ノイズ
中村ハル
第1話
「アロマキャンドルを焚きながら聴いてほしいの」
にっこりと笑って手渡された、レトロな小型ラジオと、アロマキャンドル、それに、ラジオの周波数の書かれたカード。
ラジオは全く聞かないので、使い方がよくわからず、丁寧に教えてもらった。
教えてもらった通りにスイッチを入れ、ざらざらとしたノイズの中に、声を探す。
ダイヤルを捻って、カードに書かれたメモリに合わせるが、なかなか音にピントが合わない。スマホのラジオアプリならすぐに合わせられるのに、とも思ったが、せっかくもらったのだ。
それに、少し、楽しかった。
きっと、仲直りのつもりだろう。
私と彼女は、ライバルだった。
陳腐な話。ひとりの男性を取り合って、互いに顔を背け、牽制し、悪意を持った視線を送ったこともある。
結局いまだに決着はついていないのだが、それだからこそ、いつまでもいがみ合っていても、仕方がない。
敵意を持った目は鋭くなり、気持ちは荒み、疲れるばかりでいいことなどひとつもなかった。
意地っ張りで負けず嫌いな私は、謝ることを知らず、だから、彼女の方が折れてくれた。その心遣いが嬉しかったし、また、自分が恥ずかしくもあった。
お互いに、かわいく笑っていた方が、いいのだ。どうせどちらかが選ばれるか、それともふたりとも振られるか。どちらにしたって、ひどい顔をしているよりよっぽどいい。
だから私は、鼻歌交じりに優しく香るキャンドルに火を灯し、部屋の明かりを消して、ラジオを点けた。
ざらざらと耳に心地よい砂嵐のようなノイズ。
少しずつ、ダイヤルを捻ると、ノイズの向こうから聴こえてくる声。
ざらざらと、ノイズの向こうに、声が聞こえた。
男性の、柔らかな声。
静かで、耳から目の裏、脳の中まで染み渡る。
ただ、淡々と、心地よい話がぼそぼそ続く。
聴いているうちに、ふと気づいた。
少し混ざるノイズに、小さな声が入っている。
他の番組の音を拾っているのか、はたまた何かの無線でも拾っているのか。
旧型のラジオだから、ぴったりと周波数を合わせるのが難しい。
ダイヤルを回して微調整する。
他の周波数の番組にダイヤルが合うと、ノイズはただのざらざらで声は聞こえない。
メモのチャンネルに戻すと、やはり、ざりざりとした中に、また声がかぶさる。
おや、と思い、音を大きくして、ヘッドフォンを着けた。
聴こえる。
びくっとなって、私はヘッドフォンをかなぐり捨てる。
小さなひび割れた声が、重なって歪んで、私を。呼んでいた。
そこに割り込むようにねじ込まれる、異様な、声。
聴いてはいけない。
とっさに電源を切ろうと振り上げた腕が、ヘッドフォンのケーブルを引き抜く。
スピーカから流れ出した、ぐにゃりとした声が、ぴたりと。止まった。
呼吸が止まった一拍後に。
ひどく明瞭に響く声。
『あと、5分だったのに』
ぶつりと、全ての音が止まった。
キャンドルが溶け落ちて消えるまでの5分間。
ただ、ノイズがざらざらと零れて続いていた。
ノイズ 中村ハル @halnakamura
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