5分間のお迎え

菊地マイルド

第1話

病院の一室で一人の患者を3人の男が囲んでいた。

「今回の被験者は吉澤怜奈さん87歳、6ヶ月前から植物状態です」

「では、始めましょう」

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「怜奈~」

「お姉ちゃーん」

父と妹の沙羅の声に私は目を覚ました。

「お、お父さん? あなた……沙羅?」

二人は私の目の前で頷いている。

なぜか、父はずいぶん若い、それに沙羅はまだ子供だ。

それに、ここはどこだろう?

遠い記憶を辿った……小学校の夏休みに来たキャンプ場だ。

父が会社を休み、3歳下の沙羅と私を初めてキャンプに連れて来てくれた森だ。

私にとっては人生で一番楽しかった日だ。

……分った。

「お父さんも沙羅も迎えに来てくれたんでしょ。通りで二人とも若いと思った」

「お父さんは、もう20年前に、沙羅も2年前に亡くなってるんだものね」

「うん、そうだよ! 迎えに来たの」

 沙羅があっけらかんと言ったのが、何ともおかしかった。

 

「お姉ちゃん、今度はね、お母さんも一緒だよ! お母さん、私を生んですぐ死んじゃったから……ちゃんと、お母さんをやり遂げたいんだって」

「お母さんな、こんな時だけ迎えに行くのは嫌だって、一緒に来なかったんだよ。その代り手料理を作って待ってるってさ」と父が続けた。

母の記憶はほとんどない。

生前の母は物静かで美しい人だったと父から聞いたことがあるくらいだ。

この際、新たに母を交え私たち4人家族でやり直すのも悪くない。

「そうだね、4人で暮らそう」と私は言った。

「よしっ決定! じゃあ、これにサインして」

沙羅は書類を手渡し署名欄に指差した。

内容は、延命処置の打切りを許可する内容だった。

やっと確信した。

私の病は治る見込みがない。

しかし、親族がいないため延命処置打切りの同意を受けられないのだ。

これにサインをすれば、晴れてみんなが待つ場所に行ける。

そして、他の人達にもこれ以上、迷惑を掛けないで済む。

私には何の迷いもなかった。

「はい。沙羅これでいい?」

「うん、じゃあ、先行って待ってるね!」

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「はい、無事完了です」

「倫理的には問題ありません。本人の意思ですから」

一人の医師が怜奈から延命装置を外しながら言った。

「本当にVR技術の進歩は目覚ましい。植物状態の患者の脳波に潜入し映像を見せるのだから」

そう言ったのは厚生労働省から来た男だった。

「一番難しいのは、患者さんが一番楽しかった頃に戻りたくなるような映像を見せ、その中で延命処置打切りの理解と仮想サインをもらうことです」

補足したのは、VRプログラムメーカーの技術者だった。

「いずれにしても、超高齢化社会のわが国において保険料はパンク寸前だ。完治する病になら費用を割く価値はあるが、この患者さんのような状態では『5分間のお迎え』プログラムは絶大だよ」

厚生労働省の男が呟いた。                        完

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5分間のお迎え 菊地マイルド @kikuchikikuchi

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