう……」


 そしてそそくさとその場を立ち去ろうとするのを、呼び止める。


「あの、お客様」

「な、何だよ」

「お品物、お忘れですよ」

「お、おう……」


 よほど恥ずかしかったのか、一刻も早くこの場を立ち去りたかったようで、ナヨ太の手から買い物袋をひったくると、田中は足早にその場を去っていった。


 釣り銭が多くならないようにと計算して出す客は決して少なくない。

 もし客がその計算を間違えていたとしても、いつもなら「あと10円ありませんか」や、「これは10円多いですね」と小声で指摘する。計算は得意なのだ。

 けれど、縫製工場の作業着を着た人間にはそれをしない、というのがナヨ太だけではなく、他のレジ担当の間でも暗黙の了解となっている。程度の低い差別や意地悪というわけではない。縫製工場の人間は、それを指摘するとほとんどの場合逆ギレするからである。


「俺が間違ってるっつーのか? あァん?」


 夜に来るヤツは最も厄介で、帰りがけに外の自販機で買ったカップ酒をすでにひっかけている場合もあり、それで暴行事件に発展しかけたこともある。


 だから一応社員からは、「お客様が出した金額には、それが例え間違っていてもなるべく口を出さないように」と言われている。もちろん、足りない場合は言うべきだけれども。

 それでもバイト達は親切心からついつい口を滑らせてしまうのだが、とりあえず縫製工場の作業着の人間を外しておけば、まず大きな問題になることはなかったのである。

 ――という経験に基づくものであった。


「あんな計算も出来ないなんて、ねーぇ」


 田中の小さな背中を見送った主婦は、ケラケラと笑いながら買い物かごを置いた。


「それに、藤瀬君に『しっかりついていけよ』? ほんっと、身の程知らずの馬鹿っていうかさぁ」

「いやいや、良いんですって」

「言ってやりゃあ良かったのよ。『全国統一模試で村内一位とったの僕なんですけど?』って。『アンタんトコの馬鹿息子よりよっぽど優秀ですよ』ってさぁ」

「ダメですよ。工場の人を怒らせると。後々面倒なんですって。ていうか、さっきの人独身なんじゃないですかね。指輪してなかったですし」

「あら、そうだった?」


 普段は口を開けば西側の――さらにいえば例の工場の悪口を言っている社員達も、だからといって彼らを敵に回すことは出来ない。いくら鼻持ちならない奴らで、一人一人が落としていく金は微々たるものでも、それでも売り上げに貢献してくれるお客様であることに変わりはないのだ。

 確かにここは村で一番の品揃えを誇るスーパーではある。けれど、ちょっと車を走らせれば隣の町には大型ショッピングモールってやつがあるのだ。たまの休日に利用するくらいならまだしも、そこを行きつけにされてしまうのは正直痛い。


「まぁ、あたしらは邪魔臭いだけの工場の奴らがいなくなれば嬉しいけどね、スーパー側はそうも言ってられないからねぇ」


 西の、ではなく、のと言ったところをみると、おそらく西側に友人でもいるのだろう。


「そうなんですよねぇ」


 そんな会話をしながら、ナヨ太はリズミカルに商品をスキャンしていく。豆腐に卵、大根、人参、豚バラ肉。これらで一体何を作るんだろうなどと考えながら。


 そして、最後の1つを手に取った。

 おはぎである。

 ナヨ太の手にすっぽりと収まる大きさのパックには、2つのおはぎが詰められている。


 惣菜の類はすべて店内で調理しており、味も良いと評判である。

 そして、一番の人気商品は、揚げ物でも、サラダでもなく、このおはぎなのだった。


 これまで何人もの主婦がこの味を再現するべく挑戦し、そして挫折していったのだという、曰くつきのおはぎである。かといって、特に秘伝の何かがあるわけでもないし、作っているパートさんも、この道ウン十年とかでもない。4年目の新井さんである。


「最後の一個だったのよ、ラッキー」


 そんな弾んだ声を上げる主婦にナヨ太は「良かったっすね」と返した。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……それがこのおはぎなわけ」

「……へぇ」


 テーブルの上に置かれたおはぎを指差し、妻――菜佳子はそう言った。


 仕事から帰って来た僕は、テーブルの上にぽつんと置かれていたそのおはぎを見て、


「おはぎ買って来るなんて珍しいね。どこで買ったの?」


 と聞いただけだったのだが。何気なく。本当に何気なく。単なる夫婦のコミュニケーションの一環として。


 彼女はいつもそうなのだ。

 僕が『1』聞いたことに対して、絶対に『1』では返してこない。『10』ならまだ可愛い方。今回は、まぁ『70~80』くらいか。女性って結論に至るまでが長いっていうけど、彼女の回り道っぷりは群を抜いている。


