すべておわり。

雨槍

第1話

 もうすぐこの世界が終わる。水平線を見つめ、僕はその瞬間を待っていた。じっとその時が訪れるのを。

 腕時計を確認する。あと、五分。


 ふと、僕は焦りを感じた。家族には何も告げずに出てきてしまった。僕がいなくなった事に気がついたら心配させてしまうのではないか、と。

 ふと、僕は後悔を感じた。やりそびれた事はなかったか、と。今思えば、ずいぶんとくだらない理由で親友と喧嘩してしまったものだ。すぐに謝れば良かったものを今では拗れに拗れて話しかけることも困難だ。

 頭の中に次々と事柄が渦巻いて、ついにはただ座っていることもむず痒くなる。だけども僕は自分に言い聞かせる。「もう無駄だ。今からじゃ、どれも遅い」と。


 自分を諌めて、再び水平線を見つめる。

 空が赤く、綺麗に染まる。

 いくら拒んでも避けることは出来ず、それを恨めしく思う。同時に。長く待ちわびたそれを向かい受ける。

 目が熱くなり、僕は思いがけず涙をこぼす。昨日の朝から今までの出来事が走馬灯のように脳によぎっていく。また後悔が重なっていく。そしてまた自分を諌める。

 それでも涙は止まらない。


 霞んだ目のまま顔を上げる。

 太陽が顔を見せた。


 終わったんだ。全部。何もかも。僕の頭の中はその言葉に埋めつくされていく。全部、『思い出』になったのだ。


 一筋の風が僕の体を貫いた。その風は僕の頭から『今日』の出来事を抜き取り削って省略し『昨日』の出来事にしてみせた。

 太陽がその体をすべて見せた。

 『今日だった日』はおわり、また『今日』が始まる。


 僕は立ち上がり大きく背伸びをした。とても気持ちいい空気が肺に満ちて、まだ少しだけ残っていた眠気はいま吹き飛んだ。これから家に帰って、またいつも通りの『今日』に戻る。

 さて、家族が起きてしまう前に帰ろう。そして学校へ行こう。親友には勇気を出して謝ろう、無視されたとしても何度も何度も話しかけよう。

 きっと全て上手くいく。だってもう新しい『今日』の僕なのだから。

 そんな希望が満ち溢れていた。

 僕は動き出した。


『今日』だった世界が終わる五分前から始まり、『今日』をむかえた僕のはなし。

 

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