異変に気がつくひとびと
最初に気がついたのは冒険者たちでした。
ギルドによく出入りしていたハコとヒヨコが最近まったく来ない。
それどころか国中を駆けまわる2人がよく訪れ、自分たちも利用する鍛冶屋にも顔を出さない。
ギルドに委託販売されている魔法薬がいつもより多い事からどこかに出かけるのかな?と最初は思った程度でしたが、こんなにも出会えないものでしょうか。
一番仲の良かったオークの冒険者が不在だったのも理由の分からなかった原因でした。
オークを含む一部のエルフは魔物扱いされることもあり“門の外”に出ているのは変わり者か出稼ぎくらいです。
さらに冒険者は子どもに怖がられやすく、故郷に妻子を残している彼が最初に声をかけなければハコと話す機会が他の冒険者にあったかどうか…。
そんな彼は現在里帰り中。つまりアールヴ国にいるはずなのでハコについての情報を多くもつオーク不在ではウラガーヌを直接訪ねるしかないのです。
「た、たたた、たったたたった!」
バーン!とドアを勢いよく開けて入ってきたのは最速の二つ名をもつケットシーの女性シーフ。
後から追うように着いた彼女のパーティメンバーも目に動揺の色を隠していなかったり、よろよろと入り口に座り込んでしまったり、剣士見習いの少年は泣き崩れています。
「どうしたんです?」
その容姿から権力を振りかざして肥え太った豚のようだと言われる、本当は大賢者の護る森にいる
見た目がいやらしいことを強要しようとしているように見えること以外は完璧なギルドマスターの姿でした。
「っんぐ、大賢者ウラガーヌさまの家がっ…けほっけほっ」
「大丈夫、大丈夫です。落ち着いて」
「跡形もありません!物置とか井戸はあるんですが、小屋が丸ごと、丸ごと……」
話すうちに状態が頭の中を駆け巡ってしまったのでしょう。
シーフは段々と涙声になって行きました。
「他の情報は」
「本来の庭先にあたる場所、時折ウラガーヌさまとハコが談笑していたテーブルに置手紙…ええ、置手紙でしょうね実質…そのまま持ってくることは出来なかったので写しをとってきました」
「持ってくることが出来ない、とは」
「理解しようとすると頭の痛くなる術式でテーブルに焼き付けられていました」
テーブル、と言っていますが。
サラマンダーの骨や霊亀の甲羅、コカトリスの脚で作られたそれをテーブルというには少々、いえかなり悪趣味ではあります。
これを2人で囲んでお茶を飲んでいる姿はまさしく魔女と弟子でしょう。大賢者ですが。
そして置手紙の内容は簡潔でした。とても。
ちょっと北まで行く。春祭りまでには帰るから心配するんじゃないよバカども。
おみやげたくさんもちかえります。たのしみにしててね。
ケタケタと笑うウラガーヌの姿が想像できてしまい、良い笑顔で一瞬意識が遠のいたギルドマスターでしたがなんとか踏みとどまります。
やさしいハコの言葉が染みて膝をつきそうになるのも耐えました。
踏みとどまり耐えましたが声もなく木のテーブルに縋りつくように手をつきました。
受付のお姉さんは魔法薬の在庫を調べてくる、と断って倉庫に逃げてしまいました。
彼らの言葉、会話すべてをギルドの冒険者は聞いていましたが、頭が理解を拒否していました。
そして誰かがぽつり。
「あれ、もしかして今年のチーズスープ無し?」
―――――――――――――――――――――
当然ですが王城にもその事実が伝えられました。
セブルス王は胃の腑に穴が開く持病と闘いながら政務を精力的にこなし、幼な妻の正室を愛し、側室は作らず、国民の支持も厚い、そしてとても意志の強い王さまです。
そんな意志の強い王さまですが、さすがにかつて世界を救った大賢者が家ごと行方不明は予想しておらず報告を聞いて数回頷くと足が制御を失った稚拙なゴーレムのようにガクガク震えだし、しまいには白目をむいて倒れてしまいました。
セベルノヴァからの手紙をウラガーヌに届けた伝令騎士は青白い顔をして騎士団長に詰め寄ります。
私を懲罰房にぶち込んで拷問の限りを尽くしてくれと詰め寄ります。完全に錯乱状態です。彼がそう言った趣味でも無ければですが。
家臣団は大慌てですし、執事さんは王さまを抱えて医務室へ直行です。
お茶の準備をしていた侍女さんたちも、他の仕事をしていたメイドさんたちも、雑用をこなす召使さんたちも総出で倒れたり気分を悪くした人を介抱あるいは医務室へ案内しています。
筆頭侍女のメアリさんも倒れ込みそうですが、自分よりも地位の高い人々が半狂乱になっていると逆に冷静になっていくものです。
「女王陛下、こちらへ」
おろおろと玉座付近で何をすべきか迷っている女王を別室へ案内します。
込み入った事情がありセブルス王が保護する形で娶った、彼よりも随分と年若い女王は控えめにそっと後ろから夫を支える献身的な女性でありますが、こういった突発的なことには慣れていません。年齢的にも、経験的にも。
メアリさんは優秀な侍女なのでそれをわかっています。なにより彼女が女王の信頼を得ているのはたとえ見てくれが悪くともその心が強靭であると理解しているから。
震える女王の肩を抑え、喧騒から救い出すように玉座の間から脱出。
メアリさんは決して下心で近づいているわけではありません。
いくらメアリさんといえど公私混同は避ける仕事の鬼ですから、ああ陛下は今日も可愛らしいなとか、なんでなよっちいセブルス王のことが大好きなんだろうなとか、これでしばらくは陛下を眺めていられるぜウェッヘッヘとかそういうことは考えていません。これっぽっちもです。
「落ち着くまで私がそばにおりますから」
「メアリ…」
なんかメアリさんの目が妙に熱っぽいですが本当に下心はありません。
―――――――――――――――――――――
ゆっくりと国中に広がる大賢者たち不在の情報は、何故か国民には大事と思われていないようでした。
というのも、ハコがつい最近までとても嬉しそうに駆けまわっていたから。
そして人々はそんなに嬉しそうにしてどうしたの?と聞くわけです。
内緒だよ、ぜったい言わないでね、なんて子どもらしく声に喜びを含ませ震えるようにセベルノヴァ行きを語るハコはとても可愛らしく、ちょっとしたイベントのようでありました。
内緒、ぜったい言わない、というハコ自身が大々的に宣伝しているようなものですが大人たちは手慣れたもので。
「お前、あの噂知ってるか?」
「何の噂だ?」
「知らないなら良いんだ」
「そうか?」
なんて会話が日常的に交わされるくらいには浸透してしまっていて。
当然国の重要な機関や王城にも言ってるんだろうな、内緒のお話があったんだろうな、と思っていましたので。
むしろ「え?本当に知らなかったの?」という驚きの方で広まるという、前代未聞の事態となっておりました。
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