残り31日の自殺夏休み

ちびまるフォイ

自由研究の最後の日

「それじゃ、みんな宿題はちゃんとやってくるように」


先生は生徒に夏休みの課題を配布していった。

全員が帰った後で、一人の生徒だけを教室に残した。


「先生、どうかしたの?」


「君の自由研究ってどういうことかな。先生に教えてくれるかい」


「私、夏休みの最後の日に自殺するから、それを自由研究にするの」


「えっと……一応、親御さんには連絡しておくね」


先生は念のため保護者に連絡をしてみたがあっさり笑われてしまった。


『あはは、先生。そんなのを真に受けなくていいですよ。

 プチ家出みたいなものですって』


「一応、ご家庭でも気を配っておいてください」


『先生ったら、この近所で子供の連れ去り事件が報道されてから

 生徒に神経質になりすぎてですよ。うちの子に限って自殺なんてありえません』


「まあ、学内でもいじめられているような感じではないですけど……」


大人は子供をいつも「自分の想像を超えない」と過小評価している。

生徒はそんな大人たちをしり目に静かに自殺の準備を整え始めた。


8/31の夏休み最終日に自殺が行われるよう、それまでの何をすべきかまとめていく。


「お母さんに遺書を書いて、あ、部屋の片付けもしなくっちゃ。

 お友達にお手紙を書いて……お魚さんも返さなくちゃ」


死ぬまでに必要なことと、やり残したことなどがないように書くと

それを夏休みのカレンダーに細かく書いていった。


「あらあら、うちの子ったら、今年はしっかりスケジュールを決めてるわ」

「きっと1日も夏休みを無駄にしたくないんだろうな」


両親はそれが自殺までのステップだとは考えていなかった。


夏休みがはじまり、真っ先に行ったのは宿題の処理と情報収集だった。


「やっぱり一番はこれかな」


選んだのは飛び降り自殺だった。


服毒自殺は子供には薬の入手が難しすぎる。

首つりは中断される可能性が高い。

踏み出す勇気というハードルはあれど、一番確実な方法だと思った。


宿題の処理は生徒そのもののまじめな性格からだった。


「学校が嫌で、夏休みが終わるのが嫌で、宿題が嫌で死んだとか思われたくないもん」


あくまでも自分の自殺は自由研究のものであって、

"学校に戻るのが嫌で死んでしまった"などと思われるのは我慢ならない。


それもあって、毎日自由研究には日記の形式で


・今日やったこと

・今日の反省

・明日やること

・今の気持ち


を細かく記していった。

その姿はまるで顕微鏡で微生物を調べる学者のような風情すらあった。


夏休み中盤。


下調べと必要な道具がそろってからはイメージトレーニングを行うことに。


「えいっ」


近所のプールや川に行っては飛び込みばかり練習した。

ポイントとなるのは目をつむって飛ぶこと。


自殺の際にはもっと途方もない高さから飛び出すので勇気がいる。


それを想像しながら目をつむって飛び込みを何度も、何度も繰り返し行う。

最初は恐怖で目を開けてしまったりしたが、慣れてくるとなんともなくなった。


「君、どうして飛び込むとき目をつむっているの?」


「だって、怖いんだもん」


プールの監視員から聞かれたときは、いつもそう答えていた。

むしろ、この程度の高さ以上の恐怖を耐えられる訓練だとは誰も想像しない。


雨や天気の悪い日は家の中で部屋に整理や手紙を書いて過ごした。


それが両親には勉強しているように見えたらしく、


「あなた、うちの子いつも机に向かっているわ」

「私たちの育て方がよかったんだな」


と、ニコニコしながら見守っていた。



夏休み終盤。


自殺への体作りと、死んでからのアフターケアを済ませてからは最終段階。


自殺を行う会場に何度も出入りして高さに慣れるのと、

誰にもバレないように時間帯や人の出入りを頭と体に叩き込んでいく。


「あ、こっちのほうが近いかも」

「このエレベーター、遅いなぁ……」


現地を何度も下見することで気づく微妙な点も見逃さず、

自由研究の「自殺日記」にはしっかり書き加えていた。


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8がつ30にち


・今日やったこと

あしたじさつするじかんにだれもこないように

こうじちゅうのかんばんをもってきた


・今日の反省

えれべーたーがくるのおそいのと、

かんばんがおもかった


・明日やること

じさつ


・今の気持ち

あしたはしっかりできるとおもう

もうこわくない

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8/31 女子小学生の遺体が発見された。




葬式には同じ学校の生徒や教師が参列した。


「どうして……どうしてもっとあの子を見てあげられなかったの……!」


両親は自分の子供をなくしたショックで葬式中もずっとすすり泣いていた。


「お母さん、どうか自分を責めないでください……」


「先生……」


「親だって子供を24時間見ていられるわけじゃないですから。

 それに、この自由研究を見てください。


 ご両親の出かける時間や予定を踏まえたうえで、

 気づかれないようどうやって進めていくかも書かれている」


「あの子……こんなに細かく準備していたのね……」


「ええ、最終日まできっちり書かれています。

 提出物として私が預かりましたが、これはご両親にお返しします」


両親は自由研究の「自殺日記」を読み進めていった。


誰を恨むでもなく、何か不満があるわけでもなく。

ただ淡々と自殺へのプロセスを重ねていくのは実験レポートそのものだった。


そして、最後のページで手が止まった。


「お母さん、いったいどうかしたんですか?」


「先生はこの日記をどこで?」


「警察がご自宅に行ったでしょう?

 そのときに、机に入っていたのを受け取ったんです」


「そうですか」


両親はふたたび自殺日記に目を戻した。


「先生」

「はい?」


「娘はこれだけしっかり準備しておきながら、

 どうして最終日にかぎって違う場所から飛び降りたんでしょう」


先生は思い出すように答えた。





「ああ、場所まちがえちゃいましたか?」

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