「スーパーで買って来たの」


 ただそれだけの返しで済むはずだ。

 少なくとも、僕だったらそう返す。詳細を語りたければ、まずその結論を話してから語る。僕ならば。

 けれど、いまのところ、彼女のそんな話が嫌いなわけではない。

 よくもまぁ、そんな面白い出来事にいつもいつも遭遇するものだと感心してしまうのは、きっと僕が毎日毎日同じことの繰り返しなデスクワークのサラリーマンだからだろう。


「ていうかさ、小豆洗いの話じゃなかったの? 最初ショキショキ言ってたじゃん」

「えぇ? 出たじゃない」

「出た? いつ? 登場人物なんてナヨ太君と、工場勤務の田中さんと、常連の主婦だろ?」

「最初に出た受験生を持つ母親と、それで気まずくなっちゃった店員さんが抜けてる」

「だとしても!」


 そんなことを言いながら、ネクタイを緩め、テーブルに着く。

 菜佳子は緑茶を2人分淹れ、1つを僕の前に置いた。おはぎは2つ入っている。気付けば小皿とフォークまで用意されていた。


「最後に出てきたじゃん。新井さん」

「新井さん……。あぁ、4年目のおはぎ担当の。成る程、それで小豆、と」

「まぁおはぎだけ作ってるわけじゃないけどね。ああいう惣菜担当って、忙しいのよ? 一人1種類だけなんてそんなわけないんだから」

「まるで経験者のような口ぶりだなぁ」

「新井さんはおはぎだけじゃなくて、煮物も担当してるの。小豆を煮る傍ら、煮物も作ってるってわけ」

「成る程。コンロの前に陣取って、煮込み役ってところか。まぁ小豆洗いが作ったあんこ使ってるなら、そりゃあ美味いんだろうな」


 そう言いながら、自分の分のおはぎをフォークで一口大に切る。


 まぁ、僕の知ってる小豆洗いって、本当に小豆を洗ってるだけというか、あんこまで作ってるイメージはなかったけど。でも、名前に『小豆』とつくからには、おそらくその道のスペシャリストなのだろう。


 そんな総菜部門4年目の妖怪、小豆さんのおはぎとやら、さて、どれほどか……。


「……うん。ううん?」

「どぉ?」

「いや、何ていうか……。正直、そこまでではない、というか」

「そこまでではない?」

「うん。美味しいけど、普通? 良くも悪くも、普通のおはぎ」

「だろうね。でしょうね」

「え?」


 驚いて顔を上げると、菜佳子はきょとんとした顔で僕を見つめている。口の端にあんこをつけたまま。


「だって、これ、そのスーパーの一番人気のなんでしょ?」

「いや?」

「え?」


 だったら長々としゃべっていたのは何だったんだ!


「ちょっと確認するけど。さっきの話ってどこまでが本当?」

「えっと、あたしがおはぎをスーパーで買ったってのが本当」

「じゃ、その川で東西に分断された村がどうのこうのってのは……? ナヨ太君は?」

「だったら面白いなぁってだけ。だってさ、祥之助君、よくよく考えてごらんよ。この近くにそんなトコある? ていうか、あたしがわざわざそこまで行っておはぎ一個だけ買って帰るとか、おかしくない? ナヨ太君もあたしの創作。さすがに最近は変わった名前の子が多いって言っても、ナヨ太はないでしょうよ、ナヨ太は」

「言われてみれば……。でも、知り合いの子に『那由多』君っているからさ、その亜種か何かかと。あああもう、また騙された!」

「っはー、良いねぇ、この反応。このリアクションが見たいがために話作ってるってトコある、あたし」

「作らなくて良いよ! 事実だけを述べてよ!」


 僕が必死に懇願しても、当の彼女は「そんなのつまんないよぉ~」と反省の色はまるでない。でも、口の端にあんこをつけたままうるんだ瞳で見つめられれば、それ以上言う気にもなれず、僕は小さくため息をついた。


「……わかったよ。でも、こういう創作話なら良いけど、最終的に誰かが傷つくような話だけはダメだぞ」


 甘いなぁと思いつつ、僕はそう絞める。

 ここまでが僕と彼女のテンプレだ。


 そうはいっても、薄味の刺激を求める僕に、彼女のこの創作はかなりちょうど良かったりする。


 そう思えば、このおはぎだって案外悪くない味なのだ。


 

「小豆とごうか、人とって食おうか、ショキショキ」






 

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