空蝉
「
ゆったりと呼びかけられたのは、八月の一週目の朝。
さらり、と川沿いの
『倉橋さん』
ウォークマンの
ふと
「久しぶり、倉橋さん」
彼の言葉に、舞の心が「本当に」と賛同を示した。
「うん、久しぶりだね」
「今日はどこかに出かけるの?」
「うん。
「
あっけらかんとした男子の語調に「何がじゃあなのよ」と舞が胸の内で突っ込んだ
ダメ。直感が舞の言葉を
真夏に似合わない
「蝉の命って、一ヶ月くらいらしいね。何年も土の中にいたのに、短いよね」
ジリジリジリジリ。
共鳴するかのような
「……」
彼の名前が
ざわざわ、と
ゆっくりと足下に落ちた相手の目線に
「
そっと
久しぶりに会った彼に言いたいことがあるのに、言葉にならない。
彼と舞の間にある柳の葉がたゆたう。
いつも、教室で静かに小説を読んでいた。ふらりと姿がなくなったかと思えば、気づくと舞の隣の席に座っていた。
とりとめのない舞の話を聞いては、突き放し気味な受け答えをした同級生。
右上がりの、少し
そして、ぽっかりと
一年前の光景が
「……
舞が
勇気を
「倉橋さん」
以前と変わらない
「
「……倉橋さんは、相変わらず倉橋さんのままだね」
「そろそろ、時間だよ」
静かに告げる慎也に、舞は「待ってよ」と強く思った。言いたかったことを、何も伝えていない。
一年前、自分の話ばかりじゃなく、彼の話を聞けばよかったと
伝えてしまえば、もう会えなくなるかも知れない。それでも、言わないままでまた
「あのね、岩瀬くん。私の話を聞いてくれて、ありがとう。岩瀬くんの私を呼ぶ声が好きだったよ。右上がりの字も好きだったよ」
「そう。こちらこそ、ありがとう。付き合ってくれて」
まくし立てるように言葉を発した舞に、慎也は彼女の瞳を見つめ返して呟く。熱のない目を閉じて、「じゃあね、倉橋さん」と慎也は感情のこもらない声で続ける。
「絶対、振り返らないで。柳の木は、あの世とこの世の境界だから」
「……うん」
慎也の言葉に背中を押されるように、舞は駅へと歩き始める。
久しぶりの
あふれて
四季彩(しきさい)~短編集~ 田久 洋 @Takyu
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