ぎぶみー。
雛河和文
バレンタインデー
「とりっくおあとりー。ぎぶみーちょこれー」
「は?」
どなたか
あ、こんな一人称ではあるけど、ボクはれっきとした女子中学生ですよ。
「……
「うん、ないね! まともに話したのも初めてだと思う! むしろ名前知っててくれてビックリした! でもしょうがないじゃないか、好きになっちゃったんだから!」
「…………」
あ、照れるところですか、ここ? そうですか。
でも照れませんよ。世の女の子がそんなにチョロいと思ったら大間違いです。
「……末吉君。さっきキミはボクに惚れていると言ったね。でもキミも理解している通り、ボクとキミは親交がまったくない。思い返せば三年間ずっと同じクラスだったというのに、ボクとキミとの関わり合いは驚くほどないんだ。
……そんな状況で、いつキミが、ボクに惚れるタイミングがあったんだい?」
「今! ヒトメボレ……? ってやつ!」
「それは一目惚れとは言わない」
今確信した。彼は本物のバカだ。思い返すと、彼の名前はいつも補修と課題の再提出者のリストに刻まれていた。
とりあえず仕舞いかけていた外靴を下駄箱に仕舞い、上履きを取り出して履き替える。
「はうっ!」
「……末吉君。ボクの知る限りキミには心臓の病気は無かったハズだけど」
「びょーき……? ないね! 今のは君の仕草にときめいただけだよ!」
「ボクの仕草? 上履きに履き替える?」
「そう!!!! 右手の親指、人差し指、中指。その三本の指でもって上履きの両のかかと部分をまとめて掴み取り出した後、左手で下駄箱の軽金属製の扉を閉め、こちら側に向き直ると同時に床に上履きがひっくり返ったり倒れたりしない程度に軽く放り、やや上目遣いで中腰になりつつまずは右足、次は左足と、先ほど右手の指でつまんだかかと部分を踏みつけないよう対応する側の人差し指と中指で引っ張りつつ、つま先から差し入れ、入りきったところでややかかとをあげてしっかりと足全体を上履きに入れ、そしてまた上目遣いで起き上がる――と見せかけての伏目がち!! かがむ際に背中から滑り落ちた一本の長い三つ編みも芸術的と言わざるを得ない!
……これほど。これほどまでに僕の目と心を奪った靴の履き替えがかつてあっただろうかっ!! いやない!!!」
キモい。そして急に語彙力上がったな。
「……末吉君。いい加減他の人の目も集まってきている。キミに羞恥心という文明生物に必須の感情を期待はしていないが、だからこそ聞きたい。
――キミは、どうしてそこまでストレートに感情を駄々漏れに出来るんだい?」
「好きだから!!!!!!!!!」
屈託のない笑顔でそう言われた。あ、照れてないですよ。……ないからな?
「はぁぁぁ~~~……」
溜息が漏れる。ただでさえ今日は右も左も浮かれ調子で疲れることが容易に想像つくのに、朝一番からこんなバカな男に絡まれるとは思っていなかった。
「……末吉くん。キミは知らないようだから言っておくと、本校において生徒が学校に菓子類を持ち込むのは校則違反だ。つまり――」
「せーとだいひょーの”せーとかいちょー”がチョコを持ってきてる訳がないよね!」
「…………」
またも笑顔。しかしそれが分かっているなら、なぜ彼はボクにチョコをねだったりしたのか。……あぁ、バカだからか。そもそもボクはとっくに任期満了で、正確には「元・生徒会長」なのだけれど、未だに会長業務に慣れない現会長にヘルプを求められることもあるので、いちいち訂正はすまい。
「うーん……じゃあ仕方ないなぁ……。今日は”ばれんたいんでー”だから、男は女の子からチョコを貰ってからじゃないと”おかえし”できないんだけど……」
「?」
そういって彼は背負った学生カバンの中身を漁ることなく、一番小さなポケットからスチール缶の飲み物を取り出し、渡してきた。まだ温かい、買ったばかりなのだろう。
「……末吉くん。これは?」
「いつも”せーとかいちょー”のお仕事お疲れ様! ……あ、そっか。
「…………あ」
……やっぱり、彼はバカだ。それもどうしようもなく。
なんだよ、今日は
ボクはそのまま缶を両手で包み、上履きのままで入口の扉を出る。プルタブを起こすと、憂鬱な気分を優しくほどいていくような、ホットココアの甘い香りが立ち上ってきた。
「あれ、どこいくのー?」
「……このまま教室に持っていくと、校則違反になる。だから、外で飲む」
「そっか! いってらっしゃい!」
相変わらずの笑顔。そう距離はないというのに大手を振っている。本当に……どうしようもない、バカだ。
「あ、そうだ」
「なぁに?」
「放課後、付き合え。――コンビニで板チョコくらい買ってやる」
ぎぶみー。 雛河和文 @Hinakawa
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