終わる世界で今日も生きる
あかさや
第1話
世界はいま滅びつつある――らしい。
いや、正確言えば違う。わたしたちが暮らす地球が滅ぶのではなく、滅びかけているのは人間の方だ。地球はあと46億年くらいは太陽に呑まれることはないだろうし、地球を真っ二つに割るような発明を人類ができているわけではないのだから。
地球は今日もいつも通り太陽のまわりをつつがなく回っている。地球にとって、地表に暮らす人間などまるでちり芥同然だ。仮に、いま現存している核弾頭をすべて爆発させても、地球の表面に暮らす生き物が死滅するだけで地球は何事もなく残るだろう。人間の持っている最大の力を駆使しても、地球を壊すことはかなわない。人間の持っている叡智というのは所詮その程度なのだ。
わたしは部屋を出て下の階へ降りる。
そこにあるのはわたしの両親だったもの。生きたまま輝く灰と化してその場に佇んでいる。
これが――いまわたしたちの世界に襲っている現象。
灰化――なんて言われている。
どうしてこんなことが起こったのかはわからない。まだしぶとく続けているテレビやネット放送でお偉い学者さんたちがあーでもないこーでもないと、いきなり人類に襲いかかった謎の現象について論じているけれど、いまだに明確な答えは出てきていなかった。たぶん、出てくる前に人類は滅んでしまうだろうけれど。
灰の柱と化して両親にいつも通り挨拶して、わたしは外出の準備をする。食べ物を探しにいくためだ。といっても、近くのスーパーから拝借してくるだけだけど。
こんな風に生きているわたしに対し、友人は冷ややかな態度を向けていた。「どうせ灰になって死んじゃうんだから、そんなことしても意味ないでしょ?」とそんなことを言われた覚えがある。その友人もつい先日、灰になってしまったけれど。少し悲しかったけれど、仕方がない。いまこの世界では、何万もの誰かが灰になっているらしいのだから。
それでも――わたしは生きるのをやめるつもりはない。
馬鹿だ阿呆だと言われようと、わたしは死ぬまで精いっぱい生きていく。
だって――生きているのって素晴らしいことだと思うし、滅びに向かいつつあるからといって生きるのを放棄するのは、生きたくても生きていけなかった人たちに対して失礼だと思うからだ。
近くのスーパーは、営業こそ停止しているものの、まだ電気は生きていた。店員がいなくなって結構経つので、最近生鮮食品売り場から嫌な臭いがするようになったけれど、インスタント食品などはまだまだ食べられるものがたくさんある。使わないのはもったいない。これらを作った食品メーカーに失礼だ。ちゃんと食べてやらなければ、灰になってしまったメーカーの社員さんたちに申し訳が立たない。
目についたものをいくつか持っていって、レジにお金を置いていく。こんなときだからってお金を払わずに持っていくのはよろしくないと思っているからだ。それも、いつまで続けられるかはわからないけれど。
適当に袋詰めをしてスーパーを出る。外はとても晴れていた。人類が滅びつつあるとは思えないほどの快晴である。
あそこのスーパーにあるものは大体食べ尽くしてしまった。飽きてきたから、もう一つ先のスーパーまで足を運んでみようか、なんてことを思う。
いつまで電気はついているのだろう、なんてことを思った。
まあ別にいいか、と思う。
使えるのなら使うし、使えなくなったら考えればいい。ただそれだけの話だ。
水が出なくなったらどうしよう。
こちらは困った問題だ。
生きている以上、水は不可欠だ。
わたしだってこの前までジョシコーセーをやっていたので、身なりはそれなりに気になるのだ。
まあでも。
出なくなったら出なくなったでそれでいいか。
なんとかなるだろう。
人間の人生なんてそんなものだ。
「あ……あ……」
スーパーのカートに袋を入れて外を歩いていたわたしの前に、若い男が唸り声をあげていた。
ちょっと見てみると、彼の足は灰と化していた。全身が灰になるまで、あと一時間もかからないだろう。
「た……助けてくれ……」
それはわたしに向かって言っているのだろうか?
そんなこと言われても困る。
わたしがなにかして助けられるのなら、人類は滅びを迎えることなんてなかっただろうから。
わたしは、その男が頭の先まで灰になるのをただ見つめていた。
たぶんわたしは、誰かが灰になって死んでいく姿が見たくて、生きていようとしているのかもしれない、なんてことを思った。
終わる世界で今日も生きる あかさや @aksyaksy8870
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