四季彩(しきさい)~短編集~
田久 洋
夏の花
重い
「何やってるんだろう、自分」
夜空を見上げて、あやめは
いつもより赤みの強い月に、心がざわつく。暑いはずなのに、手足が
あやめが深呼吸した時、
「どうしたの?」
屋上の手すりに身体を預けたスーツ姿の男性がいた。あやめと同じように、このオフィスビルで働いているのだろう。ジャケットを着たままで暑くないのだろうか、とあやめは頭の
「ちょっと、息抜きを……」
「こんな場所で?」
素っ気ない口ぶりに、あやめは同意しながら「何をやっているんだろう」ともう一度思った。冷房の効いた職場から逃げ出してきた事実を突きつけられた気がした。
「嫌なことでもあった?
「……ちょっと」
あやめの
◆ ◆ ◆
「みんな、ちょっといいか。
月末近くの
あやめの直属の上司で、付き合っている
「
仕事中と変わらない
突然の告白に
私と付き合っていたはずなのに……。
くらり、と
◆ ◆ ◆
「普段は鍵がかかっているから、ここには入れないんだよ」
男性の言葉で、あやめは我に返る。
「そうなんですか?! でも……」
言いかけて、相手の名前を知らないことに気づく。
あやめは目の前の人物を見ると、眼鏡の奥の
「
「杉本さんは、何でこんな場所にいるんですか?」
あやめが問いかけると、宏史は右腕を持ち上げて時計を見た。
「そろそろかな」
宏史がそう呟いた直後、空に
「えっ‼」
あやめは驚いて頭上を
散らばる音とともに、菊の形に広がった光の
「きれい」
「今日、花火大会で、
いたずらを思いついた少年のような、楽しげな宏史の語調に、あやめの心も軽くなる。
「スーツ着たままで、暑くないですか?」
「慌てて来たから。それに、君の名前を見たら、そうでもなくなった」
次の花火を待っていたあやめの耳にするりと入り込んだ声にうろたえて、宏史に視線を戻す。
「え?!」
夜空にぱっと大輪の黄色い花が開く。
「涼しい森の、あやめ」
宏史の言葉に、
あやめの首筋に汗が流れた。
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