北国へ向かう東への道中
「■■■、■■■■■■!■■、■■■■■」
アールヴ国特有の御者歌が聞こえます。
しかし操っているのは馬車ではありません。
オークの戦士であり、ある意味では熱狂的な大賢者ファンであるポロロはこの状況に心から歓喜しています。
肉体の物理耐性が高いからと言ってダンジョンで壁役をやらされることの多い彼ですが本質は技術屋のまねごとをしたり、誰かに師事を仰いで魔法の勉強をしたいと思っているのです。
アールヴ国から出稼ぎに来ているため大声では言えませんが、たまたま鍛冶屋で出逢ったハコ、ハコと仲のいいドワーフたちには自分が本当にしたいことを気軽に話せるのです。
そんなハコからお誘いがあったのです。
冬にアールヴ国へ帰るなら少しだけ待っていてほしい。
アールヴ国に用があるから一緒に行こう。
ポロロはとても嬉しく思い、二つ返事で了承しました。
するとどうでしょう。
あの大賢者ウラガーヌが、時折自分も訪れることのある3人の家を動かしているではありませんか。
そう、本当に動いているのです。
まるで6本足の陸を這う亀のようにのっしのっしと歩くのです。
流石に御者がいなければ方向を変えたり、しっかり進んだりといったことはできませんでしたが、そこはそれ。
昼は少しずつポロロが、夜の間は非常用魔石でヒヨコが動かすことで寝ても起きても進むことが出来ます。
ヒヨコと同じゴーレムでしょうか。それとも指向性の術式?継続的に魔法を更新するのでしょうか?
技術の塊を見てワクワクがとまりませんでした。
こうしてポロロは里帰りに、ハコとヒヨコとウラガーヌと、3人の家とともにアルヴ国へ向かうこととなったのです。
―――――――――――――――――――――
そうやって楽しい嬉しいの真っ只中にポロロがいるなか、彼を誘ったハコは何をしているかと言うと。
釣りをしていました。
釣りです。
もちろん川べりを進んでいるとか、湖の上にいるとかではありません。
森の中です。
家がその体躯を木々の間に押し込めば、おのずと身を引くのが木です。
いろいろと事情があるのですが、木が家を避けていると考えればいいでしょう。
そんな森の中、木々の間を進む家の窓から釣り糸を垂らしているのです。
捕獲方法だけは確立されているのですが、なにぶん発見自体が難しいとされているトカゲを捕まえるのです。
その名をヨコバイアシナシトカゲといい、前足も後足もなく厚みを持った芋のような胴体に頭と尾が生えているようにしか見えないトカゲです。
実際にはイモムシのように3対の胸脚と6対の腹脚と2対の尾脚からなる短いイボ状の脚が生えていてわさわさうごかして進むのですが、一見すると足のない平たいトカゲが動いているように見えるのです。
ヨコバイアシナシトカゲは基本雑食性ですが肉を好んで食べます。
素早く動くネズミのように、釣り糸に小さな肉を付けて走らせてやればそれを追って食いついてくる、といった具合に。
しかし警戒心が強く、たとえ見つけてもすぐに逃げられてしまうため釣るのはたやすく見つけるのが難しいとされているのです。
ところが、森の中を歩く家と家を避ける木々はまるで普通のように自然のように認知されているようで。
小動物は歩く家の下に潜り込みます。
鳥は歩く家の上に留まります。
ちらと目をやる鹿に、布上の謎モンスター、毛玉がぽんぽん跳ねればスライムが金属質な虫を捕食する。
不思議な日常をうつしておりました。
「つれた!」
頭どころか首の根元の胸脚直前までガバっと顎を開いて肉のかけらに食いついたトカゲを釣りあげ満面の笑み。ハコは足元の籠にぽいと入れてしまいました。
これで12匹。
お昼にいただくには十分な量です。
口の端から刃を入れて皮をウロコごと剥ぎ、背骨に沿って切り、背と腹をわけ、内臓をわけ、左右の脚をわけ5枚におろせば刺身でよし、脚の根元を軽く炙ってよし、内蔵はそのまま食べることが出来ませんがロールトードの心臓と一緒にすり潰して水から煮込んで凝縮させれば昔ながらの造血剤になります。
冬の入りの今時期ではまだまだですが、冬の中期であれば卵をためたメスがおり、その卵もまた美味なのですが…。
ハコはこの脚の根元を炙るのではなく塩と香草でよく揉んでこんがり焼いた串焼きが好きです。
そう、うまく捕まえることのできないとされている珍味扱いのトカゲをちょくちょく食べているのです、この子は。
今回の家のように魔法をかけたヒヨコに乗って釣り糸を垂らしていれば釣れてしまいますから。
料理技能はエイプ系の脳みそをこねこねヒヨコに足して知識量を地道に増やし、街のパン屋や酒場、ギルドの食事処の厨房に通わせて、ときどき自分でも教えて身に付けさせました。
ともかくして、旅のなかで美味しいご飯を食べられる家で現地調達するハコでした。
―――――――――――――――――――――
ところで家の進路を決めているのはウラガーヌですが、北の国へ向かうであろうものが東へと動いています。
これは門の位置が関係しています。
前にも述べた通り、門はこちら側と正しくつながっているわけではありません。
大昔のエルフがアールヴ国を護り、人の国々を護り、人々を護るために少しずれた世界を1つの国とし複数のエルフの集落を押し込んだ世界。
門の向こう側にはこちら側と遜色のない世界が広がり、我々を迎え入れてくれるでしょう。
そんなアールヴ国の門を配置するにあたり初代アールヴ国国王は、今は亡きリョースアルヴと呼ばれる種族の長に頼みました。
悪しき思いを、悪しき願いを、悪しき意志を絶つために、まったく別の場所に門を構えてくれと。
これをリョースアルヴの魔法使いたちは了承し、人よりもエルフよりも難しく複雑で自分たち以外の、それこそアールヴ国王であっても解けないよう頑丈な術を施した門を作り出したのです。
この門がある限り、国の出入りには必ずエルフの許可がいります。
この門がある限り、国はこちら側と正しくつながりません。
この門がある限り、国は位置が定まらないのです。
冬はオークの門が北に向かうのにちょうどいいことをウラガーヌは知っています。
彼女もまたエルフですから知っている、というわけではないのですが。
国から出たり国に入ったりするボーグルたちや、リュビエ王国にいるオークやコボルトたちといった、こちら側にいることのあるエルフたちが知る程度の事です。
アールヴ国で一生を終える者の中には門の機能を知ることなく死ぬことも少なくありません。
鑑定士が調べても魔法使いとして高位にいる大賢者をきちんと視ることはできませんので、彼女の正体を知る者はあまりいませんが。
ウラガーヌが門を作ったと信じてやまない一部の熱狂的なファンがいるくらいには、知らぬものなどいない存在です。
彼女が一度は捨て去り、あるいは見て見ぬふりをしたセベルノヴァ行き。
本当にハコの笑顔だけが目的でしょうか?
それはまだ、だれにもわからないことです。
ハコとヒヨコと大賢者 欲望貯金箱 @81273
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ハコとヒヨコと大賢者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます