エルフの勇者は、約束を裏切る

十壽 魅

戦況が一変する時

――バラム平原 アゼリア神公国 陣地



 馬を走らせていた騎士が、陣地の前で降り、仲間に馬を預ける。彼は重々しい鎧を鳴らしながら、陣の中心にいる騎士団長に向かって走る。なんとしても、この吉報を知らせなければならないからだ。 


 彼は馬上にいる騎士団長に膝を付き、頭を下げ、戦果を報告する。



「ウィルゲー騎士団長に申し上げます! カゾッド隊が、エルフの本拠地を掌握しました! 勇者を召喚した神殿も抑え、敵、エルフと獣人によって構成された亜人連合は虫の息! すでに渓谷に向け、撤退を開始しております!」



 その報告は、アゼリア神公国が目的を達成し、戦争に勝利した事を意味していた。



「うむ良くやった。で、勇者の姿は?」


「どこにも姿はありません! どうやらエルフの召喚した勇者は、ハズレだったようです! 捜索の結果、唯一の痕跡はこれだけでした!」



 そう言いながら、彼は騎士団長にあるものを差し出す。


 それはタブレット携帯だった。


 ウィルゲーは知っていた。これが異世界で開発された、遠距離通信機器であることを。隣国との茶会で、ある勇者が得意げに語っていたのだ。通信だけでなく音楽や文通すらもできる神機である――と。ウィルゲーも実際にタブレット携帯に触れ、そのテクノロジーの高さに驚愕し、舌を巻いたものだ。



「そうか。どうやら勝利の女神は、我々に微笑んだようだ。――では、引き続き捜索を。勇者はできる限り無傷で捕らえろ。彼らの持つ異世界の知識だけでも、小国一つ買えるだけの価値があるのだ」


「ハッ!」


「それと、捕えたエルフは好きにして構わん。だが奴隷として売り物になる範囲で、だ。これに反する者は! 騎士団長に反旗を翻す慮外者として、斬り捨てて構わん! これを全部隊に通達せよ!」


 


 兵士が頭を下げ、戦勝確実と沸き立つ重鎮たちを背に、その場を後にしようとした時だった。



 ピロリロリン♪  ピロリロリン♪  ピロリロリン♪ 



 聞いたことのないメロディが、どこからともなく奏でられた。


――それは騎士団長のウィルゲーが手にしていた、タブレット携帯からだった。


 ウィルゲーは不慣れな手つきで、画面をフリックし、兜を外して電話に出る。



「何者だ?」



「アゼリア神公国軍の総大将、ウィルゲー殿とお見受けするが、いかに?」



「軍? 我々は軍ではなく神公国の聖なる使徒――騎士だ」


「それは失礼した。私はエルフに召喚された勇者です。負け戦に加戦するつもりはない。どうか、アゼリア神公国で私を保護して頂きたい」


「話の分かる勇者でよかった。よかろう。君を客人として迎え入れる」




「そうか……約束を破って、すまない――」



 ウィルゲーが『どういう意味だ?』と訪ねようとした刹那、その答えが彼の頭に叩き込まれる。


 1900m先――山頂からの伝言だった。マクミラン M87Rスナイパーライフルから放たれた弾丸が、ウィルゲーの頭部を撃ち抜いたのである。



 すべては、この最後の5分間―― 狙撃のために計画された、エルフの作戦だった。


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エルフの勇者は、約束を裏切る 十壽 魅 @mitaryuuji

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