わたしの胎内
@orikanano
輝く石
輝く石が目の前にある。
きっとみんなはそれを「宝石」と呼んでいるけれど、違う。違う。
宝の石なんて嘘だよ。ただの石、すこし眩しいと思うだけ、少し眩むだけだよ。
そんな風に思う私は駄目な子でしょうか。嫌な子でしょうか。
かみさま、かみさま、教えて。 もうここに「みんな」はいないの。
緑が奥の先、もうずっと見えないところまで広がるここでは、今は人間は一人しか存在していない。
今は一人、大人へと成っていく少女が一人、綺麗な水を汲む井戸がついた大きい家に住んでいた。
一人には大きすぎる家だった。
私は輝く石を手に取って、井戸の中に捨てた。
もうどれくらい捨ててしまっただろうか。
小鳥の羽が光を反射してきらきらと光っている。光り輝く小鳥の羽は、虹色に輝いているように私の目には見えた。
小鳥に手を伸ばそうとすると、空へ飛んで行ってしまった。
鮮やかでいて柔らかい、水色の空の色。海の澄んだ色と一緒。
小鳥と空が一緒になっている光景は、むかし祖母に見せてもらった画集の一頁と似ていた。
ここにまだ人が住んでいたころ、そこは楽園のようだった。
水が豊かで綺麗だったこの土地は、異国の人々には水の都と呼ばれていた。
数々の芸術家がその情景を絵に描き、詩を詠う、水の都。小さな都、幻の都。
私が生まれるまで、そう呼ばれ継がれていた。
...ふと、自分の机にあった宝石が太陽の光に反射してギラリと私の目に刺さった。
「痛い!」
思わず宝石を床に叩き落としてしまった。
ごろごろ、ごとん、と不快な音を立てた。
床にはそうして落とされた宝石が何個も散らばっていた。太陽の光がいくつも反射して、鋭利な刃物となって私の目に刺さる。
私は部屋のカーテンを閉め、宝石を一か所にまとめる。
「また、捨てなくちゃ」
この鋭利な刃物たちを、忌々しいなんて思ってはいけない。太陽の光を味方にして、私の目を殺そうとしても。
これは私の責任。この輝く石たちは、「命」なんだから、せめて。
せめて、皆が居るところに還さなくては。
産声をあげた時、最初に見たものはたくさんの光る石だった。
病院のベッドいっぱいに光る石があった。看護婦は悲鳴をあげていた。
病院中に広がる悲鳴と、忙しく渦巻く嫌な空気が、まだぼんやりと記憶に残っている。
「奥様が、宝石に成ってしまったわ」
看護婦が、そう言っていたのも覚えている。
そう言った看護婦も、泣いていた私を慰めようとしてくれた優しいシスターも、
初めてできた友人も、道を歩く猫や犬も、父、祖父、祖母も、
手で触れようと、愛そうと、抱きしめようと、した。
ぜんぶ、全部、手で触れると光る石になってしまっていた。
「呪われている子だ」
「魔女の子だ」
「間違えて、この世界に生まれてきてしまったんだ」
「逝かせてあげないと」
「天へと返してあげないと」
住民は皆、優しい人だった。
私を忌み嫌うのでは無く、まるで迷子の子供を親の元へと返してあげるように、住民は皆、私を殺そうとした。
私もそれで良いと思った。
体で受け止めた銀の刃は、金属の嫌な音を立てて砕けた。
住民は太陽の光とともに、醜い光を放った石へと変わった。
皆、皆、光る石になった。
井戸には光る石が沢山積もっている。私はそこに光る石を今日も入れる。
井戸水はまるで人々の血だまりのような、禍々しい色をしていた。
その中で光る石はまるで地獄のようで目も向けられない。
醜い、醜い中でいくつかの石が光を放っている。
井戸の中で、もがいている。
これを創ってしまったのは私。私は、嫌だからと目を背けてはいけない。
この石たちには、背ける目も、何もないのだから。
「わぁ、すごい井戸水!」
小さな女の子がいつの間にか私の隣にいた。
「ここは、あなたのおうちよね」
小さな女の子は私に向かって話す。
「ええ、そうよ。でもこの井戸は危ないわよ。あまり近づかないで」
「そうなの?
...ふふ、たしかに、とっても綺麗な井戸水だけど、底がないみたい。ちょっと怖いね」
「とっても綺麗?」
「透き通ってて、ずーっと、ずーっと透明なの。でも、底がみえないの。」
....透明?
「お姉さん、ここのお水、飲んじゃだめかな」
「駄目よ。」
「ここのお水、とっても綺麗。しゃぼんだまみたい」
「近づいちゃ駄目!」
「なんで?」
「なんでって」
「一緒に来てよ。いい所だよ」
「いい所――」
水の中、井戸の中に居た。
呼吸ができた。足が底に着いた。
母が居た。父が居た。友人も、みんな、皆―――。
いいところでしょ、と後ろから声が聞こえた。
後ろを振り返るとさっきの小さな女の子が笑顔でこちらを向いていた。
「もうあなたも『こちら側』なんだから。」
わたしの胎内 @orikanano
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