優しい風
榧倉 蓮
優しい風
「落ち着いて聞いてください。妹さんの余命はあと一年です。思い残すことが無いように望みは叶えてあげて下さい。」
一年前の医師の言葉を思い出す。
“望みを叶えてあげろ”だと?
妹が望んでるのは生きることだろ!
それを叶えるのは医者の仕事じゃねぇのかよ!
俺は、諦めて何もしない医者が大嫌いだった。
余命宣告の一年後の今、妹は寝たきりでいつ死んでもおかしくない状態だ。
名前を呼んでも目を覚まさない。
いつも、妹に支えられていた。部活で帰るのが遅くなっても夕食を待ってくれていた。朝、寝坊しそうなときは乱暴に起こしてくれた。
「ほんと兄ちゃんはあたしがいないと何にも出来ないんだから~、感謝してよー」
それが妹の口癖だった。思い出し、ハッとする。俺は今まで妹に感謝の言葉を伝えたことがあったのか...?
妹の病気に気づいてから俺は何してた?
ただ嘆いて、苛立ってただけじゃねぇか。
諦めて、何もしなかったやつは俺だった。今俺がやらなきゃならないことは何だ?
妹には生きていて欲しい。たとえ何を犠牲にしてでも。それが俺がするべき感謝だ。
“その願い聞いてやるよ、ただし対価は君の命ね。それと妹さんは君の記憶無くすよ。”
脳内に声が響く。
「本当に妹は助かるのかっ!!どうすればいい?」
“そうだな、君の家から君自信の痕跡を全て消してから妹さんの病室に来な。”
これは俺の都合の良い妄想かもしれない。でも助かる可能性があるのなら俺は!!
「消してきたぞ、俺の痕跡は多分残ってないはずだ。」
“今からやるけど、妹さんと話せる時間は5分だよ。それが終われば君は消える。”
「分かった。じゃあやってくれ...。」
妹の寝顔を見つめながらそう言った。
何か重要なことを忘れている気がする。胸に大きな穴が空いているような、そんな不安を拭えぬまま家に着く。幼い頃に両親を亡くしたので家には誰もいない。
一人暮らしには広い家だけど昔から一人だから寂しくは...ない。
最近、家の隅々から知らない人の物が出てくる。今日は洗濯機の裏からユニフォームが出てきた。
私はスポーツをしないので私のじゃない。
でもそれを見つけたとき、妙な懐かしさが心の穴を埋めた気がした。今度は空き部屋から片方だけの靴下が。一体何なんだろう。
「もぉー、だらしないな兄ちゃんは。」
?????私は何を言っているんだろう。
兄?私は一人っ子なのに。
「今までありがとな。兄として何にもしてやれなくてごめん。俺はお前が妹で本当によかった。たとえこの先お前に何があったとしても、俺は...お前を愛している。」
泣きながら私を抱きしめ、そう言った。
その後はただ沈黙が続いた。
目を覚ます。
懐かしい、夢を見た。
涙が止まらなかった。
「ほんとに...兄ちゃんのばか」
窓から吹き込む風が頬を撫でる。それは少女の心を癒すように懐かしい、優しい風だった。
優しい風 榧倉 蓮 @kayakuraren0725
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