今日のあなたに、伝えたいんです
芹意堂 糸由
今日のあなたに。
「疲れましたか?」
徐に彼は訊ねて、あなたを向く。
彼は不思議な表情をしていた。きっと、あなたが何と表現しても、誰も否定はできない。彼の表情からその心情が読めなかった。
「そうですか。」
彼はそういって、上を見上げる。
「疲れた人は、この世界、この時間にごまんといる。あなたは、そのあたりの孤独感を感じる必要はありません。」
一度途切れてから、でも、と彼は続ける。
「でも、今現在、最高に嬉しい人、人から疎まれるほど幸せな人だって、たくさんいます。中には、そんなこと、気にしなくてもいいじゃないか、といった風に生きている人だっています。」
彼の心境は、読めなかった。何を伝えたいのかわからないし、そんな彼を見て、うんざり、苛立つ人だっているに違いない。
「そんなあなたに、私がここで伝えたいことが、あります。」
彼は少し焦った様子で、続ける。
「今日もいっぱい、お疲れ様です。そんなあなたに。今日も今一度、空を見上げて。何が広がっているかは、いつも違いますが、」
彼は人差し指を上に立てて、その表情で、何かを伝えようとする。
「それでも、あなたの上には、何かがいつもそこにあって、あなたに何かを──例えば元気を、例えば慰めを、例えば思いを──伝えようとしているに違いありません。たとえ、それが不機嫌そうな暗い空でも、蜘蛛の巣張った古い天井でも、いつも眺めるような青い空でも、いつもあなたを、見ていてくれていますから。あなたにだって、嫌になるときがある。後悔しきって、もう何もしたくないときがある。自分が嫌いになるときもある。人に傷つけられるときだって、うんとある。」
彼は、あなたのことをまるで分かりきったという風に話す。分かっているはずもないのに、そんな風に話す。そんな彼は、実に滑稽にも見えなくもない。
「──そんなときも、ある。他人に呆れることも、自分に失望するときも、諦めるときも、ある。それでも、私は、とりあえず上を見上げて欲しいんです。」
少し、分からなくもない。
「あなたはひとりではないけれど、でもそれを証明することは不可能、あなたが素晴らしい一人の人間だと証明することも、不可能です。できません。」
彼は、いう。
「だから、一度だけ、また上を眺めて、あなたなりの頑張る力を、見つけてほしいんです。」
比喩なのか、まんまなのか、それすらもよく理解できないけれど、彼が一生懸命伝えようとしていることは、きっと、一度は耳にしたことのある、ありふれた話なのではないのか。
「今日も、お疲れ様です。そんなあなたへ、小さなお届け物を。」
そして最後に、彼はあなたから目を離して、目を瞑る。
「きっとあなたは、自分自身で評価しているよりもずっと、かけがえのない人間に違いない。──なぜなら、あなたは今日も一日、頑張ったから。あなたの未来が少しでも、あなたにぴったりのものになりますように。あなたの未来の空が、美しいものでありますように。」
今日のあなたに、伝えたいんです 芹意堂 糸由 @taroshin
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