火花を刹那散らせ

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

父の背中と火花

 父は今日も、火花を身体に浴びる。


 地鉄と鋼が炉の中で重ね合わさり、一二〇〇度の熱を放つ塊となった。


 それを一気に打ち合わせ、包丁の形を整える。


 鍛冶と言えば、日本刀を思い浮かべる人もいるだろう。


 だが、父が作っているのは家庭で使われる包丁だ。


 侍がいた時代から受け継がれてきた鉄鋼加工技術を、父は今でも守り抜いている。「包丁づくりの技」として。


「固く、鋭く、錆びにくい」

 

 料理人たちにも、街の奥様方にも、父の作った包丁は評判だ。


 私は父の背中を見て育ち、父の刃物を売る店を開いた。

 

 私の店は、阪堺電車の線路沿いにある。

 包丁だけでなく、ハサミ、錐、彫刻刀も並ぶ。


 家庭用だけではない。プロ仕様、ギフト用まで用意している。


 すべて、父の打った鋼で作られた。


 ちょうど他の店が壁になって、私の店を隠し、駅から見て死角となっている。そのため、場所が分かりづらい。


 それでも、一日に多くのお客様が、足を止めてくださる。


 父の作った刃物のきらめきが、お客様を引きつけるのだろう。


 手を抜いてはいけない。


 職人が本物か、紛い物か。

 それを見極めることも、私の仕事だ。


 いい物を一日で五本作る、父のような職人もいる。

 一方で、汎用的な包丁なら一日五〇本作れる人とも契約している。


 どちらが優れているなんて、判別してはならない。

 この間も、いいかげんな仕事を行った職人が、契約を打ち切られた。


 紛い物は切り捨てなければならない。

 たとえ、父であっても……。


「ありがとうございました」


 私は、文房具を買って帰る外国人観光客に、あいさつをした。


「こちらの刃物を作っている方は、本物の日本刀を作らないのですか?」


 外国人観光客が、帰り際に尋ねてくる。


 店に飾ってある刀を見て、聞いてきたのだろう。


 父が刀を打つ姿は、私でも見たことがない。


 話をしたがらないのだ。


 適当にはぐらかし、その場は乗り切った。




 作業を終えた父が、軒先でくつろいでいる。ランニングとハーフパンツ姿で。


 私はスイカと麦茶を差し出す。父の包丁で、母が三角に切ったスイカを。


「お父ちゃん、もう日本刀は作らへんの?」


 私は、父に尋ねてみた。


「店で、なんか言われたんか?」


 麦茶で喉を潤しても、父のノドはガラガラのままだ。


 父の作る日本刀は、今でも人気がある。

 表面に渦状に波紋がついていて、実に美しい。


 私は店に、父の焼いた刀を、一本だけ飾ってあるのだ。


 父の作った刀は、この一振りのみ。


 日本刀作りをやめた今でも、噂を聞きつけた外国人の客から頼まれることをがある。いくら払っても構わないと言われて、断るのが大変だった。


「もう歳やからなあ……」


 父が、スイカを片手で持って囓る。

 頬を膨らませながら咀嚼し、種を庭に飛ばす。


「打ってはみたいんやで。せやけど、刀は人を斬るために作らんとアカンのや。せやないと、魂が籠もらんねん。なんぼ真剣に打ち込んでも、鍛冶の文化を後世に残すためであっても、な」



 私は、ぞくりとした。


 父が、人殺しの道具を作ることをイメージして。



 そんなものを作るために、火花を全身に受け止める父を想像して。


 いくら職人と言えど、私は父に、人の役に立つ道具を作る人であって欲しいと思った。人の首ではなく、スイカを切る道具を作って欲しいと。


「あれをカッコエエを言うてくれはるんは、見ためだけで評価しとるんや。好きなだけ見せとけ。見るんはタダやねんから」


 父のシビアさを、私は感じ取った。


 父は客に対してすら、目を光らせているのだ。


 生涯をかけて作り上げた刀を、「欠陥品」と断じて。


 そんな不良品を欲しがる客など、取るに足らないと。


 父は自分の恥部を客の視線に晒すことによって、より高みを目指しているのだ。


 常に緊張感を保ち、顧客を満足させる商品を提供するために。


 また、父も目先のかっこよさだけを追求しないように。


 刀の技術は、あくまでも現代に文化を残すためにある。売りものとしてではなく。


 父の姿こそ、刃そのものだったのである。


「寝るわ。晩飯できたら起こしてや。献立は?」

「素麺やで」

「またかいな。まあ、ええわ。ほな」


 スイカで膨れた腹を出して、父は軒先で大の字になって、寝息を立てた。


 私は父の腹が冷えないように、タオルケットをかけてあげた。


 大事な刀を、鞘に収めるように。

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