『寝』

露草 はつよ

第1話『寝』

 僕の寝る前の五分間。

 風呂に入り、歯も磨き終え、後は何もすることがない時間。大体は布団に入って目を閉じてしまうけど、今日だけは違った。


「ほら、おいでティル!」


 そう言ってソファーの下を覗きながら呼ぶが、寄ってこようとしないその白い塊は今日やっと家に迎え入れることができた、テリアという種類の小型犬だ。


「ほーら、怖くないよ。おいでティル」


「……クゥン……」


 悲しげに鳴く姿にかわいそうに思ってしまう。急いでキッチンまで行くと先ほど与えた餌の一粒を持ち出す。


「ほら、ティルのごはんだよ!」


 餌で釣ろうとするがそれでもティルは動かない。


「ティル……。やっぱり人間が怖いの?」


「……クゥン……」


 そうティルは保健所から引き取った犬だったのだが、そこの職員さんによると、ティルは前の飼い主に虐待されて育ったらしい。そのせいで人間を信じられず、飼うとしたら慣れるまでどうしても長期戦を覚悟しなければならないと言われていた。

 何日も何日も通いつめてやっと迎え入れることが決まったけど……拒絶するティルに頭を悩ませる。


「うーん……。分かった! じゃあ僕、ここで寝るよ!」


 いい考えだ、と早速お母さんに聞くと仕方ないと言いつつも許可してくれる。


「わーい! これで一緒に寝れるね、ティル!」


 ソファーの下から出ないティルに向かって嬉しそうに言って早速自分の布団をそこへ運び込む。

 ちゃんと寝るのよ、というお母さんに「はーい」と返事をしながらも布団に寝っ転がった。

 お父さんとお母さんが電気を消しておやすみと言って自分たちの部屋へと戻って行く。


「おやすみ、お父さんお母さん!」


 しばらく音がしてから、静かになる。

 慣れない場所で寝ることに興奮を覚えて思わずニマニマと笑ってしまう。


「ねぇ、ティル。なんだかキャンプみたいだね! 僕ね、ティルを見つけた時から一緒にキャンプに行きたいなぁって思ってたの! そしたらね、キャンプでね一緒に外を探検したり、火を囲んだり、一緒に寝たいなぁって、僕思ってたんだ!」


 それでね、それでね、とティルと一緒にやりたいことを上げて行くとどんどん眠気が襲ってきて、まぶたが落ちてくる。

 ふぁ、と大きな欠伸をして目をこするともう瞼が開いてくれなかった。

 寝ぼける頭で口を開く。


「あのね、僕ね、ずっと待ってるからね……。ティルが僕と遊んでくれるの、待ってる……から……」


 それを最後に意識が落ちる。

 でも最後の最後に何かフワフワなものが僕の顔のすぐ横に来たような気がする。

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『寝』 露草 はつよ @Tresh

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